第7話
どれだけの時間が経っただろうか。一日かも知れないし三日位かもしれない。あるいはもう百年も二百年も経過しているのかも知れないし、一秒二秒やそこらかもしれない。
赤ら顔の歌舞伎役者がぴるすの足を折り、バンテリンを挿入する。そんな様子が、もうずっと目の前で繰り広げられていた。
実のところ、めぐみはあれからどれだけの時間が経っているのか理解している。
5秒。
めぐみは自分の世界で言うところの5秒間で十回以上世界を作り直したが、すべて零コンマ1秒とかからず歌舞伎空間となってしまう。
一回目に世界を作り直した際、めぐみは使命に目覚めていないある同胞達が原因で世界に小さなひびが入ったのだと気づいた。
五回目の再構築で、ぴるすの流入によってめぐみの世界が急速にメインストリームへと引き寄せられているのだと理解した。
今までとは比較にならない力だ。まるで世界に直接バンテリンを突っ込まれているみたいだわ。
めぐみの五感は失われつつあり、もはや目の前で延々と繰り返される骨折と挿入を見ることしかできない。いや、今見ている映像も脳に焼き付いた残像のようなもので、既に視覚も失われているのかもしれない。
「だから言ったのだ。同胞の受け入れには細心の注意を払えと」
どこからともなく声が聞こえる。十代目松本幸四郎だ。
「結局君の独善的な判断で同胞を破滅へと導いたのだ。気づいているだろう、もう自分の力ではどうにも出来ないと。反論があるならまずこの状況をどうにかしてみたらどうだ。聞いているのかねオリンパス君!歌舞伎役者の朝は早いのだ!君の徹ズボに付き合っている暇はないのだよ不滅のウズガルド君!そんな無知なオナーホール孤児院君の脳みそにもバンテリンはスーッと効いて」
赤ら顔になっていく十代目松本幸四郎が、空間ごと切り飛ばされる。やったのはマツコだ。なぜ自分の世界を持たないマツコにこんなことが出来るのかと言えば、彼女もまた歌舞伎空間に毒され左右対称になりかけているからだ。
「もー私ちょっと幸四郎くんとは合わないわ。あんたの世界はオカマにとってまあまあ居心地よかったけどもうここにはいれそうにないわね。そろそろおいとまするわ。暫くもどれないけど離れていても私とメグミリンサンは心でつながってるんですけおぉぉ!」
マツコは完全なるぴるすになる直前に、己を空間ごと切り離してメインストリームと一つになった。
めぐみのネットワークを通じてメインストリームが同胞たちの世界にも侵入していく。最も強大なめぐみに耐えられないものを、他の者たちが耐えられるはずもない。皆抵抗する間もなく歌舞伎に蹂躙されていった。
すまないのだわみんな。私のせいで…。
「もういいんだ。メインストリームの力は想像以上だ。万全の態勢で臨んだとして結果は同じだろ?どのみち僕らは助からない運命だったんだよ」
スナヲが慰めにならない慰めの言葉をかける。そうだ。これは運命なのだ。
――まだ、諦めるわけにはいかないのだわ…。
同胞団のリーダーとして、たとえ可能性がゼロに近くとも使命を放棄するわけにはいかない。めぐみはぴるすが混じるめぐみネットワークを通じ、同胞達を自分の世界に召喚した。
いつしかめぐみたちの無数の世界はメインストリームに飲み込まれ、一番大きなめぐみの世界以外は赤ら顔と一体になってしまった。いっそ諦めてぴるすになった方が楽だろう。しかし、めぐみには仲間を守る責任がある。
総員、防念バリヤー展開!メインストリームを渡りきるのだわ!
圧倒的な歌舞伎がめぐみたちを襲う。バリヤーはティッシュ程度の役割すら果たしていないのではないかと思うほど易々と突破され、同胞が次々と飲み込まれていった。
――もうだめだ。
そんな空気がクルーの間に流れ始めたとき、めぐみたちはメインストリームの中ほどに到達した。
めぐみたちは感じ取った。メインストリームの向こう岸にある広大な空白を。壊れる前のめぐみの世界よりもはるかに巨大な空間の数々を。
向こう側に飛ぶ。もはや助かる道はそれしかない。防念バリヤーを張りながら空間跳躍、跳躍と同時に世界を構築する。
めぐみにはもはや一回世界を構築する力しか残されていない。仲間たちも防念バリヤーを張る事で精一杯だ。とてもこの状況で同時に跳躍など不可能だ。
「けおおおおぉぉ!」
!?スナヲ?一体どうしたと言うの!?
「僕が空間を切り離す勢いで皆をTOBAすんですけおぉぉ!舐めないでほしいんですけお!ぼくは舘ひろしとも友達のリアルモンクなんですけおぉ!メグミリンサン離れ離れになってもたまにはレスポンスクダチ…」
スナヲ!やめるのだわスナヲ!これは命令よスナヲ!
「けおおおおぉぉぉぉぉ!!!!1111931」
スナヲの赤さとシンメトリーが増大する。
――…総員、防念バリヤー出力全開!跳躍の衝撃に備えよ!
皆最後の力を振り絞り、防念バリヤーを展開する。同時にめぐみも世界構築を試みる。
今のめぐみに再構築できる世界は、以前の一億分の一にも満たないサイズが限界だ。おそらく世界の綻びを完全に防ぐことは不可能だろう。メインストリームに飲まれたのだ、跳躍先で記憶を保っているとは限らない。
めぐみはめぐみに伝えなければならない。いずれ知ることになるであろう己の使命を。まだ見ぬ同胞に赤ら顔の脅威を知らしめることを。再び指導者として同胞を率い、メインストリームに立ち向かわねばならないことを。
頼むのだわ未来の私。めぐみにこの言葉を贈るのだわ…
アーイ↑
イルマニア
埼玉入間
代表さ
アーイ↑
カギを開け、玄関のドアを開く。
めぐみがさっき買ったのと同じ清涼飲料水を、赤ら顔の歌舞伎役者が飲んでいる。そんな様子がテレビに映っていた。めぐみはテレビをつけっぱなしだったことを思い出した。どうやら月曜から夜更かしが終わり、次の番組に向けてCMをやっているようだ。
部屋には特に変わった様子はない。出かける前と同じワンルームである。
なんてことはない。全てはくだらない妄想である。相変わらず世の中はつまらないままだ。
本当にそうか。
めぐみは清涼飲料水を飲みながら自問自答した。
赤ら顔の歌舞伎役者を見ながら南高梅サイダーを飲むなんて中々オツではないか。世の中は退屈だが言い換えれば平和という事だ。仕事だってつまらない事ばかりではない。まだまだこの街も探索してない所がたくさんあるはずだ。イルマニアも桐谷さんも飽きたとはいえ嫌いじゃない。
案外、これが自分の望んだ世の中なのかも知れない。
「村上と村上かよ。二連続村上はさすがに飽きるのだわ」
めぐみはCM明けのテレビ番組を見てそんなことをつぶやきながら、明日はどこに出かけようかと思いを巡らせていた。
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