05.心配事と書いて『ミーティア』と読む

 

 あの後、分解銃リゾルブレーザーガンを握りしめて家を飛び出そうとしたミーティアを星一は必死に止め、ちょっとした乱闘になった。


「離してセーイチ!セクハラで訴えるわよ?!」


 腰にへばりつく星一を引き剥がそうとするミーティア。しかし決死の覚悟で飛びついた少年を、離せない。

 ミーティアは見た目は可愛らしく小柄な少女の姿であれど、その正体は銀河の果ての星の調査を任された特殊部隊のエージェントであり、その身に培われた能力は常人のそれを遥かに凌駕する。まともに戦闘訓練を受けたたことのない平和の国の少年を振り払うことなど容易い筈なのだが………


「訴えたらまずミーティアが警察行きだから!精神病院に送られるか報道陣に囲まれて疲弊するか悪組織の実験台に縛られるかの3択だよ!!」

「関係ないわ!全部コレリゾルブレーザーガンで撃ち抜くもの!」

「そんな事したらますます混乱が大きくなるよっ!頼むから考え直して!!」

「離しなさい!」

「何があっても離さないよ!」


 ミーティアは腰に回された腕を掴んで力を込めるが、そうすると星一はさらに強く抱きつくのでなかなか思うようにいかない。


「あいつが!コメット星人が居たのよ!?今すぐ排除するのが地球のためでしょ!!」

「調査だけって言ってた癖に!」

「気が変わったの!即刻排除決定よ!とにかく離しなさい!」

「第一テレビ局の場所もあの鹿米かごめとかいうコメット星人がどこに行ったかもわからないでしょう!!?とにかく一旦落ち着いて!美味しいチョコレートをあげるから!」


 秘蔵のチョコレートをちらつかせながら決死の説得を試みる。


「っ……美味しいもので釣ろうとしても無駄よ!私の意思は固いわ!!」


 一瞬迷うような素振りを見せたもののミーティアは説得に応じず、腰に巻かれた腕をつねり、星一が怯んだ隙に無理やり拘束を振り切って玄関に向かって走り出した。

 星一は振りほどかれた勢いで床の上に強く体をぶつけたが、それでも諦めずに出て行こうとする青髪の背中に叫んだ。


「じゃ、じゃあコロッケ!明日コロッケを好きなだけ食べさせてあげるからぁあああ!!!」


 その叫びは


「……………………交渉成立ね」


 見事に功を制した。









 翌朝。


「いい?僕が帰ってくるまでこの部屋から絶対に出たらダメだよ?」


 あの後、長旅と不時着やその他あれこれで疲れているであろうミーティアにベッドを譲った星一はソファで寝た。そのせいかいつもより少し早く目覚め、朝食と学校へ行く仕度をしていた。

 出発する時間になってようやく起きたミーティアに朝食のヨーグルトと焼いたパン、ラズベリージャム、ベーコンエッグを出し、星一は家から出ないように厳命した。


「分かったわ」


 瞬く間にベーコンエッグを平らげたミーティアが頬っぺたにベーコンの欠片をくっつけながら返事をした。

 おしぼりでベーコンを取ってやりながら星一は不安そうな声を漏らす。


「心配で押し潰されそうなんだけど……」

「大丈夫よ。この白いの美味しいわね」


 そう言って、ミーティアはヨーグルトを口に運んだ。バターとラズベリージャムを塗った厚切りの食パン4枚は既に彼女の胃の中にある。


「全然大丈夫じゃなさそうに見える……」

「気のせいよ」


 星一の向ける怪訝な眼差しをミーティアは2個目のヨーグルトを開けながら受け流す。


「繰り返し言うようで悪いけど、ミーティアのその格好も容姿もこの星では一般的じゃないんだよ。だから外に出たら確実に目立つ。万が一警察にでも見つかったらとてもじゃないけど庇えないんだからね」

