08.ティファニー……ではなく駅ナカで朝食を
土曜日。
青い空が広がり、絶好の買い物日和である。空を見上げるとうろこ雲がちらほらと漂っていたが、今日の降水確率は0%という予報だったから心配は無いだろう。
ジャージにパーカーというスタイルで外に出たミーティアはフードがずり落ちないようにしながらぐぐっと大きく伸びをした。
「ん〜!やっぱり外が一番ね。家の中にずっといるのは人間を駄目にするわ」
「それは僕の家が窮屈で狭くて住み心地が悪いというのを言外に匂わせているのかな」
「そんな事は言ってないじゃない」
隣を歩く星一が横目で睨むとパーカーの奥の蒼い双眸が楽しげに揺れた。
「セーイチの家は過ごしやすいわ。でも未知の星に到着して早々にまともに外に出られないのは辛いわ。女の子を3日も缶詰めにするのはどうかと思うのだけれど」
「それはミーティアが勝手に出歩いて騒ぎを起こしかけたせいだからね」
ミーティアの脱走事件があった後、星一は学校に行っている間は絶対に外出しない事を再度厳命した。
そのせいで水、木、金と3日間まともに外に出られなかったミーティアは日を追うごとにフラストレーション……ではなく食欲が高まり、天道家の家計を圧迫した。星一が学校帰りに購入するコロッケも両手で抱える程になり肉屋から不審に思われたが、そこは親戚が来るとかなんとか上手く言い訳をして誤魔化した。
大食いチャンピオンも裸足で逃げ出す三日間を過ごしたにも関わらず、ミーティアの体に一ミリの変化も認められない。あの大量の食べ物が一体どこに消えたのかは大きな謎だった。
土曜日になり、いよいよ外に出られるということになるとはしゃいだミーティア。
太陽が顔を出す前に起きて身仕度を済ませ、丁度東の空が明るくなり始めた時間に星一を起こした。星一はまだ寝ていたいと必死に抵抗したが、軍のエージェントであるミーティアに勝てるはずもなく、無理やり叩き起こされてしまった。
「眠い………というかまだこの時間はどこも開いてないよ」
大きなあくびを噛み殺して星一は周りをきょろきょろ見回すミーティアに言った。
「え?もうこんなに日が昇っているのよ?」
ミーティアは6時の太陽を背に小鳩のように首を傾げた。星一が腕時計を指で軽く叩く。
「大きなお店が開くのは大抵10時くらいだよ」
「つまり?」
「後4時間弱はどこのお店にも行けないということ」
星一がそう告げるとミーティアはその蒼い双眸を見開き頭を抱えた。
「なんてこと………世界は、アースは私に厳しいわ」
「いや、まだ早いって言ったのに『外に出して』の一点張りで聞く耳を持たなかったミーティアのせいだから」
「どうやってこの空腹を沈めたらいいの?」
「ご飯の心配なの?!」
がくっとずっこける星一。
ミーティアはまるで世界の終わりを見たかのような表情でお腹に手を当てた。
「私はもう駄目かもしれないわ」
「戦争中なんでしょ?一食抜くくらい良くあることなんじゃないの?」
星一が尋ねると、ミーティアは深刻そうな表情になった。
「ここに来る前はそうだったわ。でも宇宙には美味しい料理があると知ったわ。規則正しい生活と3食きちんと出される生活に私は身も心も作り変えられてしまったのよ」
「エージェントとしてそれはどうなの……」
地球の生活に適応しつつあるものの、自分の星に帰ってから苦労するのではないかと思い、遠い目をする星一。
そんな星一にミーティアは鋭い視線を送った。
「全部セーイチのせいよ」
「え?」
何を言われたのかよく分からなかった。
「私をこんなにしたのは全部セーイチが原因だわ。だから責任を取って」
「ええっ!!?」
ミーティアの突然のプロポーズめいた発言に慌てる星一。
異星間の結婚は許されるのかとか戦争中のミーティアの故郷の事はどうなるのかとか色んなことをぐるぐる考えて混乱する星一を、ミーティアの言葉が現実に引き戻した。
「今すぐ美味しい朝ご飯を用意して」
「………そういうことね。うん分かってた。期待なんかしてなかったよ」
「?」
自分の阿呆らしい思考回路に
「大丈夫?」
「うんなんとか。とりあえず電車に乗ろうか」
意味もなく外を歩くのも時間の無駄のような気がしたので、とりあえず目的地付近までは行こうと星一は考えた。
「でんしゃ?」
「公共の移動手段だよ。それに乗ってショッピングモールの近くまで行ってその辺のファミレスとかカフェで朝食を取ろう」
