第16話 死神の上司
✠ ✠ ✠
白い闇があるとしたら、こんな場所だろう。何も見えず、距離感もない。自分の影すら無い。自分の身体を見ても真っ黒で、慌ててしまう。そんな場所だ。しかし、ロレダーナは泰然自若としていた。ここが、彼女の仕事場だからだ。
目にはいるのは、手にしたタブレットだけだ。それは、部下たちの様子を見るものであり、通信を行うものであり、さらに上の管理部門のチェックを受けるものでもあった。
「ロレダーナさま」
栗色の髪に緑の瞳をした少年が、歩み寄ってくる。白い闇の中で、色を放つ存在。それは、光をまとっている。ここにいて姿を保てる心を持つ死神は、そう多くはいない。
「念願の、地上勤務です。準備は万端、整いましたか」
「はい、ロレダーナさま」
ロレダーナは頷く。
「あなたの仕事は基本的にはアリーチェとは重なりませんが、もし同じ場所で任務にあたるとしても、動揺してはなりませんよ」
少年は羞ずかしげに目を伏せた。
「はい」
ロレダーナはタブレットを操作しながら、
「あちらにはヴィヴィアーナもおりますが、彼女は別の任務に就いています。あなたには彼女が判るでしょう。しかし、くれぐれも邪魔をしないように」
「ヴィヴィアーナさまがですか? はい、解りました」
本当に大丈夫だろうか、とロレダーナは不安に思う。しかし、上の決定だ。
アリーチェが奔放なのは昔からだ。それを上もよく理解している。だからだろう。アリーチェを忙しい場所にばかり着任させてきた。ところが、今回のことだ。
死神を学校に通わせる。それは、簡単なことではない。
周囲の人間たちの記憶を数人ぶん操り、怪しむ方面を処理し、任地には代行者を派遣する。
その労力を厭わないような何かがある。
── アリーチェに?
それとも、あの人間に?
ロレダーナは疑心が胸の中で育つのを抑えた。どのようなことにせよ、ロレダーナには見守る権限しか与えられていない。死者の迎えを配するのも、タブレットから指定がくるままに地上の死神にメールを出しているだけなのだ。『さま』という敬称で呼ばれるような立場とは言い難い。しかし、地上に行く死神たちは、皆、自分に指示書を送ってくる相手を『さま』で呼ぶ。上司なのだから、と。ロレダーナには納得しかねるが、理解はしている。
「ロレダーナさま?」
いけない。不審に思わせてはならない。
「アリーチェと会うのは構いませんが、任務が最優先ですよ、ジルベルト。いいですね?」
彼──ジルベルトは嬉しげな笑顔を はじけさせた。満面の、輝く笑みを、ロレダーナは眩しげに見つめる。
「はい!」
そして、彼は静かに部屋を出ていく。一瞬、ロレダーナは一緒に出ていきたい気持ちになった。ここは白すぎる。けれども、それは叶わない。ロレダーナには、ここしかない。
ロレダーナの手がタブレットを操る。
上からの指示が来ていた。
『アリーチェには秘するように』
ロレダーナは ため息をつく。
何事も、あるべきもの。
起こるべくして起こるもの。
それは、残酷なものだ。闇を知らずして光を知らざるがごとくとしても。
アリーチェの苦痛を思うと、ロレダーナは胸が痛んだ。彼女は猛烈に怒るだろう。激しく、猛々しく。けれども、どうにもならない。たとえ どんなに力を尽くしても。
かくして、獣は野に放たれた。
✠ ✠ ✠
死神✠Alice✠ Le Morte 汐凪 霖 (しおなぎ ながめ) @Akiko-Albinoni
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。死神✠Alice✠ Le Morteの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます