少女感覚
森乃ケイ
(ギャップ)
石田トオルは踏切の前に立っていた。
遮断機は道を閉ざし、警告の鐘が辺りに鳴り響いている。そこは、トオルが高校に通う際の通学路で、今は帰り道の途中だった。陽は幾分か傾いて、辺りをオレンジ色に染めている。踏切前には、トオル以外にもサラリーマン風の男、女子大生風の女、自転車に乗った若者が居て、向こう側には買い物袋を提げたおばさんが見える。
しばらくすると、やがて電車の音が近づいてきた。
ふわあ、とひとつあくびをして、トオルがまた正面に目を向けたとき、そこに、さっきまでは居なかったはずの少女の姿があった。──あった気がした。はっきりとそれを認識する前に、電車がトオルの視界を遮った。
自分と同年代の少女だったような気がした。同じ学校の制服を着ていたような気がした。自分を見詰めていたような気がした。
──どことなく、自分と似ていたような気がした。
気が付けば。
景色が反転していた。左に通り過ぎるはずだった電車が右へ消えていき、サラリーマン風と女子大生風と自転車男は踏み切りの向こう側に立ち、隣には買い物袋を提げたおばさんが立っていた。
一体何が起こったのか。周囲を確認しようと首を振る。
視界の端で髪が揺れた。
(え……?)
反射的に髪に手をやる。
自分の髪のはずがない。トオルの髪はこんなに長くないし、指はこんなに細くないし、さっきまで男子の学生服を着ていたのだから、胸元にスカーフなど見えるはずがないのだ。
周囲の人間は誰もトオルに注意を払わない。
誰もこの異変に気付いていないのだろうか。いや、そもそも、この状況を異変だと感じている自分がおかしいのだろうか。
遮断機が上がる。凍った時間がまた動き出したかのように、人が流れ出した。
混乱した頭で、今為すべき事を考える。ここで立ち尽くしていてもしょうがない。
(家に、帰らなきゃ……)
トオルはそう結論した。
家路を辿る。踏切を渡る必要はなくなった。背中からはまた、電車の通過を知らせる鐘が響いていた。
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