04.敵の紡ぐ物語はとっくに始まってる


 夕食時。


「な、何これ」


 ミーティアは目の前に置かれた皿を見て目を白黒させていた。


「なんでひもが出てくるの?その上に赤い液体?アース星人の食生活おかしくない?」

「おかしくないと思うけど。というか紐って何?神様の青い紐のこと?」


 星一にとって、紐と言われればそれは即ち青い紐を指す。だが食卓にそれを置いた記憶はないしそもそも家の中に神様も青い紐も存在しない。


「この赤いソースの下にある黄色い紐のことよ」

「紐って……ああ。パスタのことね」

「ぱすた?」

「そう、パスタ。小麦粉で出来てる麺類のことだよ。これはその中のスパゲッティってやつだ」


 そう、今夜の夕食はパスタである。


 楽しみだったコロッケを青い隕石少女に食べ尽くされ、買い直そうと仕方なく肉屋に戻るも既に売り切れで意気消沈して帰宅した星一とミーティア。

 とりあえず星一は冷蔵庫にあったガーリックソースと粗ごしのトマトと乾燥バジルでトマトソースを作り、パスタを茹でて簡単なトマトソーススパゲッティを作ったのだ。


「すぱげてぃ?ぱすたじゃないの?」

「あ〜ごめん。パスタは総称で、スパゲッティは種類なんだ。他にもフィットチーネ、ペンネ、マカロニ、ラビオリ、ラザーニュとかたくさん種類があるんだよ」

光線銃レーザーガン電子銃エレクトロガン陰陽銃イオンレーザーガン重水素銃ジューテリウムガンとかがあるのと同じこと?」

「う、うんそんな感じ」


 物騒な例えに苦笑いする星一。そして話を逸らすようにパスタの袋からまだ茹でる前の乾麺を取り出して見せた。


「ほら、茹でる前はこんな感じなんだよ」

「針金みたいね」

「茹でれば柔らかくなるよ。そのお皿のみたいに」


 ミーティアは湯気を立てる皿に視線を戻し、机に置いたフォークを突き刺してスパゲッティを掬い上げてじっと見つめた。


「………あんまり美味しそうに見えないわ」

「そういう感性を培ったエトワール星の食事を1度見てみたいよ」


 コロッケといいこのトマトソーススパゲッティといい、何故か見た目が良くないと言うミーティアの住む星の食料事情が非常に気になる。


「んーそうね……簡単に言うとゼリー状の食事ばかりね。というかまともに食事に時間をかけることは無いわ」


 まるで絵に描いたような宇宙食っぽいエトワール星の食べ物を想像して遠い目をする星一。


「……随分寂しい食事風景なんだね」


 星一は高度な文明故に効率を突き詰め、栄養が取れればいいという考えに至ったのではないかと邪推した。

 だが、その考えは半分正解で半分不正解だった。


「まあ戦争中だからしょうがないわ。ゆっくりご飯を食べていたらいざという時に戦えないもの。食事は食べられる時に食べるというのが鉄則ね」


 エトワール星の簡略化された食事、それは戦時中の緊張状態故のものだったのだ。

 星一は辛いことを聞いてしまったのではないかという罪悪感で一杯になった。


「なんか……ごめん」

「まあ、生まれた時からそんな状況だから何とも思わないわ」


 ミーティアの反応はけろっとしたものだった。それが日常茶飯事であるかのように、その表情に悲しみや怒りは無い。


「そ、そうなんだ」

「アース星では戦争は無いの?」

「世界の何処かでは今もあるけれど、この国は全く無いね。世界一平和な国なんじゃないかな。銃とか刃物とか所持するのは禁止だし。というかミーティアも無闇矢鱈とあの銃を見せない方がいいよ。見た目がオモチャみたいだから心配ないと思うけど、万が一ってことがあるから」

「分かったわ。んー脱出の時の不時着座標設定はとりあえず生活し易そうな場所にしたけれど、思わぬ幸運を引き当てたみたいね」






「美味しい!美味しいわ!こんな食べ物は初めてよ!ころっけの方が好みだけど、この紐もすごく美味しいわ」


 口のはしに赤いソースをつけながら、慣れないフォークを駆使してトマトソーススパゲッティを食べるミーティア。その表情は喜色満面で、見ている人間を幸せにする笑顔だった。

 

「紐じゃなくてスパゲッティね」


 星一は苦笑いしながらミーティアの食べる様子を見ていた。


 本来なら、自分の作ったものをこんなにも美味しそうに食べてくれることに無条件の幸せを感じるはずである。だが星一の顔を引きつらせる懸念が一つあったのだ。


「上にかかってる液体も酸味があって紐によく絡んで最高ね。とりあえずおかわりもらえるかしら?」

「もう500グラムは食べたよね?その勢いで食べられるとスパゲッティの備蓄が切れるんだけど……」


 心配事とはミーティアの食事量である。


 つい2時間前にコロッケを8個も平らげたのに、スパゲッティを食べる勢いは衰えるどころか加速し続けている。彼女の胃袋にはブラックホールでも入っているのではないかと星一は思った。


