5章
第27話 開始前
悪の組織に日本で唯一買い取られた街、東京都桜丘。
この街は、嘘で彩られている。
何が嘘で、何が真実なのか。その見極めが出来ないくらいに。
だから、この街では誰も信用してはいけない。
自分の近しい人であっても。
区民ホールの地下に造られた秘密基地の中で、俺はじっと敵の到着を待つ。
約束の時間まで、あと三十分。十二時まで、あと千八百秒。
不思議と緊張はしていない。ただ違和感があるだけ。
それは、平日だというのに学校へ行ってないからなのか、それともこんな格好をしているからなのか。
俺は、自分の首から下を眺めてため息を吐いた。
「この格好になる意味あるのか」
呆れたように聞くと、矢吹は力強く頷く。
「もちろんです。これは悪との戦いなのですから!」
久しぶりに、俺は参号スーツに身を包んでいる。
今の俺は坂上港ではなく、参号だということだ。どうでもいいのだけれど。
「悪人と戦うのが変態っていうのは、締まらないと思うが」
「坂上さんは変態ではありません。ただ人より少しだけ女性ものの下着が好きなだけです。今風に言うなら、下着属性ですね」
「変な属性を付けるんじゃねぇよ。てか、俺が言ってるのはこの格好のことだよ」
俺の言葉で、矢吹はようやく何を示しているのか理解したらしい。だが、納得は出来ていないらしく首を傾げている。
「どこからどう見ても、普通のヒーローにしか見えませんが」
「変態のお前に聞いたのが間違いだったようだな」
こんな格好で、ヘルタースケルターと相対するのかと考えると、気が重くなってくる。なので、考えるのをやめた。
「安部先輩、遅いですね」
今日の作戦の要である先輩は、「最後の仕上げがあるから、またあとでね」と朝からどこかへと行ってしまった。時間までには戻って来ると言っていたのだが、大丈夫なのだろうか。
「心配しても仕方ないですよね。信用して待ちましょう」
「先輩ほど信用出来ない人間もなかなかいないけどな」
外部の音が漏れてこない秘密基地の中は静かだ。
街の様子を監視する数十台のモニターを、ぼうっと眺める。そこには、いつもと何ら変わりのない風景が映し出されていた。
まさか、こんな地下で悪の組織と戦おうとしている高校生がいることなど、誰も気付いていないだろう。
気付いているのなら、今すぐ手伝いに来て欲しい。
未知数の敵に対して、コチラはたった三人という超人手不足なのだから。
「坂上さんは、運命って信じますか?」
矢吹の唐突な質問に、俺は首を捻って答える。
「なぞなぞか、それ?」
「なんで、なぞなぞになるんですか。普通に質問ですよ!」
噛みついてきそうな勢いで怒る矢吹を、「ドウドウ」と宥める。
運命。
よく聞く単語なので、どこかには存在しているのだろう。ただ生憎と見かける機会がなかったので、それがどういったモノなのかを俺は知らない。だから、答えようがない。
すると、矢吹は出来の悪い子供でも見つめるように小さく笑みを浮かべる。
「坂上さんは、本当に選ぶのが下手ですね」
「うるせぇよ」
そんなことは自分が一番よく解っているのだ。
わざわざ矢吹に言われるまでもなく。
最近、色々なヤツらから言われているしな。
「私は運命を信じているんです」
矢吹はどこか遠くへと、視線を投げる。
「信じているから、それを乗り越えたい。運命を否定したいんです」
矢吹が何を背負っているのか知らないというのに、そんな話をされても、反応に困る。
ただ、コイツの中で消えるかどうか以上に重要なことなのだろう。
ここまで来たら、話してくれてもいいような気もするのだが。本当に無意味に頑固なヤツだ。
「坂上さん、いや、参号さん。私を助けてくれますか?」
矢吹が潤んだ瞳で、俺のことを見つめる。
まさに、これからクライマックスへと入る。そんなシチュエーション。
だから、というわけでもないが、俺も矢吹を見つめ返す。
「うーん……」
「うーんってどういうことですか!? ここは、『助けてやるよ、俺の命に代えても』みたいなことを言う場面じゃないですか!!」
「いや、俺は死にたくねぇよ」
「ちょっと、酷すぎませんか!?」
酷すぎるって、俺を代わりに殺そうとする矢吹の方が酷いと思うのだが。
だいたい、俺の命に代えたところで矢吹が無事で済むとは到底思えないのだが。ならば、俺は無駄死にではないか。
「でも、まぁ、少しは頑張ってやるよ」
「少しだけなんですね」
「疲れない程度にな」
呆れたような表情で、矢吹は溜め息を吐いた。
そんなに期待されても困ると事前に言っていたというのに、人の話を聞いていないようだ。
俺に出来ることなんか限られていて、その限られた中で矢吹を助けることは、ほぼ不可能だろう。
不可能だと解っていながら頑張ると言っているのだから、そこはしっかりと評価して欲しいのだが。
東京逆襲ヒーロー 農薬 @no-drug
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