第14話 アリーチェの妙案

 仕方ありませんわね、とアリーチェが呟く。

「有巣」

不意に呼ばれて、どきりとした。

「っはい!」

彼女は愚弄するような表情で言った。

「あなたの力を、見せてさしあげなさいな」

そんな顔で言われると、すごく抵抗したくなる。だが、僕は素直に従った。なにより友人たちに信じてもらうために。


ぐぎゅ


ひっくり返した椅子の脚を、指先で軽くひん曲げる。

3人が息を呑むのが分かった。

まったく力を込めずに針金でも曲げるような様子に、アリーチェを除いた全員が絶句している。

「……うっそだろ」

巧のかすれた声が届く。

「ごめん、巧」

ははは、と彼は笑った。

「なんで謝るんだよ。スゲーじゃん」

いや、怯えている気がする。

そりゃあ、そうだろう。

こんな怪力で肩でも叩かれたりしたら、骨折で済むかどうか。だから、あの事故以来、僕は巧とふざけあうことも、はしゃぎあうこともなかった。怖かったのだ。彼を傷つけるのが。

 なぜかアリーチェは得意げに身を逸らした。

「おわかりでしょう。つまりは危険人物ですの。まあ、彼に触れられなければ害されることもございませんでしょうけれど」

「……それで、どうして死神の助手をやることになるんですか?」

落ちつきを取り戻した泉の問いに、僕は狼狽える。そういえば、助手の仕事に怪力をコントロールするようなものは無かった。むしろ、最大限に利用するかのような……。

あれ?

アリーチェは、けろりとして答えた。

「日頃の我慢や抑制がストレスになりますでしょう。発散できることがなければ、力の持ち腐れですわ」

なんか違う。

「じゃあ、有巣くんの力を利用しているのね?」

「あら、異議がおありのようですわね」

「だって、死神って、ひとの死に接するんでしょう。有巣くんが可哀想だわ」

「何故、可哀想ですの?」

アリーチェの微笑に、泉が戸惑う。

「有巣くんは優しいから……」

「死者を救えないことに罪悪感を抱くというわけですのね。それは、そうでしょう。私も、もう何度も我らは救命者ではないと申してますわ」

泉の目付きが鋭くなった。

「なのに、無理矢理、助手をさせてるの?」

ああ、何だか話が嬉しい方向に?

アリーチェの微笑に、僅かに優しさのようなものが浮かんだ。

 なんだ? なんかアリーチェのやつ、泉には優しくないか。

「必要だから、ですわ。それ以上は申し上げられません」

 断固たる口調。

 泉は鼻白む。だが、それ以上は追及しなかった。

 落胆。

 気のせいか……。

 アリーチェが手を打つ。

「そうですわ。有巣が今日のようにサボタージュしないよう、私も高校に通うことにいたしましょうか」

「はあー⁉」

 冗談だろ‼ そんなことになったら、心の休まる暇もない。

 大体、死神が学校に通うって、どうよ?

 手続きとか、いろいろ、無理があるだろう。

 妙案に喜んだアリーチェが、明るい声で言い放つ。

「お三方にご協力いただこうと思いましたが、考えてみれば自分で監視したほうが話が早いというものですわ」

「いや……協力しますよ? なあ」

 余計に怯えた巧が泉と煕人に声をかけると、ふたりとも頷いた。

 ああ、よき友よ。心友たちよ。我は感激したり。

 しかし、アリーチェは無慈悲だった。

「構いませんのよ。昨今の日本は高齢化が進んで、死神の手も空いていますから、おそらく許可も下りるでしょう。許可なくしては、望めませんけれど、まずもって大丈夫ですわ」

 だから、どうしてきみが得意げなんだ。

 大丈夫じゃないほうがいい。

 アリーチェの上司さん。どうか、彼女の暴走を止めてください。

 僕はひん曲げた椅子の脚を元に戻しながら祈った。

 死神と学友になるなんて、とんでもないっ。

 しかし、願いは数秒で無下にされた。

「あら」

 小さな光の粒がどこからか舞い降りてきて、アリーチェの手の中で はじけたのだ。

 それは、手紙だった。

「まあ。ロレダーナさまったら、お早いですこと」

「え? なに? ロレダーナ?」

「私の上司からですわ。許可が下りましたの。さすがに準備がありますので明日から、というわけにはまいりませんが、数日後には、私もクラスメイトですわ」

 なにー⁉

 一同、絶句してアリーチェを見つめた。

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