「大食いって言われたことない?」

「無いわ。そもそも食事をこんなにゆっくり取ったことが無いから分からないけれど」

「地球に来る途中で食糧の備蓄が尽きたとか?」

「充分な量を積んでいたから困ってないわ。そういえばこの星に降り立った時に空腹を感じたわね。まあ、墜落寸前になっていろいろ大変だったからかなりエネルギーを消費したからだと思うけれど」

「なるほど」

「他のぱすたは無いの?」

「フィットチーネとペンネがあったはず」

「とりあえず2つとも食べさせて。お願い」


 上目遣いで懇願するミーティア。その破壊力に星一はあっさりと陥落した。


「い、いいよ」

「本当に?ありがとう!」


 お願いする時にほとんど無意識に眉を寄せて目を潤ませるミーティアを拒むことは、お人好しの日本人もとい星一には無理難題であった。

 わざとそういう仕草をしている可能性もあるが、この短い間の観察で星一はミーティアがそういう演技をするような性格ではないと考えていた。


「わざとには見えないしね。とんだ小悪魔だよ……」


 星一のそんなつぶやきはミーティアには聞こえず、彼女はキョトンと首を傾げた。


「?」

「な、なんでもない」


 星一はとりあえずこの大食漢の小悪魔のために追加のパスタを作ってあげることにした。









 その後ミーティアは、家に貯蔵してあった残りのパスタを全て平らげた。

 星一は大量のパスタを食べるミーティアを見ながら食料費がかさむことを確信し、とんだ食いしん坊を我が家に招き入れてしまったと頬を引きつらせるのだった。

 余談だが、フィットチーネは『リボン』、ペンネは『土管』の称号を青い食いしん坊少女から賜った。


「アース星の食事は見た目はあまり良くないけれど、味は最高ね。他のものも食べてみたいわ」


 ミーティアは冷蔵庫の棒アイスの2箱目を開けながら呟いた。


「そーですか……」


 だが対する星一の反応はあまり良くない。

 食費が家計を圧迫することを確信したので当然といえば当然の反応なのだが。


「どうしたの?元気がないわよ。私があいすを食べてしまったのが悪かったの?セーイチも食べる?」

「大丈夫です」


 アイスも食後のデザートとして出したものだが、互いに1個ずつ食べるだけのつもりが、ミーティアの上目遣いの前に2、3個と渡してしまい、とうとう開けたばかりのアイスが1箱空いてしまったのだ。

