第15話 エルフと奇襲
エルフの戦士達と共に北へと行軍する一行。
気づかれないようにエルフの隠密魔法を駆使して野原を目指す。鬱蒼と生い茂る大樹海。エルフにとっては慣れた道だが、ジークとセドナにとっては厳しい道のりで。
「あー、嫌になりますわ。さっきから気持ちの悪い虫がいっぱい飛んで……はぁ」
「そうですね。それに足場が悪くて辛いですね……」
「すぐに慣れますよ! さぁ、遅れないように急ぎましょう!」
愚痴をこぼす2人はディーナに励まされながら進む。
エルフの先行部隊が様子を窺い、細心の注意を払って移動する。
森に生きるエルフは隠密行動に優れ、相手の待ち伏せや奇襲に対処できる探知能力を持っており、森での行軍は静かなものだった。
魔物に出くわすこともなく、6日間にも及んだ樹海の移動も終わりを迎える。
ファーヴニルの洞窟がある野原地帯、その直前まで一行はたどり着く。
「やっとですね……精神的にも疲れましたよ」
「樹海生活はうんざりですわ! もう嫌ですわ! 毎晩毎晩、足がいっぱい生えた虫がテントに入ってきて最悪でしたわ……早くファーヴニルを倒して樹海を通らずに帰りたい……ううっ」
「虫なんて食べればいいじゃないですか!」
「謹んでお断り申し上げます」
「何でですか!?」
樹海での移動には馬車など使えないため、6日間の移動は徒歩だった。
支援魔法による肉体強化で誤魔化してはいたが、慣れない移動にジークとセドナの疲労は限界を迎え、野原の手前で休息をとることになる。
「ふぅー。……いよいよですね」
「……ええ、明日からは休息なんてありませんわ。今のうちにゆっくり休みましょう」
野原地帯に入れば隠密行動は難しくなるため、そこからは時間との勝負になる。 如何にファーヴニルに迎え撃つ準備をさせずにこちらが先制攻撃を行うか、そこに全てがかかっている以上は強行軍になるしかない。これが最後の休息になる。
「ファーヴニルを倒したら、しばらくはゆっくり休みたいですね」
「ええ、その時は美味しいお酒を飲んで過ごしたいわ」
「わかりました! チュートン自慢の美酒をご用意しておきます!」
3人は質素な食事をすませて体を休める。
不安と緊張の中、戦士達は決戦に備えて眠りにつく。
そして陽が落ち、辺りに夜の帳が下りた。
「…………」
闇の中、明かりもつけずに声も出さない。
ただ一直線にファーヴニルを目指して行軍する。
――夜襲だ。
ファーヴニルの配下にも暗闇に強い種族はいるだろう、しかし隠密魔法が使えるエルフほど夜襲に優れた種族はいない。草を踏む音すら消して光を屈折させて姿を隠す、風と光を操る高度な隠密魔法はエルフの相伝魔法の一つである。少しでも発見される可能性を低くして、黒く染まった野原を戦士達は駆け抜けた。
(……見えました! あれがグニタヘイズです!)
(……え!? どこですか? 暗くて見えません)
(私も見えませんわ。エルフの視力はどうなっているの……)
ひそひそと小声で話すエルフ達、どうやらグニタヘイズが見えたらしい。
エルフ達から唾を飲み込む音が聞こえてくる。ジークには見えずとも、その緊張は十分に伝わった。
(どうですか? 配下の姿など見えますか?)
(はい、見えます! 1000はいますね……)
(良かった、それなら少ない方ですわね。……ファーヴニルの姿はありませんの?)
(ありません! 恐らくは洞窟の中でしょう)
(……では、戦士の皆さんに配下と戦ってもらい、その間に3人でファーヴニルに奇襲しに行く……作戦通りですね?)
(はい、作戦通りです! 我々の手でファーヴニルを倒しましょう!)
(ついに出番ですわね。油断せずに行きましょう)
確認を終えたディーナは、軍隊の責任者であるボーネスに手で合図を送った。
それを確認したボーネスは、部下を走らせて命令を伝達させる。ギリギリまで気付かれないように全部隊に指示を出したのだ。そして――
(攻撃を開始せよ!)
