第5話

どれだけの時間が経っただろうか。一日かも知れないし三日位かもしれない。あるいはもう百年も二百年も経過しているのかも知れないし、一秒二秒やそこらかもしれない。


赤ら顔の歌舞伎役者がジャニーズの足を折り、監禁する。そんな様子が、もうずっと目の前で繰り広げられていた。


実のところ、めぐみは自分がなにを望んでいるのか分からなくなってしまっていた。


いや、正しくは自分の望みに自信が持てなくなっていた。


最初は春原を生き返らせたり自分が望む世界を好き勝手に作り出していたが、何度やっても最後は赤ら顔の歌舞伎役者とT&Tの人気無い方だけの世界となる。いまやめぐみの望みは赤ら顔の歌舞伎役者とジャニーさんから逃れる事、ただそれだけだった。



赤ら顔の歌舞伎役者はもううんざりだ。なのになぜ毎回同じ結末になってしまうのか。



自分は本当に目の前にいる歌舞伎役者から逃れたいと思っているのだろうか。



実は心のどこかで九代目を求めているのではないか。



めぐみの五感は失われつつあり、もはや目の前で延々と繰り返される骨折を見ることしかできない。いや、今見ている映像も脳に焼き付いた残像のようなもので、既に視覚も失われているのかもしれない。



もう飽きたのだわ。



めぐみは意識を放棄する事にした。


ジャニーズの顔が次第に左右対称となっていく。けおけおとけたたましい鳴き声を上げ始めるが、聴覚を失っためぐみの耳には届かない。今後彼らがこの世界に現れることはないし、めぐみの世界は何物も生み出さないだろう。

















―――!?


めぐみの足に凄まじい激痛が走る。失われたはずの五感が戻ったのだろうか。


目の前で赤ら顔の歌舞伎役者が例の第2類医薬品をどこからか取り出した。T&TのTの方の姿はない。


凄まじい悪臭が鼻を刺激する。誰かが脱糞したのだろうか。


めぐみはすぐに脱糞しているのは己自身だ、ということに気づいた。


先ほどからうるさいけおけお音も、めぐみ自身が発している。


正確にはめぐみはめぐみではない。めぐみは峰岸次男であり、ぴるすなのだ。


ぴるすの菊門にバンテリンが挿入される。脱糞の快感、異物挿入の激痛、バンテリンの刺激によってぴるすの左右対称化は加速する。


もはやめぐみの世界はめぐみのものではなくなっていた。めぐみの世界はめぐみの存在を許さない。歌舞伎役者、クソコテ、バンテリンによって構成される終わりなき空間。


やっぱりダメだったのだわ。


めぐみは今回が最後のチャンスだったのだと悟った。もはやめぐみの意思で世界を変えることはできない。既に主従は逆転している。めぐみはこの世界の数少ない構成員「ぴるす」としてこの世界を彩る一介のクソコテに過ぎないのだ。


めぐみが完全に左右対称となった時、かつてめぐみのものであった世界はズボけお音と共に、大いなる力の一部として無限の彼方へ還元されるであろう。



















アーイ↑




イルマニア

埼玉入間

代表さ

アーイ↑






めぐみの目の前には赤ら顔の歌舞伎役者とバンテリンを挿入されるイルマニアの姿があった。


足の痛みもバンテリンの刺激も感じない。鼻を衝く悪臭と耳障りなアイ↑アイ↑音は感じとれるが、それはめぐみから発せられるものではない。


一体何が起こったのだろうか。


必死に記憶を辿るめぐみの頭の中に、凄まじい勢いで何かが流れ込んでくる。



イルマニアだ。



間違いない。この感覚はイルマニアだ。イルマニアが私に伝えようとしているのだ。



聴覚を刺激するアーイ↑音が次第にけおけ音へと変わっていく。


目の前のイルマニアの顔は次第に左右対称になりつつある。


イルマニアの思考にぴるすが混ざり始めた。もう時間がない。完全な左右対称になってしまえばめぐみも取り込まれてしまう。



イルマニアの覚悟を無駄にするわけにはいかないのだわ。



大澤めぐみはぴるすリミット最後の瞬間まで粘り、イルマニアを受信する。


最後の力を振り絞り、歌舞伎空間を切り離して世界構築を試みた。











カギを開け、玄関のドアを開く。


めぐみがさっき買ったのと同じ飲料を、歌舞伎役者が飲んでいる。そんな様子がテレビに映っていた。彼は十代目松本幸四郎だ。先代の急死は世間に衝撃を与えたが、彼が立派に幸四郎の名を引き継いでいる。めぐみはテレビをつけっぱなしだったことを思い出した。どうやら月曜から夜更かしが終わり、次の番組に向けてCMをやっているようだ。


部屋には特に変わった様子はない。出かける前と同じワンルームである。


なんてことはない。全てはくだらない妄想である。相変わらず世の中はつまらないままだ。


否。妄想ではない。


めぐみは宇治抹茶を飲みながら確信を持ってそう考えた。


九代目松本幸四郎はこの世に居ない。春原係長は一年以上前に転職した。2たばちゃんねるにnovはもう存在しないのだ。全てはイルマニアがその身を盾にしてめぐみに託した情報のおかげである。



今はまだ赤ら顔をこの世界に招き入れるわけにはいかない。



「マツコ…。彼、いや、彼女もまたイルマニアと同じ存在…。」

今のめぐみには己の世界に混ざるイレギュラーな個体、赤ら顔の脅威から逃れてきた者たちの存在をはっきり感じ取ることが出来る。


めぐみの空間はめぐみの世界でいう光速を超えるスピードで成長し続けている。


しかし今の成長速度では来たるべき決戦に間に合わない。綻びの修復によって今はまだ大いなる力の流入を防げてはいるが、そう遠くない未来、力のストリームに真正面から衝突して総力戦となることは確実だ。圧倒的な力を前にしてめぐみの世界がどうなるか、結果は目に見えている。



しかし希望はある。



めぐみは一人ではない。この世界に逃れてきた仲間たち、そしてまだ見ぬ同胞がめぐみを待っている。


かれらと力を合わせれば、あるいは。


「イルマニア…あなたの死は無駄にしないのだわ」

めぐみはCM明けのテレビ番組を見てそんなことをつぶやきながら、外宇宙との交信を試みた。

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