 NOと言えない日本人というか美少女に逆らえない男子高校生のさがというか、とにかく星一はつい彼女を甘やかしてしまうことを自己嫌悪していた。

 だが、悩んでいても仕方が無いので、とりあえず食費云々は一旦置いておいて、テレビをつけて気分転換を図ることにした。


 テレビの電源を入れるとちょうどニュースの時間のようで、マイクを持ったレポーターが慌ただしく喋っていた。


『大変です!ここ、飛来(とびくる)市に謎の墜落物があった模様です!』


 「ぶふっ!!げほっげほげほ………」


 星一は目に飛び込んできた光景に思わずむせた。

 レポーターのいる場所、それはついさっきまで星一とミーティアががいた場所、つまりはミーティアが墜落した現場だった。


 道路に穿たれたクレーターの周りには警察や消防が駆けつけ、黄色いテープによって立ち入り禁止区域となっている。

 その周りにはニュース番組のレポーターに加えて多くの報道陣や野次馬が群がっており、現場一帯は異常な賑わいを見せていた。


 ニュースの司会者が興味津々といった様子でレポーターに質問を飛ばす。


『中継の田中さん、謎の墜落物とはどんなものなのですか?』


 だがそれに答えるレポーターの表情は困惑していた。


『そ、それが全く分かっていない状況でして…』

『は?』

『墜落があったことは近隣住民の証言から確かなのですが、現場には墜落の影響と思われるクレーターがあるだけで、肝心の墜落物がどこにも無いという状況なんです!』


 それはそうだ。

 落ちてきたのは物ではなく少女だし、その後移動して、今まさに自分の隣でアイスを咥えているのだから。


『持ち去られたということですか?』

『警察もその線を疑っていますが、とある専門家の方によると、この規模のクレーターを作った墜落物を持ち去るのは簡単な事ではないそうです!』


 簡単に動いたよなぁ………と星一は遠い目をした。

 仮に彼女が気絶していたとしても、この小柄な体を持ち上げることはあまり鍛えていない星一にも簡単に出来ることのような気がした。


「むう……何か失礼な脳波を検出したわ。セーイチはなにか変なことを考えてない?」


 ミーティアは腕についた黒いリング状の端末を確認して星一を睨んだ。


「気のせいじゃない?」

「そうかな………?」


 ニュースは続く。


『そうですか……他に被害状況は?』

『落下点付近の文房具店の窓ガラスの破砕や、コンクリートの壁の損傷はありますが、幸い、人的被害は報告されていないということです!』

『田中さんありがとうございます。続きまして飛来市の謎の墜落物に関する目撃情報を………ブツン!!』


 星一は素早くチャンネルを変えた。


「僕は何も見なかった。僕は何も知らない」

「そういうのを現実逃避って言うのよ?」

「知らない知らない僕は落下した少女なんて見なかった!ここにいるのは迷子の食いしん坊だけです!」

「食いしん坊じゃないもんっ!というかセーイチはどうするの?ケーサツって多分、惑星警備連合と同じやつよね?」

「面倒事を運んできた本人が他人事みたいに言う?」

「まー潜伏は大変になったわね。セーイチ、なんとかして?」


 両手を組んでわざとらしくお願いのポーズを取るミーティア。

 星一はしばらく彼女を睨んでいたが、溜息を一つつくと、諦めた表情になった。


「まあ乗りかかった船だし、できうる限り面倒は見るよ」

「やった!!ありがとうセーイチ!大好き!」


 星一の協力の了承に、ミーティアはぱあっと笑顔になって勢いよく彼の首に腕を回してに抱きついた。


「うわっ!ちょ!?」


 突然美少女に抱きつかれ、その手の免疫が全くない星一は顔を真っ赤にして狼狽えた。

 女の子特有の柔らかい感触が体に当たり、清涼感のある甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 頭が真っ白になり、星一は必死でミーティアを振りほどこうとするが、思いの外強い彼女の力はそれを許さない。


 そんな騒ぎの差中、チャンネルを変えたテレビでは、何やら真面目な議論が展開していた。


『ではこの都市・森林共生計画どう思われますか?』

『いやぁ〜本当にあり得ない。自然への回帰とか言ってますが、私達からすればちゃんちゃら可笑しい話ですよ。開拓民ならともかく、この時代に生まれた我々はもう既に始めから文明という名の母なる海にどっぷり浸かっている。今更自然と共存する生活は難しいですねぇ』


 壮年のニュースキャスターと、金髪の外人のゲストが何やら環境問題か何かについて議論していた。


『では鹿米かごめさんはどうお考えで?』


 あの外見で日本人なんだ、とミーティアを振り払うことを諦めた星一は思った。


 テレビの向こうではよくわからない議論が続く。


『全てを文明に組み込むしかないでしょうなぁ……』

『全てと言いますと?』


 ニュースキャスターの質問に、鹿米とかいう見た目外人の日本人ゲストは大げさな身振りで声を張った。


『森から大地から全部ですよ!我々にはその技術がある。自然と共存する努力をするよりは楽だろうと思いますよ!』

『ですがヒートアイランド現象などの都市特有の問題も……』


 ニュースキャスターが真剣な顔で懸念を口にした。

 だがゲストの鹿米金髪日本人はなんでもないことのように笑って答えた。


『だから、それも含めて全てが解決すると言っているんですよ。我々にはここの科学力など足下にも及ばない高い次元のものが既に揃っているんです。後はこれを実行に移すだけ……ほら、簡単でしょう?』

『ですが資金面においても税金をどの割合で投入するかなど……』

『ははは……我々がいつ資金提供を要求しました?』

『え……それって……』

『ええ、当然お金は一切頂きませんよ。みなさんはこの計画を後押ししてくれる支持、それだけをお願いしたい』


 何も問題はないと告げる鹿米の回答に、心配顔だったニュースキャスターも笑顔になった。


『それは心強い』

『ええ、ぜひわが都市化推進建設企業『彗星』をよろしくお願いします』

『ありがとうございました。では続きまして……』


 金髪外人っぽい日本人のゲスト鹿米はその場を去った。

 星一は詐欺集団のような鹿米の答えに眉をひそめた。


「全部大丈夫とか言うのは逆に信用がないと思わない?都市建設を支持する声だけもらってあとは自分達で全部やりますとかさ……何かカラクリがあるよね?」


 そう言ってなんとなく首に引っ付いたミーティアに目を向けると、彼女は目を大きく見開いてテレビからに釘付けになっていた。


「ミーティア?」


 怪訝そうな星一の問いかけにミーティアはテレビから目を離すことなく答えた。


「今のよ」

「は?」


 意味がわからず星一が首を傾げると、緊張と興奮を押し殺した声でミーティアは言った。



「今出てきた人間。今の金髪が……………コメット星人よ」



 敵は既に動き出していた。







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