07.改めてどうぞよろしく


 いなくなったミーティアをなんとか探し出すことができ、途中一悶着はあったものの大事には至らなかったことに星一は安堵した。


 だが、今浮かべている表情は安心というよりも苦渋や戦慄という感じだった。


 原因は目の前の光景にある。


 高速、いや光速とでも言える速さで目の前のテーブルの上にうず高く積み上げられたきつね色の揚げコロッケが次々と青髪の少女の口の中に吸い込まれていく。

 右手のフォークが煌めいたかと思えば次の瞬間には山の頂上のコロッケが掻き消え、彼女の左の頬が膨らむ。左手の指先がブレたかと思えば彼女の右の頬が膨らんで左手は既に手元のおしぼりに上品に添えられている。

 およそ人間業とは言えないーーと言っても彼女は異星人なのだがーー食事風景が目の前で繰り広げられていた。


「冷めたのにも関わらずサクッとした軽快な食感とやわらかな食感は今だ健全なのね素晴らしいわこうして不測の事態が起こって直ぐに食べれないことがあっても食べる人に美味しく味わってもらいたいという作り手の心遣いが垣間見えるようだわそして冷めたころっけは熱々の時よりも甘みをより感じるわねこれは凄く良い仕事をしているんじゃないかしら料理というものは出来たてが一番美味しいのだと本で読んだことがあるのだけれどこれは冷めたことでまた違う楽しみ方ができるという点から考えてもやっぱり優秀だと思うのだけれどセーイチはそこら辺をどう考えているのかしら?」


 瞬く間に山のようなコロッケを食べ終えたミーティアは口端についた衣の欠片をおしぼりで拭き取って言った。

 その姿だけ見れば大変上品な美少女なのだが、先ほどの光景を見た後では美少女度も低く感じられた。というか美少女度ってなんだ。


「全くもってその通りだと思うよ」

「心がこもってないわ」


 目を合わせずぎこちなく答えた星一にミーティアは不満そうに口を尖らせた。

 星一は苦笑を返す。


「帰宅早々恥も外聞もなくコロッケをどか食いされたらそりゃあ……ねえ?」


 そう言ってミーティアを見れば、彼女は顔を赤くして俯いた。


「………食いしん坊じゃないもん」


 拗ねたように言うミーティアが可愛くて星一は声を上げて笑った。






「まずは地球の生活に慣れるというか上手く適合して欲しい」


 食後に星一はそう切り出した。


「アースの生活に慣れるという考えは悪くないけれど、具体的にはどうするの?」


 食後に出されたクッキーを食べながらミーティアが首を傾げる。


「そうだね。まずはその目立つ格好をなんとかしたい。その服とミーティアの青い髪は目立ち過ぎる」

「髪はともかく、このスーツを脱ぐのは無理よ?」

「脱ぎ着出来ないの?」

「そういうことではないのだけれど………とにかく脱いで外に出歩くのは却下よ」


 思わせぶりなその答えに星一は深く聞きたい気持ちになったが、脱線しそうなのでそれ以上の追求は諦めた。


「分かった。じゃあそのスーツの上から着れて全体を隠せるのを買いに行こう」


 当然のことだが、星一は男の一人暮らしなので女性用の服などない。ミーティアは今日星一のパーカーを着て外に出ていたが、女の子なのだし、これから生活するにあたってちゃんとした服は必要になるだろう。