――ファーヴニルとの戦いの火蓋は切って落とされる。
ジークとセドナとディーナの3人は一直線にグニタヘイズを目指し、途中の配下には目もくれずにディーナの隠密魔法で駆け抜けた。時間差で4000人を超えるエルフの戦士達が奇襲攻撃を開始する。
ほとんどのエルフは弓も剣も魔法も使える万能な戦士であり、それが隠密魔法で気配を消してファーヴニルの配下に襲いかかった。その攻勢は凄まじく、暗くて見えずとも戦況を音で理解できる。
「「「【
「うがっ! な、なんだ!?」
「ぐぎぃぃ、う、腕が! 俺の腕があぁぁぁぁぁぁ」
不可視の風魔法が肉体を切り落とし、無数の弓が放たれる音。武器がぶつかり合い金属が擦れる音。次々に上がる悲鳴と断末魔、どれもがエルフの奇襲によるものだ。
「はっはっ……はぁはぁ、後ろは順調のようですね!」
「はい! 夜の奇襲はエルフの得意分野ですから、お任せください! ファーヴニルがいなければ我々エルフは遅れをとりません!」
これほど強いエルフが滅亡の危機に瀕している、その事実がジークを不安にさせていく、ファーヴニルはそれほどに強いのかと……。
「はぁはぁ……ひぃひぃ、そろそろ……歩きませんの? はぁはぁ」
「何を言ってるのですか! 早くファーヴニルを倒さなくては!」
全力で走り続けた3人は、ついにグニタヘイズに侵入した。野原に不自然に造られた洞窟は禍々しい魔力を放っており、それを生み出したファーヴニルの強大さを感じさせる。足を踏み入れた瞬間に、3人の背中に冷たいものが走り。
(嫌な気配ですね……隠密魔法、お願いしますね。いつファーヴニルに出会ってもいいように隠れながら探しましょう)
(はい! お二人が詠唱を始めたら不意打ちで斬りかかりますので、その傷を目印に魔法を叩き込んでください!)
(ええ。損傷を与えたら、巻き込まれないように下がってね)
(はい!)
真っ暗な洞窟の中、ディーナを先頭に手を繋いで奥へと進む。
不気味な気配はするものの、配下の姿はなく財宝も見当たらなかった。
3人は違和感を覚えて。
(……おかしいですね。特に何もなく敵の気配もしません。一本道だったので、見落としはないと思うのですが……行き止まりです)
(隠し通路ですかね? 簡単に見つかる場所じゃないでしょうし……)
(……何か、嫌な予感がしますわ。本当にここがグニタヘイズなのかしら)
(セドナ様、それはどう言う意味ですか!?)
(確かにカエルとエルフの情報は合致していてここがグニタヘイズらしいですが、誰も中に入って確認してはいないのでしょう? 情報自体が偽りだったとしたら?)
セドナの発言には根拠がなく、ただの予想でしかない。
しかし、その話を聞いた2人からは嫌な汗が流れ始めて。
(……ディーナさん、どうしますか?)
(……戻りながら隠し通路がないか探しましょう!)
(それしかないですわね)
3人は踵を返して再び探索を始めるが、その直後に轟音が洞窟内にこだまする。
それは爆発したような、巨大な隕石でも落ちたかのような音だった。
(な、なんだ? 地上の方から響いてきたのか!?)
(な!? 地上は優勢だったはず! こんな轟音の魔法を使うなんて……)
(いよいよ嫌な感じですわね。地上に戻ったほうがいいわ!)
セドナの提案に2人は同意して走り出した。
隠密行動を止めて周囲を照らして全速力で地上を目指す。
そして、その先で見た光景は――
「きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「くっ、こんなはずでは……どうしてこんなことに」
「陣形を整えろ! 一旦引くんだ! 負傷者は隠密魔法で離脱しろ!」
――魔物の軍勢に追い詰められた、エルフの戦士達の姿だった。
「はぁはぁ……こ、これは」
「はぁはぁ……嫌な予感が的中しましたわね」
「なっ!? ど、どうなっている! 伏兵がいたのか!?」
狼狽するディーナ。
洞窟の前まで追い詰められた、負傷したエルフから話を聞くと。
「そ、それが、樹海の方から……背後から魔物達に奇襲されました」
「――何故だ!? 樹海には魔物の気配すらなかったのに! どうしてだ!」
「あ、あれを……うぅっ……」
負傷したエルフは指をさした。
ここより南、樹海の奥を……。
「あ……あああぁぁぁぁぁぁぁぁ! 嘘だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
ディーナは絶叫した、チュートンがあるであろう樹海の奥より煙と炎が上がる光景に。彼女の目には絶望が映っている。遥か遠くからでもわかる赤い光、それが樹海と闇を照らしていた。
「そんな……」
「やられましたわね……」
ジークとセドナは理解した、全てはファーヴニルの
絶望した表情で魔法を唱える者。負傷した体に涙を流し、嗚咽を漏らして剣を振るう者。その痛ましい姿をこれ以上見たくはなかった。ジークとセドナはファーヴニルに備えて温存していた魔法を放ち、魔物の軍勢に立ち向かう。
――この日、チュートンは炎上した。
奇襲を受けたのは、エルフ達だったのだ……。
お師匠様と、魔法使い! ジークフリート冒険記 松本隆志 @AAA312
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