流星のミーティア

うろこ雲

01.ボーイ・ミーツ・メテオガール

 ある日のこと。



 天道てんどう 星一せいいちは学校帰りに書店へ寄って新刊を購入し、それから行きつけの肉屋で夕食のコロッケを買ってから家へ向かって歩いていた。


 袋から出来たてのそれを1つ取り出し、フライング気味に今晩の夕食のおかずであるそれを口に運ぶ。

 このコロッケを売っている肉屋の店主は、若い頃にとんかつ屋と天ぷら屋に勤めていたらしく、揚げ物がとても美味しい。外はサックサク、中はホッカリ絶妙な揚げ具合で、冷めてからでも何故かサクッとした食感が残っている程なのだ。肉屋なのにコロッケばっかり売れているのもそのせいだろう。


 星一がコロッケに舌鼓を打ちながら歩いていると、どこからか空気の抜ける風船がのような音がした。


「野球の試合が終わったのかな?」


 まるで野球中継で試合が終わると一斉に放たれる風船みたいな音だった。

 だが、よく考えてみると、この近くに野球場なんてない。そして不可解なその音はなぜか段々と大きくなって来ていることだった。


「この音は……上から?」


 そう言って上を見上げると、夕焼け空の中に金色に輝く光の点が見えた。


「流れ星?!」


 だがすぐに、流れ星とは違うということが分かった。

 流れ星ならもっとこう、一瞬で消える筈だしこんな奇妙な音はしない。


 考えているあいだにも輝く光の点は徐々に大きくなってゆき、音もゴゴゴ……と空気が切り裂かれるようなものへと変わっていく。

 何かが空から落ちてくるみたいだった。

 というか星一の方へと向かって来ているように見えるのは気のせいか。


 しばらく観察を続けていても一向にそれる様子が無い。どうやらその想像は正しいみたいだった。


「嘘だろ……ど、どこかに避難しないと!」


 とっさに辺りに落下物から身を守れそうな頑丈なシェルターみたいな建物がないか探す星一。だが、そんな特撮チックなものが平和な日本の通学路にあるはずもなく。


「え?ええ?!やっぱりこっちに来る!!?」


 どんどん迫ってくる光に星一は急いで走り出したが、もう何もかもが遅かった。


 周囲の温度がマグマのすぐそばに近づいたかのように熱くなったかと思えば、次の瞬間カッと視界が白く染まり、大きな爆発音と衝撃波が襲ってきた。

 星一は衝撃波に吹っ飛ばされて、わけも分からないまま地面を転がり回った。




「痛てて……」


 気がつくと瓦礫まみれで地面に転がっており、全身が痛かった。

 幸い、大きな怪我はしていないようで、星一は胸を撫で下ろす。


「なんなんだよ………ああっ、コロッケ!」


 起き上がって辺りを見渡すと、すぐ横にバッグと一緒にコロッケの袋が落ちていた。

 バッグは少し砂が付いていたが、ちょっと払えば問題ない。コロッケも袋から中身が出てダメになったりしていなかった。

 星一がコロッケの無事を確認してから周囲へと目を向ければ、周りは酷い有様だった。


 道沿いのコンクリート塀の一部が砕けて瓦礫となり、向かいの文具店のショーウィンドウが割れて店内に硝子の破片が飛び散っている。

 横の道路を見ると蜘蛛の巣状の亀裂が走り、ひび割れが収束している先に濃い蒸気が立ち込めていた。


「隕石でも落ちたのかな?」


 ロシアに隕石が落ちた時のニュースを見たことがある。

 ドライブレコーダーや個人のスマートフォンにおさめられた映像では空に光る物体が映っていた。また付近の住民の証言では轟音がきこえ、落下の衝撃波によって落下点付近の窓ガラスが割れたという。

 今回の状況から考えると、今しがた落ちてきたのは十中八九隕石で間違いないだろうと星一は考えた。


「確か隕石は最初に触った人が所有権を得るんだっけ」


 詳しいソースは忘れたが、これもテレビで見た話。

 もし目の前に隕石が落ちて来たらまずは大学などの研究機関に問い合わせるのが一番らしい。それから未知の物質が含まれてるかもしれないから触らない方が懸命だとも言ってた。

