5 衝突

合唱コンクールまであと1週間。


加代は、朝練の集合時間に教室に入った。


「加代、おはよう。」


加代よりも少し早く着いていた香織が声をかける。


「おはよう香織ちゃん。…瑠璃はまだ来てない?」


「瑠璃?まだ見てないね。もう少しで練習始まっちゃうけど…。」


教室を見渡すと、委員長を含むクラスの半分ほどは既に集まっている。その中に瑠璃の姿は見えない。


「では、時間になったので合唱練習を始めたいと思います。」


委員長が、教室のオルガンを弾き始める。


「発声からです。腹筋を使って呼吸してください。では、『あえいおう』から。」


ボン、ボン、ボン、ボン、ボーン


教室にオルガンの音と、生徒達の声が響く。


朝早いこともあってか、皆まだ眠たげで、声も多少小さい。


加代や香織も、元々声が大きいほうではないので、皆の声に自分たちの声は埋もれてしまう。


(まぁ、こんなもんだよね。)


加代は再び教室を見渡し、(委員長以外の)あまりやる気のなさそうなクラスメイトたちを見た。


この中に、本当に優勝したいなんて思っている者はどれだけいるのだろうか?

クラスの半分が欠けている中、一人燃えている委員長が、加代からすればなんだか不憫に思えた。


「…まぁ、朝だからしょうがないか。じゃあ残りの時間はパート練習にするので、各パートごと分かれてください。」


発声が一通り終わり、委員長が指示を出したその時。


「おはよう!遅れてごめん!」


教室に瑠璃が飛び込んできた。


皆の注意が瑠璃へ向く。


もちろん加代も例外ではなく。


加代が振り向き瑠璃の姿を捉えると、瑠璃もこちらに気づいて、何事かをような顔をした。


加代は、そんな瑠璃の姿に少し驚いていた。瑠璃はジャージ姿にリュックを背負い、バトミントンのラケットを小脇に抱えていたからだ。


他のクラスメイト達もいきなり登場した瑠璃に一瞬驚いたようだったが、すぐにパートごとに分かれ始めた。


「おはよう、加代。」


「おはよう。…朝練してたの?」


「うん。あ、でも、合唱練も忘れてたわけじゃなくてね。片付けしてたらちょっと遅れちゃって…。」


「そうだったんだ。でも大丈夫だよ。パート練には間に合ったし。」


「いやぁ、自分でもヒヤヒヤした。」


瑠璃はそう言って笑うと、スポーツドリンクを口に含んだ。合唱練習が始まる直前まで部活をしていたのは事実のようで、顔や首筋にはまだ汗が滲んでいた。


「おはよう、瑠璃。」


「ん?あぁ、おはよう立花。」


「二人とも、すぐパート練習始めるから、早くこっち来て。」


「うん、わかった。」


「ちょっと待って、今汗拭くから。」


そこに委員長の声が聞こえてきた。


「早くしてって言ってるでしょ。」


加代と瑠璃が委員長の方を振り向く。


「遅れてきたのに、これ以上ほかの人に迷惑かけないで。」


加代、瑠璃、香織、そして委員長は同じソプラノのパートに割り振られていた。


香織はそのパートのリーダーだったが、ほとんど委員長が仕切っている状態だった。


「遅れたって言っても、5分ぐらいじゃん。それにちゃんとパート練には間に合ったでしょ。」


「5分でも遅刻は遅刻です。それに、集合時間よりも早く、皆来ていたわ。」


「この前は、パート練に間に合えばいいって言ってたじゃん。」


「それはの場合です。部活の朝練もやりたいっていうから、広瀬さんはそういうことにしてあげたのに。」


「…!」


二人の間に緊張が走る。


「もうパート練習の時間は始まっているんです。ちゃんと参加してください。」


「あんたねぇ…!」


「まぁまぁ、ちょっと落ち着いて。」


瑠璃が怒鳴ろうとする寸前、香織が間に入った。


「委員長はそんなに瑠璃のこと責めないで。瑠璃も明日から少し気をつければいいんだから。」


「「…」」


二人とも黙りはしたものの、まだお互いのことをにらみ続けていた。


香織は続ける。


「ほら、時間が勿体ないから早く練習しようよ。」


「…そうですね。」


委員長は瑠璃のことを一瞥すると、香織と一緒に楽譜を確認し始めた。


瑠璃もまた、リュックから楽譜を取り出して練習を始める準備をする。


「瑠璃、大丈夫?」


二人のやり取りをただ見ているだけしかできなかった加代が、どうにか瑠璃に声をかける。


「ちょっとイライラしてるけど大丈夫。」


瑠璃は委員長に聞こえない程度の声で加代の問いに答えた。


「…無茶しないでね。」


加代は、まだ少しイラついているような瑠璃の横顔を見ながら、少し不安になった。


瑠璃や委員長に限ったことではない。


もし、これからもこんな衝突が起きてしまったら。


私達のクラスは、どんな風に変わっていってしまうのだろうか。


そして何より、その時自分には何かできることがあるのだろうか。



始業を告げるチャイムが鳴り、


加代の心のうちの不安は、さらに大きくなりつつあった。






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それでも私達は。 瑠衣 @stdwami

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