「肝に銘ずるわ」


  再三の忠告に、ヨーグルトをのせたスプーンを持ったまますごくいい笑顔を見せるミーティア。だが、それを見て星一はますます心配になるのだった。


「すんごく不安なんだけど」

「大丈夫大丈夫。お腹が空いた時のために食事を用意しておいてくれれば私は大人しくしているわ」

「家計の不安が追加された………」


 星一は額に手を当てて瞑目する。

 しつこいほど心配する星一を安心させるようにミーティアは胸を張った。


「とにかく大丈夫よ。私はこれでもエトワール星防衛軍特殊部隊、泣くバンシルも黙る"M4"のエージェントなのよ?」

「例えエージェントだろうと、潜伏する土地に馴染めなかったらすぐに見つかって任務失敗になるでしょ」

「むう……」

「というわけで絶対に外に出ないこと。ご飯は備蓄が無いからとりあえずカップ麺で済ませておいて。作り方は………あ、字は読めるの?」


 根本的な問題を思い出した。異星人なのだから、当然使っている文字だって違う筈なのだ。だがそれについては問題無いようだった。


「翻訳機(トランスレーター)があるからそこは大丈夫よ」

「そっか。それなら大丈夫だね。お湯はそこの瞬間湯沸かし器の中の線まで水道から水を入れて赤いのボタンを押せばすぐに沸くからそれを使って」

「了承したわ」

「あとは………」


 星一は他に何か注意点があるか探したが、壁に掛かった時計がその先の思考を許してくれなかった。


「ああっ時間だ。もう行かないと!と、とにかく外に出たら駄目だからね?!じゃあ行ってきます」

「行ってらっしゃ〜い。コロッケ忘れたらだめよ?」

「はいはい」


 玄関で靴を履きながら慌ただしく振り向いた星一にスプーンを口に咥えたままミーティアは笑顔で手を振った。



(見送りをしてくれる人がいるのは嬉しいな………でも何か忘れてる気がするんだけど………なんだろう?)


 星一は何かが頭の片隅に引っ掛かっていたが、それが何か分からないので、とりあえず学校に行ってから考えることにした。








 星一が教室に入ると、黒板を清掃していた少女が声をかけてきた。


「おはよう天道君」

「おはよう」


 彼女の名前は二藍ふたあい 桔梗ききょう

 このクラスの委員長でもある彼女はその肩書き通り、赤いフレームの眼鏡をかけていて、髪をボブカットにしたキリッとした雰囲気の少女である。


「ねえ天道君、何か心配事でもあるの?」


 入って来た星一を見た瞬間から怪訝そうな顔を浮かべる少女。

 心配事ミーティアを頭に浮かべていた星一は思わぬ追求にどきりとした。


「え?い、いや大丈夫だよ」


 星一が笑ってはぐらかすと、桔梗は首を傾げながらも一応は納得してくれたようだった。


「そう、気のせいなら良いんだけど。今日の天道君はまるで突然居候して来た女の子を家に残してきて心配……みたいな顔をしていたから」

「ぶごっ!げほげほげほっ!!」

「天道君!?大丈夫??」


 突然むせ返った星一に、桔梗は慌てて駆け寄る。


「だ、だいじょぶ。というかいきなり何を言い出すの?しかもなんでそんなに具体的なのさ」

「そんなに具体的だった?」

「まるで見てきたように言うからびっくりだよ」


 前から鋭いところがあるとは思っていたが、さすがに今回のはびっくりした。


「え?じゃあ天道君は今、住所不明の美少女と同居してるってこと?」

「設定増えてるし!そ、そうじゃなくて、まるで見てきたような具体例だねってことだよ」

「ああそういうこと。でも顔色が悪いのは間違いないみたい。ちゃんと寝ないと駄目だよ?」


 心から心配してくれる桔梗に星一は感謝を感じた。


「分かったよ委員長。心配してくれてありがとう」


 そう返事をした星一に何故か桔梗の心配顔が険しい表情へと変わる。


「あ〜今まで言わなかったのは悪いと思ってるけど、その『委員長』って呼び方、実は嫌いなの……」

「そうなの?!みんな呼んでるからそれでいいのかと思ってた。ごめん」

「言い出さない私が悪いんだし、気にしないでいいんだよ?これから気をつけてもらえればそれでいいから」

「じゃあ二藍さん?」


 提案を含めて名を呼ぶ星一。だが桔梗は納得していないようだった。


「ん〜名前で呼んで欲しいかな」

「じゃ、じゃあ桔梗さんで」

「ふふ……それじゃあ私も星一君って呼ぶね?」

「は、はい」


 普段とは違う雰囲気で笑う彼女に星一はドキッとした。まるで年上の女性にからかわれているような気分だった。


「じゃあこれからはそれでお願いね星一君っ」


 最後に片目を瞬かせた桔梗は颯爽と朝の仕事に戻って行った。


「かなわないな……」


 星一はその場でしばらく立ち尽くしたのだった。








「はあ……」


 溜息と共に自分の席に着いた星一に横から透き通った綺麗な声がかけられた。


「天道ぅ〜おはよっ」

「あ、ああ一空、おはよう」


 そこにいたのは男子の制服を着た美少女……ではなく、正真正銘の男子生徒。

 名をみさき 一空いっくうという。

 大きな茶色い瞳と真珠のようなきめの細かい白い肌、愛らしさを感じさせる端正な顔立ちを持つ美少女もとい美少年である。

 本人はその容姿から毎回女の子に間違えられ、告白(主に、というかほとんど男子から)されるのは日常茶飯事。そのせいもあってか、かの……彼は日々の"男磨き"を怠らない。