 これを知った時は、隕石が落ちてくる状況なんてそうそう起こるものかと笑ったのだが、今こうしてその知識が生かされそうな辺り、人生何が起こるか分からないものだと星一は思った。


 隕石に触れない方がいいとは聞いたが、それがもし未知の物質だったら、世界で初めてそれに触った人は自分になるんじゃないか?と星一は考えた。


(……どうしよう、すごくワクワクしてきた!新聞の一面とか飾っちゃう?それでテレビとかに出ちゃったりして!?)


 だが、実際に確認してみないことにはなんともいえないことだ。


 亀裂の入った道路の段差に足を取られないように気をつけながら、星一はゆっくりと落下点に近づく。


 すると立ち上る蒸気の向こうから声が聞こえてきた。


「こちら、M4から指令部へ、M4から指令部へ。δデルタ銀河第12恒星系第三惑星、アース星へと到着したことを報告します……」


(あれ、女の人の声?誰かが蒸気の向こうにいる?)


 星一は声のする蒸気の向こうに耳を澄ませた。


「……大気圏突入の際、25サイ程のネオデブリが衝突し、損傷したエンジンのトラブルにより緊急脱出を行いましたが、無事アース星に着地。私の方に問題はありません。搭乗していた機体ラムダフォース2号機、通称"λ2ラムダツー"はネオデブリとの衝突による損傷が激しく、自動操縦による母艦への帰還は困難。現在アース星の衛星軌道上を周回していると考えられますので、アース星人に発見・回収される前に処理をお願いします。つきましては……というか、これ…聞こえてるの?

