アウトロ

 石田トオルは踏切の前に立っていた。

 遮断機は道を閉ざし、警告の鐘が辺りに鳴り響いている。そこは、トオルが高校に通う際の通学路だったが、今は帰り道の途中という訳ではない。トオルはただ、線路の向こう側を見詰めて、じっと何かを待っていた。陽は幾分か傾いて、辺りをオレンジ色に染めている。もう何度も、目の前で電車が通り過ぎていった。踏切の向こう側には、サラリーマン風の男、女子大生風の女、自転車に乗った若者、そして遠い目をした青年が居て、こちら側には買い物袋を提げたおばさんが隣に立っていた。

 しばらくすると、また電車の音が近づいてきた。

 トオルはただ、じっとそこに立っている。お気に入りの歌を口ずさみながら。

 青年が、ふわあ、とひとつあくびをした。

 車両は踏切を通過し、警鐘が止んで、遮断機が道をあける。人が動き出しても、トオルはそこに立ったまま。おばさんが先を行く。自転車が通り過ぎる。サラリーマン風と女子大生風も、トオルの脇をすり抜けていった。

 そして、一番ゆっくりと歩いていた青年も、


 近づいて、


 すれ違って、


 通り過ぎていった。


 一瞬だけ吹いた風が、肩まである髪と、胸元のスカーフをそっと揺らした。

「『空の歌』」

 背後から掛けられた声に、トオルは振り向く。

「『空の歌』だよね、今の」

「はい」

 トオルは答えた。けぶるような微笑みを湛えて。

 それを見て、青年も微笑わらった。そして、こんな事をトオルに尋ねた。

「今作ってる曲、まだタイトルが決まってないんだよね。なんかいいの、無いかな?」

「どんな曲ですか?」

「そうだね、多分……君の声に、似合いそうな曲」

 トオルは少し考えてから、ゆっくりと口を開いた。

「……そうですね。それじゃあ──」


 ──それは、少女感覚シナスタジア




                                 (了)

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