 だが努力すればするほど逆にその可愛らしさを際立たせてしまっていることもまた事実であった。


「今日は遅かったね!天道は何してたの?」

「不良っぽく遅刻ギリギリの登校かな」

「それは男らしい行動かな?!」


 素早く表紙に『男への道』と書かれたファンシーなメモ帳とペンを構える一空。彼は男らしさの追求の為に気づいたことや知ったことをそのメモ帳に書き記している。

 だが星一は彼に根本的な問題を突きつけた。


「一空」

「な〜に?」

「お前が男っぽくなるのは無理だよ」

「ええ?!嘘?」


 長い睫毛を瞬かせて口を開ける一空。

 驚いた顔も可愛い、と星一は思った。


「なんて言うか、遺伝子というかもはや運命的に?」

「運命!?で、でも努力すれば夢はきっと叶うってお母さんが……」

「努力しても無理なことはあるよ。誰もがプロスポーツ選手になれないように、一空が男らしくなるのは無理だと思う」

「そ、そんな……」

「一空がいくら頑張ってもその可愛らしさが消えることはない」

「で、でもこの前天道に言われたとおり、中国拳法の達人みたいに長い髪を後ろで縛ったんだよ?!」


 そう言って一空は後ろで一つに纏めたさらさらした髪を、首をまわして見せた。滑らかな首筋とうなじが眩しい。ポニーテール万歳。


「うんそれね。すごく可愛いよ」

「ええええええ!!!??カッコ良くないのぉ!?」


 一空は仰け反り茶色い双眸を見開いて叫んだ。


「似合ってるよ。ただし可愛い方向に」

「どうして!?ちゃんと言われた通りにしたのに!!」

「大体、髪が長い男子は少ないというかほとんどいないよね?」

「え、あ……」


 根本的なことに気づいた一空は絶句した。

 それを労わるように、星一は一空に優しく微笑みかける。


「……髪を縛った一空は前にも増して可愛いよ」

「騙した…天道また騙した………うわぁ〜ん!!天道くんのばかぁ〜!!!」


 一空は目にいっぱいの涙を浮かべて教室を飛び出した。

 その様子を見ながら星一はぽつりと呟いた。


「そういうのが可愛いと言われてる理由だと思うんだけどなぁ……」











 放課後。


 終業時刻が近づくにつれて胸騒ぎはどんどん大きくなり、帰りの挨拶が終わるや否や星一は鞄を掴んで教室を飛び出した。

 ミーティアとの約束は忘れず、途中肉屋に寄ってコロッケを大量に買い込み、大きな袋を抱えて帰路を急いだ。

 マンションに着いてもエレベーターが来るのを待てず、階段を2段飛ばしで駆け上がる。3階の廊下を全力で走って星一は家の玄関の前で急停止した。

 上がった息を整えながら、家の鍵を引っ張り出す。焦りのせいか鍵穴に何度か上手くはまらずイライラしながらも、なんとか解錠し、ドアを開け放って靴を脱ぎすて、家の中に駆け込んだ。


「ミーティア!ミーティアいる!!?」


 リビングにはいない。リモコンがラックに戻されていないままソファに放り出されている。

 ダイニングキッチンにもいない。机の上に空のポテトチップスの袋が散乱している。

 寝室にもしない。トイレにも、風呂にもいないどこにもいない。


「やっぱり!どうしよう?コロッケを外に吊るしておけば捕まえられるかな?!」


 星一は混乱のあまりわけの分からない事を口走る。

 とりあえずコロッケの袋を机の上に置き、通学鞄を放り出して星一は家を出た。




「ミーティア!ミーティア!どこだよ!!」


 肉屋の周りやミーティアが落ちてきた場所の周囲など、とにかく心当たりのある場所やミーティアが行きそうな場所を虱潰しらみつぶしに探したが、どこにもいない。



「ミーティア!ミーティア!ミ……!!!」


 走って走って走って走って…………ついに見つけた。


 だが、それは今まさに警官に補導されそうになっているミーティアの姿だった。

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