『ZUZAZA……ERROR…ERROR…』

むう、壊れてる……というかお腹すいた」


 正直何を言っているのかさっぱり分からなかったが、蒸気の向こうに誰かがいるということは分かった。

 きっと同じように隕石を見つけた人なのだろう。



「もしもし、そこに誰かいますか?」

「!!?」


 とりあえず蒸気の向こうにいる誰かに声をかけると、ハッと息を飲む様な声が聞こえて、続いてカチャリと何かを動かすような音がした。


「…………誰?」


 蒸気の向こうから、警戒混じりの鋭い声が飛んでくる。その声に気圧され、星一は足を止めた。


「え、え〜っと、隕石が落ちたみたいだから確かめに来たんだけど」

「………もしかして、アース星人?」


 耳慣れない言葉に星一は首を傾げる。


「え?あーすせいじん?」

「……コメット星人じゃ無いのね?」


 蒸気の向こうの声の意図していることはさっぱり分からなかったが、『こめっとせいじん』という存在に対してひどく警戒しているようだ。


「えーと、『あーす』とか『こめっと』がなんなのかよくわからないけど、僕は君が警戒してるような人間じゃないと思うよ」

「……コメット星人はみなそう言うわ」

「えぇ……」

「あなたがコメット星人でないことを証明しなさい」

「どうやって?」


 星一が困惑して尋ねると、蒸気の向こうの誰かは黙り、しばらく考え込んだ。

 そしてピピピッ、と音がしたかと思うと、蒸気の向こうの人間が口を開く。


「じゃあ質問。あなたの名前は?」

「天道 星一だよ。天の道の星が一つと書いて、天道 星一」

「………コメット星人にしては変な名前ね」


 蒸気の向こうの声が困惑したものになる。


「だから僕はそのこめっとせーじんとかなんとかいう奴じゃないんだってば」

「……コメット星人はみなそう言うわ」

「えぇ……」


 全く信用していない声に星一がげんなりする。


「……ちょっと時間をもらうわ」


 そう言うと蒸気の向こうの誰かはしばらくぶつぶつ何かを言い始めた。

 だが、声が小さいのと単語が意味不明なのとで、星一にはその内容をほとんど理解することができなかった。


「……サーモグラフィ反応は問題なし。通常人型生物と考えられる

「……パワースーツ着用なし、重火器反応なし、装備の素材は綿と数世代前の化学繊維

「周囲に人体及び自立歩行型機械類の確認無し、これは……通信端末?電波傍受解析……アース特有の回線と確認

「総合的に考えて、アース星人という可能性はほぼ100%、一応の警戒はしつつも、戦闘態勢への移行は不要と判断……」


 しばらくすると、カチャリという金属音がして、蒸気の向こうの誰かは再びこちらへ声をかけてきた。


「……両手を上げて。そのまま動かないでゆっくりこっちまで来て」

「は?」


 まるで立てこもりの凶悪犯に対する警察のみたいなことを星一に言ってきた。


「何それ。僕は銃を乱射する危険人物じゃないぞ!」

「……抵抗すると撃つわ」

「はいすいませんでした!」


 星一の不満な感情を敏感に察知したかのように、蒸気の向こうから尋常じゃない殺気が飛んできた。

 星一は思わず言われた通りに両手を上げて無抵抗のポーズをとる。


「……そのままゆっくりこっちまで来て」

「は、はい」


 一歩一歩慎重に、星一は手を下ろさずに蒸気の中心へと向かって行く。

 近づくにつれて蒸気の向こうに人影が見え始め、徐々に濃くはっきりとしてくる。やはり想像した通り、それは女の人のようだった。

 あと1mというところで、ついに立ち上る蒸気が晴れた。


 だが、その向こうから現れた姿に星一は驚きで固まり、目を見開く。


「え……」


 そこにいたのは確かに女の人……いや少女だった。

 そして星一が困惑したのは、彼女が見たこともない格好と容姿であったから。


 腰まで伸ばした青い髪が風になびいてキラキラと輝き、瞳はサファイアを埋め込んだような輝く青。肌はきめ細かい白で透明感に溢れ、その顔立ちは遠目から見ても分かるくらい整っている。

 そして着ている服も非常に奇抜だ。

 白を基調としたその服は、細い体にぴったりと張り付くようで、まるでプラスチックを布にしたかのような滑らかな質感。

 肩から腰にかけて青白い光の線が幾何学な模様で引かれており、腕には黒いブレスレットのようなものが付いている。左右の耳にはヘッドフォンのようなものが付いていて、小さなランプが何かの電波と交信するように明滅している。


