第16話 死神の上司

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白い闇があるとしたら、こんな場所だろう。何も見えず、距離感もない。自分の影すら無い。自分の身体を見ても真っ黒で、慌ててしまう。そんな場所だ。しかし、ロレダーナは泰然自若としていた。ここが、彼女の仕事場だからだ。

目にはいるのは、手にしたタブレットだけだ。それは、部下たちの様子を見るものであり、通信を行うものであり、さらに上の管理部門のチェックを受けるものでもあった。

「ロレダーナさま」

栗色の髪に緑の瞳をした少年が、歩み寄ってくる。白い闇の中で、色を放つ存在。それは、光をまとっている。ここにいて姿を保てる心を持つ死神は、そう多くはいない。

「念願の、地上勤務です。準備は万端、整いましたか」

「はい、ロレダーナさま」

ロレダーナは頷く。

「あなたの仕事は基本的にはアリーチェとは重なりませんが、もし同じ場所で任務にあたるとしても、動揺してはなりませんよ」

少年は羞ずかしげに目を伏せた。

「はい」

ロレダーナはタブレットを操作しながら、

「あちらにはヴィヴィアーナもおりますが、彼女は別の任務に就いています。あなたには彼女が判るでしょう。しかし、くれぐれも邪魔をしないように」

「ヴィヴィアーナさまがですか? はい、解りました」

本当に大丈夫だろうか、とロレダーナは不安に思う。しかし、上の決定だ。

アリーチェが奔放なのは昔からだ。それを上もよく理解している。だからだろう。アリーチェを忙しい場所にばかり着任させてきた。ところが、今回のことだ。

死神を学校に通わせる。それは、簡単なことではない。

周囲の人間たちの記憶を数人ぶん操り、怪しむ方面を処理し、任地には代行者を派遣する。

その労力を厭わないような何かがある。

── アリーチェに?

それとも、あの人間に?

ロレダーナは疑心が胸の中で育つのを抑えた。どのようなことにせよ、ロレダーナには見守る権限しか与えられていない。死者の迎えを配するのも、タブレットから指定がくるままに地上の死神にメールを出しているだけなのだ。『さま』という敬称で呼ばれるような立場とは言い難い。しかし、地上に行く死神たちは、皆、自分に指示書を送ってくる相手を『さま』で呼ぶ。上司なのだから、と。ロレダーナには納得しかねるが、理解はしている。

「ロレダーナさま?」

いけない。不審に思わせてはならない。

「アリーチェと会うのは構いませんが、任務が最優先ですよ、ジルベルト。いいですね?」

彼──ジルベルトは嬉しげな笑顔を はじけさせた。満面の、輝く笑みを、ロレダーナは眩しげに見つめる。

「はい!」

そして、彼は静かに部屋を出ていく。一瞬、ロレダーナは一緒に出ていきたい気持ちになった。ここは白すぎる。けれども、それは叶わない。ロレダーナには、ここしかない。

ロレダーナの手がタブレットを操る。

上からの指示が来ていた。

『アリーチェには秘するように』

ロレダーナは ため息をつく。

何事も、あるべきもの。

起こるべくして起こるもの。

それは、残酷なものだ。闇を知らずして光を知らざるがごとくとしても。

アリーチェの苦痛を思うと、ロレダーナは胸が痛んだ。彼女は猛烈に怒るだろう。激しく、猛々しく。けれども、どうにもならない。たとえ どんなに力を尽くしても。

かくして、獣は野に放たれた。


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死神✠Alice✠ Le Morte 汐凪 霖 (しおなぎ ながめ) @Akiko-Albinoni

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