「でんしゃってスカイトレインの事だったのね」
空いている車内の座席に座って足をぷらぷら動かしながらミーティアが呟いた。
「スカイ?空を飛ぶの?」
星一の問いかけにミーティアは首を傾げて返答する。
「もちろん。空襲を警戒して主な戦場になってるエリア5辺りでは活動停止しているのだけれど、他ではありふれた移動手段よ」
「空襲って事は空中戦が中心なのかな?」
「そうね。エアファイターで撃ち合うわ」
「わ、わお……」
「他の星では地上戦も結構あるわね」
「地上戦って事は人間同士で戦うんだよね。つまり、その……」
言いづらそうな苦い表情で言葉を濁した星一。
その表情を見ていたミーティアは少し優しい眼差しになって唇を開いた。
「多分セーイチが思ったような事とは違うわよ?コメット星人が送り込んでくるのは
「そ、そうなんだ。なんかちょっと安心したよ」
戦争云々と聞いてそういうこともあるだろうと覚悟した星一は胸を撫で下ろすのだった。
ミーティアは流れる遠くの景色を見ながら溜息を吐くように一言呟いた。
「それでも人間に近い容姿のロボットもいるから壊す時に嫌な気持ちになることだってあるわ。まあ、もう慣れたけれど」
どこか寂しさを感じさせるその双眸に、星一は目的地に着くまで声をかけられなかった。
電車を降りるとミーティアの表情は好奇心いっぱいの猫のような明るさが戻り、星一は安堵した。
駅の改札を出ずに大きな駅ナカをカフェやレストランを外から物色しながら二人で歩く。
一通り見終わったところで星一はミーティアに店の希望を聞いた。
「どこか気になるところはあった?」
「コロッケのお店はないの?」
地球にやって来てからというものことある毎にコロッケを要求するミーティアに星一は呆れたような目になる。
「もう少し視野を広げる事も大事だよ」
星一の視線から逃れるようにミーティアはぷいと顔を背けた。
「ふーんだ。じゃあセーイチが適当に決めればいいじゃない」
拗ねたように口を尖らせるミーティアを微笑ましく思いながらも星一は適当な店がないかと考えた。そしてふと思いついたものがあった。
「カレーとかはどう?」
「かれー?」
「そう。ご飯の上にカレールーっていうソースというかスープみたいなものがかかった料理だよ」
この3日間でパスタやお好み焼き、ラーメン、オムライスなどミーティアに地球もとい日本の料理を紹介する意味でも様々な料理を出した星一だが、カレーだけは作っていなかった事を思い出したのだ。
「よく分からないけれど美味しいのならなんでもいいわ」
二人が入ったのはインド人がやっている本場の味みたいなものではなく、日本で極々一般的なカレーを出している店だった。
メニューを広げると、様々な種類の物があるだけでなく、辛さやご飯の種類まで選べるようだった。
「色んなのがあるね。朝からカツカレーは重そうだし、無難にビーフカレーにしようかな?あ、でもチキンのスープカレーも美味しそうだし………ミーティアは何にする?」
「これ」
メニューを広げたミーティアが真っ直ぐ指し示したのは『コロッケカレー』だった。
「これはコロッケよね?」
「そうだね。間違いなくコロッケだね」
ブレないミーティアに
ミーティアは『コロッケカレー』の写真を見ながら難しい表情で疑問を口にした。
「なんだか下に邪魔な物が写っているようだけど、これは外せるのかしら?」
「それがカレーだよ。というかカレー屋でカレー抜きで頼むのは意味がわからないよ」
「まあとにかくコロッケがあるのならいいわ」
「いつも食べてるやつほど美味しくはないと思うよ?」
「かまわないわ。色んなコロッケを食べてみることも大切よ」
「さいですか」
どこまでもコロッケを追い求めるミーティアに尊敬の念すら感じる星一だった。
「素晴らしい!素晴らしいわ!コロッケの完成度が低いことは少し残念だけれどこのカレーという新しいソースはそれを補っているわ。ご飯にコロッケが合うのは最早真理といっても過言ではないけれど計算されつつ複雑化された旨味を持つカレーが合わさることによって美味しさが無限大に広がるわ!」
間もなく配膳された『コロッケカレー』に、ミーティアはコロッケ自体の完成度に少々不満を漏らしながらもコロッケとカレーの奇跡の組み合わせに大変満足したのであった。
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