 まるでロボットアニメに出てくるような不思議な格好だ。というかちょっと痛い子である。コスプレである。


「もう一度聞くわ。あなたはアース星人?それともコメット星人?」


 少女は手に持った何かをこちらに向かって突きつけながら、目を細めてこちらを睨んできた。


「ごめん、君が何を言っているのかさっぱり分かりません」

「……コメット星人はみなそう言うわ」

「そのこめっとせーじんとかいうのは何なの?」

「コメット星を中心としてσシグマ銀河第17恒星系から第24恒星系を統べる危険思想を持つ星人よ。あなたがそうなら今すぐ排除しなければならないわ」


 よどみなく答える少女。だが星一は困惑顔を返すしかない。


「えと……やっぱり何を言っているのか分からないのだけど、そもそも君は何者なの?秋葉原に行った帰りに隕石を見つけてやってきたコスプレイヤー?」

「こすぷれいやー、というのが何を指すのかは不明なのだけれど、脳波計からは少しの侮蔑を含んだ波長が観測されたわ」


 侮蔑というより呆れだ。青く染めた髪にSFチックなコスプレ、おまけに意味不明な発言が合わされば誰だってそう感じる。


「だってその格好で街をうろつくのは痛い子だよ?正直普通じゃない」

「アース星ではこの装備は一般的ではないということ?おかしいわね。夏季と冬季の調査では問題なさそうだったのに……」


 自分の服を見ながらぶつぶつとつぶやく少女。

 星一はとりあえず気になっていたことを尋ねた。


「ええと、そのあーすせいとかいうのは何?」

「アース星はこの星の名称よ」

「は?地球のこと?」

「アース星人はアース星をチキュウと呼ぶの?」

「あーすせいじんってアース星人なの?え、ていうか……ええっ!!?」


 星一は少女の発言から、ある可能性へと行き着いた。


「もしかして君は……」

「そう、私は……」

「重度の中二病?!」


 熱線。


 彼女が手に持った小さなものが光ったと思ったら、超高温の何かが星一の顔の横を通り過ぎた。

 ジュワッと何かが焼けるような音に振り返れば、後ろの電柱にピンポン球くらいの大きさの穴がいていた。まるで工業用レーザーでくり抜いたように綺麗にな風穴がいていた。


「……非常に不快な脳波を検出したわ。今のは警告よ。次は無いわよ」

「は、はい」


 少女は剣呑な光をその蒼い双眸に宿し、熱線を出したものを星一に向けている。


「というか、今なんか手に持った何かからビームみたいのが出なかった!?」


 一拍遅れて星一がおっかなびっくりな怯えた声を上げる。小首を傾げた少女は手に持った武器らしき物を横に倒して見せてくれた。


「これ?これは分解銃リゾルブレーザーガンよ」


 少女の持つそれはありふれた小銃ピストルの形状をしていた。艶消しの黒い銃身に青い光のラインが入っていてとても美しい。


「綺麗だね」

「そう?さっき見たから分かると思うけれど、このタイプの光線銃レーザーガンは一定密度以上のものにぶつかると分解する光線を出すわ」

「危険すぎるだろ!」

「アース星にはないの?」

「そんな物騒なものはないよ!」


 そう星一が叫ぶと、ミーティアは安心させるように柔らかな表情になった。


「まあ、でも大丈夫よ」

「なにが?」

「これは人体は傷つけないから。せいぜい服がなくなるくらいよ」

「命じゃなくて逮捕の危機だった!」


 当たりどころによっては即、手が後ろに回りかねない非常に恐ろしい武器だった。星一は顔を青くしてわずかに後退る。


「話を戻すけれど、私はこの星の人間ではないわ」

「え……」


 少女の発言に目を見開く星一。

 こめかみに人差し指をぐりぐりと押し付けて少し考えてから、眉を寄せて少女に尋ねた。


「えーと、もしかして宇宙人ってこと?」


 つまりは異星人。地球外知的生命体である。

 星一の質問に今度は少女が顔をしかめた。


「それを言うならあなたも宇宙人でしょう?宇宙の中のδデルタ銀河第12恒星系第三惑星、アース星のアース星人」

「うん……そうねアース星人というか地球人ね」


 まだ少女の言うことを飲み込めていない星一は頭痛がしたようにこめかみを押さえていた。


「コメット星人という可能性もまだ残ってるわ」

「そのこめっと星人ってなんだよ知らないよ」

「……コメット星人はみなそう言うわ」

「その返しはもういいから!」


 にわかには信じがたいが、今の電柱に穴を開けたビームと奇妙な格好が星一に彼女が異星人である可能性を訴えていた。

 そしてよくよく見れば、彼女の足下には大きなクレーターが広がっている。

 道路の亀裂の中心には隕石などなく、一人の女の子がいるだけ。つまりは彼女が先ほど落下してきたものの正体ということになる。

 どうやってあの超々高度からの落下による衝撃を耐え切ったのか不思議だが、彼女が異星人であるならばなんとなく納得がいく。地球に来れるくらいなのだから、地上への落下の対処くらいなんとか出来るのだろう。


 どうやら彼女は本物の宇宙人らしい。


「……本当にコメット星人ではないのね?」


 星一の驚きはどこ吹く風で、何者かを警戒している少女。宇宙人に会った筈なのに、少女の態度に驚きの勢いを削がれた気持ちになった星一は両手を広げて肩をすくめた。


「気の済むまで質問するなり調べるなりしてくれていいよ」

「コメット星人にしては殊勝な態度ね」

「なんとなくこめっと星人が面倒くさい奴らってのは分かった」


 少女はしばらく星一をじっと睨んでいたが、「ふう……」と息を吐いて肩の力を抜いて銃を下ろした。


「……私はθしーた銀河第32恒星系第4惑星エトワール星のエトワール星人、」


 それが星一の未知との遭遇ファーストコンタクト


「名前はミーティア、よろしく、セーイチ」


 エトワール星人のミーティアとの出会いだった。

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