02.ガール・ミーツ・デスティニー

 空から少女が轟音と衝撃波を携えて、まるで隕石のように落ちてきた。


 蒸気が晴れた先、地面に出来たクレーターの中心にいたのは、無骨な隕石ではなく可憐な少女。


 見たこともない素材で作られた、宇宙アニメとかに出てきそうな服を着て、美しい青い髪を風になびかせて凛と立っていた。


「私はθしーた銀河第32恒星系第4惑星、エトワール星のエトワール星人。名前はミーティア、よろしく、セーイチ」


 自分は異星人だと名乗るミーティアは地球のある太陽系を有する銀河系の外からやって来たのだという。

 つまり彼女は、地球の科学力など足下にも及ばない超高度な文明を持つ惑星ほしからやって来たということ。

 だが、現代の科学力を持ってしても、現在までに地球外の知的生命体はおろか他の惑星に存在する生物すらまともに見つかっていないのである。

 普通は冗談だと笑うか、精神病院を勧めるような場面であるはずだった。


 だが星一の反応は、そのどちらでもなかった。


「そっか。改めて、僕は地球人の天道てんどう 星一せいいち。えと……ようこそ地球へ。で、いいのかな?こちらこそよろしく」


 星一はミーティアの言うことを一切疑わなかった。


 星一自身、なぜ異星人だと言われてすんなり信用してしまったのかは分からない。

 ミーティアの登場のインパクトと驚きを削ぐ調子に狂わされたというのもあるが、星一にはまるで当たり前であるかのように、前から知っていたことのようにストンと胸に落ち着いたのだった。


「……アース星の服は不思議な形をしてるわ」


 ミーティアの格好は少々目立つので、星一はとりあえず自分の制服の上着を羽織ってもらった。

 ミーティアは星一に比べてかなり小さいので、その姿はまるで父親のジャケットを着て遊ぶ小学生の娘のように見えた。


 だが、着る前より目立っているように見えるのは何故だろうか?


 ピッタリした宇宙服を着た小柄な美少女にぶかぶかの上着という組み合わせ。

 やましいことは何もないのに、すごくいかがわしいことをしているような気分になる星一だった。


 星一はそわそわと辺りを見回していたが、当のミーティアは地球の服というものが珍しいらしく、上着を着たまま興味深そうにあちこち引っ張ったり、ポケットをひっくり返したりしている。


「この服の側面についている袋は何?ん、何か出てきたわ……これはハンカチ?じゃあこれは次元収納袋ワームポケットと同じものなのね。容積が小さ過ぎるのは難だけど、いちいち端末で座標指定をする必要がないのは楽だわ」