「髪はどうするの?」


 ミーティアが南国の海のような綺麗な青い髪を手で弄りながら尋ねた。


「うーん……染めるのは髪が傷むからやっぱりかつらかな」


 鬘のことは知っているようで、ミーティアはあからさまに嫌そうな顔になった。


「帽子とかではダメなの?」

「ミーティアの髪は長いでしょ?ちょっと難しいと思うんだよね」

「じゃあ今日みたいにフードで覆うのは?」

「今日みたいに外されたらどうするのさ」

「記憶消去すればいいわ」


 相変わらず物騒な発想である。


「人混みでアクシデントがあったら目撃者全員の記憶消去は難しいと思うけど」

「むう……」


 ミーティアはどうしても鬘が嫌らしい。だが今日のようなことがあるといけないので、どうにか鬘を被ってもらうように頼み込んだ。


「ということで鬘は必須でお願いします」

「アースは青い星なのに青い髪の人間がいないのはおかしいわ」


 鬘着用回避は無理だと悟ったのか、ミーティアは苦し紛れの文句を言う。


「エトワール星ではどうなの?」

「………青い髪は私くらいね」

「…………」


 星一は突っ込みたい衝動を押さえ込んで無言ノーコメントを貫いた。






 変装以外については追々決めることにして、まずはミーティア自身について聞くことにした。


「詳しく聞かなかったから曖昧なんだけれど、ミーティアの事を答えられる範囲で教えてほしい」

「そうね……セーイチの知ってることを教えて。それに付け加えるわ」


 ミーティアが2箱目のクッキーに手を伸ばしている事は極力気にしないようにしながら星一は自分が知っている事を端的にまとめる。


「ええと、まずミーティアはこの星の人間じゃなくて、遠い別の銀河のエトワール星の出身。ここに来たのは不穏な動きを見せたコメット星人の調査のためでミーティアはM4とかいう組織のエージェント。後は不時着して先立つものがないのとコロッケを異常に気に入った大食漢って事くらいかな」


 最後の2つにミーティアは眉尻を上げて反応したが、特に咎めなかった。


「……まあいいわ。そこに少し付け加えるから分からない事があったら質問して」

「了解」


 手に取ったクッキーをひょいと口に放り込んでミーティアは説明を加える。


「まずエトワール星が戦争の最中ということは言ったわね?戦争中というのはエトワール星の国同士のものではないわ。正しくは惑星間、いえ銀河間の戦争かしら」

「壮大なスケールだね。未だまともに宇宙進出してない地球からしたら考えられないよ。SFの話だね」

「えすえふ?」


 どうやらSFという概念はエトワール星には無いらしい。まあ、高度な科学力を持っていたら空想するようなことは大抵実現してしまっているか、それが不可能だということを理解してしまっているのかもしれない。


サイエンスSフィクションF。科学的発想とデータに基づいた空想の世界の話ってこと。要は今よりもっと進んだ科学の世界の話ってことかな」

「まあ、この星の科学力からしたら私達の住む世界は夢物語かもしれないわね」

「むしろ今だに現実感がないよ」

「それにしてはあっさり信じたようだけど?」


 怪訝そうなミーティアに星一は肩をすくめた。


「まあいきなり空から見たこともない容姿の女の子が落ちてきて電柱を溶かす光線銃を撃たれたら信じるしかないよ」


 苦笑した星一からミーティアは目を逸らした。


「は、話を戻すわ。エトワール星の中はすごく平和だったのだけれど、40年前くらいにやって来たコメット星人が星の土地の一部を買い取って都市化を進めたのよ」


 コメット星人は地球にやってくるずっと前にエトワール星で同じような事をしていたらしい。


「最初は問題無かったのだけれど、そのうち何から何まで人工物に変え始めて周りにまで影響が出て、さらにその規模を広げようとしたものだから………」

「近くに住んでいたエトワール星人に反発を受けたと」


 星一の推測にミーティアは軽く頷いた。


「そう。エトワール星人はもともと自然を大切にしていたからコメット星人のやり方は許容出来なかったのよ。その後は色々あって、最終的には彼らを無理矢理追い出したらしいわ。それで怒ったコメット星人が自分達の星に帰って戦争を仕掛けて来たのが丁度26年前よ」

「無茶苦茶だな」


 星一は顔をしかめ、ミーティアも呆れたようにため息をついた。


「わざわざ銀河を越えて戦争をしかけてくるのは本当に面倒な連中だと思うわ」

「周りの星に住む人たちはどうだったの?」

「同じくらいの時期に周りの惑星の住人も似たようなことで迷惑していたみたい。後先考えずに自分達の好き勝手に星を改造して周りに迷惑をかけていたのよ。戦争を仕掛けて来た26年前というのは住んでいたθしーた銀河の全ての星から追い出されたくらいの時期ね」

