第15話 死神転校生

 そんなわけで、本当にアリーチェは転校生として入学してきた。

 日中、彼女が学校にいる間は、代わりの死神が仕事をこなすのだそうだ。気の毒に。

「やっぱり、本当なのか……」

「もう一回、椅子の脚を曲げたほうがいいか?」

「いや、いいよ!」

 巧は慌てて首を横に振る。彼の椅子の座り心地は、いま最悪なのだろう。傾いていて、ちょっと身じろぎしただけでガタガタする。

「それにしても、疲れる。アリーチェのやつ、最悪だ」

「なにがですの?」

心臓が跳ねそうになった。

思わず恨みがましい目付きで見上げる。

「ほんとに編入してくることないだろ。少しは休ませてくれよ」

「あら。最近こそ立て込んでいましたけれど、そろそろ一旦、落ち着きますわよ」

季節の変わり目は忙しいのですもの、と、アリーチェが呟く。その声は少し寂しげで、なんとなく悪いことを言ってしまった気がした。

「ほんとに僕を監視する気?」

人形もこれほど精緻に造れまいという美貌に艶やかな笑みを浮かべ、彼女は机を指でコンコンと叩いた。

「意外とあちこちに、私たちの仲間が紛れているものでしてよ。そもそも、私と出会ったときも、そうでしたでしょう?」

「……!」

僕は息を呑み、声を落とした。

「誰か死ぬのか」

あの事故の日。

原因となったのは、人身事故だった。本来、アリーチェが導くことになっていた魂。あの魂は、どうなったのだろう。

「心配いりませんわ。いまは誰も。それと、私を誰だと思っていますの? きちんとあるべき場所に見送りましたわよ」

え? え? 心が読めるの?

おどおどしていると、アリーチェが侮蔑をこめた表情を向けてきた。

「心ではなく、顔を読みましたのよ。本当に、解りやすい表情ですこと」

隣で巧がプッとふきだす。

それを横目で睨んで、

「悪かったな~、解りやすくて」

アリーチェが破顔一笑した。

「良いことですわ。少なくとも私には」

「そりゃどーも」

むすっとして答えると、アリーチェが初めて声をたてて笑った。

ええっ。こいつも笑うのか! ていうか、可愛い。すげー可愛い。そして、可愛いと思ってしまうのが悔しい。

挙動不審していると、アリーチェは笑い終わった。そして、真剣な表情をして言った。

「私の代理がおりますから、以前よりは任務が減ると思いますわ。特に深夜は減るでしょう」

「そう願いたいよ」

「でも、なくなるわけではありませんわ」

頬が強ばる。

長時間の任務も、できれば御免こうむりたい。

「諦めてくださいな。あなたが私を助けようとしたことから始まったのですから」

「なになに、なんの話?」

いつの間にか注目を浴びていたようで、僕は焦る。巧も同様のようだ。しかし、アリーチェは平然と言った。

「バイトの話ですわ。私の手助けをしてくださってますの」

「え? バイト?」

「無報酬ですけれど。介護施設の清掃ですの」

問いかけた女生徒は呆気にとられた。

「そ、そうなんだ……大変だね……」

「そうですわね。夜中に吐き散らかされたときは、流石に怒り心頭でしたわ」

あの、酔っぱらいの死者のことだ。急性アルコール中毒で死んで、逝きたくないと駄々をこねた魂。僕が初めて同情しかねた死者。

アリーチェも怒っていたんだ。

僕は思わず笑って、ちょっとだけ安心した。死神でも、人間みたいなこと思うものなんだ。げんなりしたり、うんざりしたりもするんだな。

もしかしたら、アリーチェはアリーチェなりに、彼らを死から救えないことを煩悶しているのかもしれない。僕の目には映らない苦患もあるのかもしれない。

幼い子どもや、前途ある若者や、責任ある壮年の者の死に、胸を痛めているのかも。

僕は、そんなことを思ってアリーチェを見つめた。それは、遠い過去となってから、苦々しい記憶となった。僕が言えるのは、この頃の僕は甘ったれていたということだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る