「んん?縦に等間隔でついている丸く平たい小さな板は何かしら?どうやら片方だけについているようだけど。もう一方は穴が空いているわね。ここに板を通して使うのかしら」


「むぅ……適温調節機テンパアジャスターが付いていないのは流石に困るわね。変化する気候に対応出来ないじゃない」


 という具合に、目をキラキラ輝かせながらしばらくごそごそ調べていた。




「ええと、地球に来た理由を聞いてもいい?」


 周囲に人がいないことを確認した星一がそう尋ねると、ミーティアは制服を弄るのを止めて、蒼い双眸を向けてきた。


「そうね……」


 ミーティアは人差し指を顎に当て、上を見上げて唸り、しばらく考えてから星一の顔に視線を戻して首を傾げた。


「……調査?」

「いや、疑問形で聞かれても困るんだけど……地球の人間の調査が目的と考えていいのかな?」

「んー……それもあるけど、二の次ね。主な目的はコメット星人の調査よ」

「コメット星人って、さっき言っていた、ミーティア達がいるエトワール星とは別の異星人のこと?」

「そう……今から約10日前、δデルタ銀河第1から第12恒星系近辺にコメット星人の銀河間渡航機の電波を受信したの」

「それは何か大変なことなの?」


 うまく飲み込めない星一は眉根を寄せる。ミーティアは声を落としてそれに答えた。


「……そもそもコメット星人がδデルタ銀河に来ること自体珍しいわ。しかも第1から第12恒星系に近づいたことは今までにない」

「だから怪しいというわけか」

「そう。付近で文明が発達しているのはここアース星くらい。潜伏しそうな穏やかな気候の惑星は他にも幾つかあるけど、人型生物はいないし……」

「誰もいない星の方が潜伏しやすいんじゃないの?」


 星一が考えを言うと、ミーティアは首を横に振った。


「コメット星人の性格的にありえない。彼らは都会みたいな人の手が入った場所を好むから」

「そうなんだ。コメット星人が地球に来ると何か不味いことでもあるの?」


 星一がそう尋ねると、ミーティアはキュッとその蒼い双眸を細めた。


「……彼らの思想は危険。コメット星人が訪れることはその星の命を壊すのと同義よ」

「星の命が壊れる?!」


 コメット星人は星一が想像していた以上に危険な存在らしかった。悪くともせいぜい巨大UFOに乗って地球の都市を破壊するくらいだと思っていたのだ。


「その想像も充分危険だと思うわ」

「いや、でも、僕が見た映画では大体異星人と地球人の戦いだったから。星を丸ごと殺す方が物騒だと思うよ」

「まあそうだけど……」

「ごめん、続けてもらえる?」


 星一は遮ってしまった話の続きを促した。


「コメット星人は重度の『自然嫌い』よ。森は当然、海の水や地面の土、果ては小さな草まで全て人工物に置き換えないと気が済まない性格なの」

「何それ。そんな事が可能なの?」


 都市一つ作り変えるならまだしも、広大な大地とか地平線の彼方まで続く海とかを人の手で改造するというのは、さすがに出来そうにない。


「コメット星の技術力は武力においてはエトワール星に劣るけど、建設技術は恐らく宇宙一。地下のマグマや鉱山資源ですら、簡単に人工物に置き換えてしまうのよ」

「そ、それは凄いね……さすがは地球外の超高度文明と言うべきかな。でもさ、仮にそんな事が出来るとしても、途方もない量の資材が必要になるんじゃない?」

「材料は現地調達。コメット星人は降り立った星の天然資源をそのまま流用して作り変えるから、追加の材料はそれほど必要なかったりするわ」

「わざわざそんなことをする理由が分からないな。超技術で本物同然に出来るならやらなくても同じことじゃない?」

「人工物というのが大事なのよ。自然にあるものは徹底的に自分達の手で造り替えないと気が済まないのよ」

「なるほどね」

「コメット星人がこの惑星ほしを支配したら、間もなく自然が消える。それは惑星の死と同義よ」

「人をわざと植物状態にしてから人工呼吸器に強制的に繋ぐような残酷さだね……」


 ありとあらゆる自然が全て人工物に置き換えられた光景が脳裏に浮かんで、星一は身震いした。


「そういうこと。だから私が来たのよ」

「つまりミーティアはこの地球を救うためにやって来た平和の使者、救世主というわけだね」


 安堵した表情で星一が笑うと、ミーティアは冷めた目で否定した。


「違うわ」

「あれ?」

「私が来たのはあくまでコメット星人がいるかどうか、いるならどう動くのか、の調査。その先のことは指令部(うえ)の判断次第よ」

「出来ればこのまま何も起きませんように……」

「その願いが叶うといいわね」


 そう言いながらも、ミーティアの蒼い双眸には『不可避』の3文字が浮かんでいたので、星一はがっくりと肩を落とすのだった。




「ところでさっきから漂ってくる、この美味しそうな香りは何?」


 説明を終えたミーティアは目をつぶってちいさな鼻をツンと突き出し、辺りを探るような仕草をした。うさぎみたいで可愛い。


「美味しそうな香り?………コロッケのこと?」

「ころっけ?」


 どうやらミーティアの住むエトワール星にはコロッケは存在しないようだ。星一は手に下げたビニール袋の中の紙袋を開け、小袋に包まれたきつね色のコロッケを一つ取り出してミーティアに差し出した。


「うん。今夜の夕食のおかずだよ。良かったら1個食べてみる?」


 だがしかし、ミーティアはコロッケを視界に入れた瞬間にその顔を歪ませたのだった。


「そ、それは……本当に食べ物なの?」

「そうだけど」

「アース星ではありふれたものということ?」

「そうだよ。肉とじゃがいもを混ぜて衣で揚げた食べ物、と言えば分かりやすいかな?」


 そう星一が説明しても、ミーティアはまだコロッケに険しい視線を送っていた。なぜかは分からないが、よほどコロッケの見た目が良くなかったらしい。

 だが、ミーティアはコロッケから漂う香ばしくも芳醇な香りは気になるようだ。視覚と嗅覚のギャップに戸惑い、食べるか否かを逡巡しているようだった。


 コロッケの見た目にここまで反応するミーティアに、エトワール星では一体どんなものを食べているのか非常に気になる星一だった。


「………食べても死なない?」

「死ぬわけないじゃないか。コロッケに何を求めてるの?」

「出会い?」

「出会いはダンジョンに求めてください……」


 星一はミーティアは異星人だから価値観や美醜の判断も異なるのだと思い、とりあえず自分が食べて見せることにした。


 ミーティアに差し出したコロッケを自分の口に持って行き、一口かじる。

 軽快な音がして、サクッとした食感を歯に感じたかと思えば、次の瞬間には衣の中からほっかほかのじゃがいもが姿を現し、混ぜ込まれた肉が舌を濃厚に刺激した。

 外はサックサク、中はホッカリ絶妙な揚げ具合の肉屋の特製コロッケは、ソースが無くとも何個でも食べれそうなほどの美味しさである。


「うまい……!!」


 毒味役を買って出たことも忘れて、絶品コロッケを味わう星一。自然と頬が緩み、瞬く間に1つを食べ終えてしまった。

 だが、早速2個目に手を伸ばそうとしたところでハッとなり、ミーティアの警戒を解くために食べて見せたことを思い出した。

 星一は2個目を取るべく伸ばしかけた手を引っ込めて、コロッケの袋ごとミーティアに差し出した。


「食べる?」

「……いただくわ」


 星一の食べる様子を見たミーティアは、コロッケを見て再び|アレ(・・)を想像してしまい一瞬躊躇したが、毒の類いではないこととそれが美味しいものであるらしいことが分かり、差し出された袋からコロッケを1つ取った。

 受け取ってもしばらくはコロッケと星一の顔を行ったり来たりさせるミーティアだったが、息を大きく吸って意を決してギュッと目をつむり、勢いよくコロッケにかじりついた。



 しばしの沈黙。



 ミーティアは1回咀嚼すると、驚いたように目を大きく見開いた。

 そして何度か口を動かして、一口目を飲み込んだ。


「どう?」

「こ、これは………」


 驚愕の表情で固まるミーティア。


「ダメだった?」

「いえ……これは、その……とても美味しいわ」

「本当に?!」

「ええ。今まで食べたどんな食事よりも美味しい。宇宙にこんなに美味しい食べ物が存在したなんて……」


 それがミーティアの未知との遭遇


「嵐がくるわ」


 宇宙最高の美食(ミーティア調べ)、コロッケとの出会いだった。

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