「追い出されて、怒って、戦争……か」


 そんな迷惑な存在が地球に来て活動している。思った以上に深刻なのではないかと星一は顔を青くした。


「迷惑をかけたのは向こうなのに……逆恨みもいいところよ」

「テレビで見た印象も独善的というか自己中心的な性格な感じがしたけど、なかなか面倒な相手みたいだね。というか戦争中なのにこんな遠くの銀河の星にわざわざ来る理由なんてあるの?」

「だからそれを調査しに来たのよ」


 星一はミーティアが来た事情をある程度把握することが出来たのと同時に、そんな重要そうな任務をこの少女1人に任せたのだろうかと不安に思った。


「ミーティア一人だけでだよね?重要な任務みたいだしミーティアは凄く優秀みたいだね」

「みたいじゃなくてそうなのよ。私をなんだと思ってるのかしら?」

「ちっちゃくて食いしん坊な異星人」

「食いしん坊じゃないわ!それから私は17歳よ!!」


 テーブルを叩いて声を上げるミーティア。

 対する星一は今知った衝撃の事実に目を見開いた。


「ええっ?!歳上!?嘘…………中学生くらいだと思ってた」


 小柄なので中1くらいの年齢だと思っていたが、なんと星一より1つ歳上だったらしい。

 驚愕の表情で後ろに仰け反る星一を見て、腕に巻かれた黒いリングを確認したミーティアは腰に装着した光線銃を抜き放った。


「ちゅうがくせーというのが分からないけれど、凄く不快な脳波を検出したわ。そのちゅうがくせーというのは何歳くらいの人間を指す言葉なの?場合によっては撃つわよ」


 青筋を立てて銃口を眉間に定めるミーティアに星一は慌てて後ろに後退した。


「で、出来ればそのおっかない銃を下ろして欲しいんだけど!」

「貴方の答え次第ね」


 殺気を撒き散らして星一をにらむミーティアは銃を降ろそうとはせずさらに引き金に指をかけた。


「ちゅ、中学生は13から15歳の子を指す言葉です!」

「そう………それで?貴方はのその内の何歳くらいに見えていたのかしら?」


 ミーティアはにこっと天使のように笑ったが、星一には恐怖でしかなかった。


「じゅうさ………当然15歳です!!!」

「虚偽の脳波が出ているわね」


 脂汗をだらだら流して答える星一だが、素早く腕のリングを確認したミーティアは銃をカチャリと鳴らした。大ピンチ。

 星一は大慌てで謝り倒した。


「こ、故障だよ!歳下だと思っていたのは謝るから許して!!」


 星一の土下座と必死の謝罪にミーティアは睨みつつも矛を収めてくれた。


「…………まあいいわ。私は17。絶対に間違えないで」

「は、はいっ」


 ミーティアに身長云々の話は絶対にしてはいけない、と星一は心に誓うのだった。


「他に聞きたいことは?」

「M4って何?」

「M4とはメテオフォースM第4部隊"テトラ4"、エトワール星の軍の特殊部隊の中の一つよ」


 ミーティアの今までの口ぶりから、やはりか、と思う星一。そして17歳という若さで戦争に参加していることに複雑な心境になった。


「若い女の子も戦争に参加させられるんだね………」

「もちろんもっと年齢が上の人間もいっぱいいるわ。だけどメテオフォースに所属するのは大体年端もいかない少女達ね。まあ、これには理由があるのだけれど………今は言えないわ」

「詳しくは聞かないよ。戦争のない国の人間としてはミーティアみたいな若くて可愛い女の子が戦争に参加するなんて考えられないんだよ」


 星一が思ったままの事を素直に口に出すと、なぜかミーティアは顔を赤くした。


「なっ………」

「どうしたの?」


 いきなり赤面したミーティアに星一は訳が分からず首を傾げる。

 全く無自覚に発言したことを理解したミーティアは星一を睨むのだった。


「………この天然たらし」

「なんでたらしになるの!?風評被害だ!」



 その後の話し合いは深夜近くまで行われた。地球での生活のことや今後の方針、その他ありとあらゆることを思いつく限り話し合った。


「改めてこれからよろしくね、セーイチ」


 眠い目をこすりながらも笑顔で手を差し出した少女に少年も笑顔で応えた。


「こちらこそ、ミーティア」


 かくして侵略者を調査するための異星人と地球人のコンビが結成されたのだった。


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