4 日常

土曜日の昼下がり。


午前中授業を終え、加代が帰宅し、リビングへ続くドアを開けると、今起きたのであろう母の姿があった。


「おはよう、お母さん。」


「あっ、おはよー、加代。おかえり。」


「ただいま。」


加代が、家着に着替えてからリビングに戻ると、テーブルには母の手作りサンドイッチが色とりどりに並べられている。


「週末も学校って、高校生は忙しくて大変ねぇー。」


「まぁね。しょうがないよ、進学校なんだから。」


「頑張るのはいいけど、身体だけは壊さないでね。バイトも部活も大変なんでしょう?」


「大丈夫だよ。これでも風邪引かない方なんだから。」


そう言って、加代はサンドイッチを口にする。美味しい。やっぱり母の料理が一番美味しい。(と言っても、パンにレタスやハムを挟んだだけだが。)


「あっ、そういえば。今夜はいつもより帰ってくるのが遅くなるから。」


「明け方近く?」


「そうねぇ…。トモちゃんが具合悪くなっちゃってね、『アキさん、ごめんなさい!!本当にごめんなさい!!!』って電話してきてねぇ。」


トモちゃんというのは、母の職場の後輩である。加代も何度か会ったことがあるが、綺麗というよりは可愛い顔立ちの、優しいオーラをした人という印象だ。


「じゃあ、明日のお昼は私が作るよ。バイト午後からだし。」


「いつもごめんねぇ。明日は久々の休みだから、ちょっと眠ってたくて…。」


「いいよ。休みの時ぐらい、いっぱい寝てよ。」


いつの間にか、サンドイッチは無くなり、母は出勤の、加代はバイトに行く準備をそれぞれ始める。


「あ、一応言っておくけどね。」


着替えを済ませ、メイクをする母の後ろ姿に、加代が声をかける。


「来週から、少し早めに学校行くから。」


「そうなの?」


「合唱コンクールの練習するんだって。昨日決まってさ。本番近くなったら放課後もするとか言ってた。」


「随分気合い入ってるのねぇ。バイトとかは大丈夫なの?」


「それはちょっと相談してみるけど、多分大丈夫じゃないかな。」


「無理しすぎて風邪とか引かないでね。」


「だから、大丈夫だって。」


「嫌よ、そんな事言って、加代までお父さんみたいに倒れられたら。」


「…うん。」


「あっ、もう出なきゃ!」


メイクを終えた母が、加代の頭をぽんっと叩いてから、玄関に向かう。


「じゃあ、行ってきます。」


「行ってらっしゃい。」


母が手を振り出ていくのを、加代は小さく手を振り返して見送った。


玄関には、加代一人が残される。


加代は自分の頭に触れながら、亡くなった父のことを思い出す。


加代の父は、加代が12歳の頃に亡くなった。小学校6年生の時である。


ガンで亡くなった。享年39歳。


とても優しい父だった。


母もあれから随分変わった。前よりも笑い、誰よりも前向きな、そんな母親に。


けれども、一番『死』を恐れているのは、きっと母なのだろう。


母の元気な言葉の裏には、いつも影があるような、そんな感覚を加代はいつも感じる。


「…。私も早く行かなきゃ。」


リュックを背負って、靴を履く。


「行ってきます。」


返事はいつまでも返っては来ず。


加代は、ドアを静かに閉めた。


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