第6話 報い

 翌朝、フロンティアは『現実世界で名もない電気技師だった男が成した偉業』に湧いていた。


 この世界でも現金を得るためには当然働くしかない。


 フロンティアにも多種多様な職業が存在するがこの世界の性質上、基本的にはソフトウェアー開発等のIT系の仕事が多い。自分のようなフロンティアに直接かかわる仕事もこの一部になるのかもしれない。


 だが男の職業は違った。より直接的に現実世界と関わる仕事だ。人型ユニットの操縦者である。


 現実世界で、人が近寄る事が出来ない過酷な環境で作業する人型ユニット。現実世界の者がリモコンなどで操作するより、フロンティアの者がフル神経接続によって操作する方が遥かに繊細な動きができる。


 二次災害の可能性がある場所での救命活動から国際宇宙ステーションISSの補修事業と様々な分野で活躍する。ただそのどれも共通して言えるのが、意識をフロンティアに残しての遠隔操作だ。


 だが、男が今回成した偉業は違う。月に設置された通信ユニットの修理。地球からあまりに遠くにあるため、遠隔操作では信号応答にタイムラグが発生してしまい作業にならない。


 そこで今回取られた手法は、彼の意識をレーザー光に乗せ、完全に作業ユニットに転送する方式がとられた。


 この方式の場合、月面の作業ユニットの故障は死を意味する。まして作業ユニットには質量の都合上、二時間分のバッテリーしか積んでいなかったのだ。時限爆弾を背負った状態で作業。相当な恐怖とプレッシャーだったはずだ。だが彼は見事、任務を果たしフロンティアへ帰還した。


 勿論このミッションのために彼が費やした一年と言う訓練期間のたまものであることは間違いないだろう。そして彼の勇気と使命感は賞賛に値する。


 仮想空間内で行われた記者会見の映像。


 「一介の電気技師でしかなく、尚且つ肉体を失った私ですが、それでもこのような栄誉ある仕事を与えていただき、それが達成できたことを心から嬉しく思います。私は確かに現実世界において肉体を失いました。けど、そんな私だからこそ出来る事もあるのだと強く実感しました。願わくば、私の行動がフロンティアの皆様に少しでも活力を与えられたらいい。そう思います」


 ウィンドウの中で誇らし気に語る彼の姿。彼の事は何も知らない。それでも同じフロンティアで生きる者として自分も誇らしく感じた。


 『この試みの成功によって、宇宙開発の新たな可能性が開けた』とニュースは締めくくられた。


 いい傾向だと感じた。フロンティアにいても現実世界で偉業を達成することが出来るのだ。今回の事はフロンティアに生きる者に大きな影響を及ぼすはずだ。また現実世界の者がフロンティアに持つ印象にも影響するに違いない。

 



 夕刻。智也は作業のために多量に展開していたウィンドウを一斉に閉じた。出社せずに仕事が出来るというのは気が楽だ。だが愛が幼稚園から帰ってくる三時以降の効率が極端に悪くなる。可愛い娘にイライラさせられる場面も多々発生してしまう。


 そして決まって、そっけなく接してしまった事への罪悪感がウィンドウを閉じると襲うのだ。


 仕事部屋のドアをあけ、足早にリビングへ向かう。そして扉を開けた瞬間


「ともやー」


 と叫びながら走り寄ってくる愛。たまらず抱き上げる。この時間たいてい沙紀は、台所で炊事に追われている。セーブデーターを呼び出せば直ぐにでも夕飯はそろうが、それをしないのは沙紀のこだわりだ。愛がある程度大きくなるまでは、極力それをしたくないのだそうだ。


 だが今日の沙紀はウィドウを険しい表情で見つめている。


「どうした?」

「これ......ってまさか」


 強い不安が込められた声。


 ウィンドウに映し出された記事のタイトル。

『ビッグサイエンス社 世界に先駆け人の感情を完全再現したAIを発表』


 このタイトルだけで強い胸騒ぎがした。記事に添えられた映像。青い髪をした、3Dゲームのキャラクターのような少女が映し出されている。愛の外見とは全く異なるが、オブジェクトの外見などいくらでも変更できるのだから意味を持たない。逆にあえて、『人』とは違う事をアピールする狙いがある気がして仕方が無い。


 記事をさらに読み進める。


『このAIの知能は現段階では4歳児程度の知能しかもたない。しかしその感情表現のバリエーションには目を見張るものがある。ビッグサイエンス社の発表によれば、同社が運営する『超高解像度仮想空間 フロンティア』内にて、違和感無く集団行動が出来るレベルだとしている。また0歳児から4歳児までのバリエーションを保有しいるとも発表した。』


 やはり妙に愛と一致する。だがそれ以上にその先の記事に戦慄する。


 『AIの利用法については、幼少期のストレスと犯罪の関連性など心理学的なシュミレーションから、身近な所では気軽でリアルな子育てシュミレーション等、仮想体験分野への応用が期待されている。また、コアな客層に特化したゲームで知られるリリスエンターテイメント社、代表である三浦氏が強い興味を持っている事を明らかにした。


 ビックサイエンス社は一般仮想空間でこのAIと二時間触れ合えるパッケージを同社ホームページにて九日、一四時より無償ダウンロードサービスを開始する......』


 ビッグサイエンスはこのAIに二時間という寿命を課した上で無償提供するといっているのだ。これが、もし愛のコピーだったら。


 コピーは自身をコピーと認識できないのだ。だからこそこの世界の人々は『自分がコピーである可能性』に怯えながら生きている。


 一四時にダウンロードサービスが開始されてから既に四時間以上経過している。ウィンドウを操作しビックサイエンスの問題のページへととぶ。


 すでにアクセスカウンターの数字は三万を超えていた。


――どうする!? ダウンロードして展開するか。でもこれが愛だったら


 自分の手で二時間しか寿命が無いと知りつつ娘の意識を起動することになるのだ。


――なら、起動せずに愛とのコードの一致率を算出すれば...... けど、起動しなきゃ許されるのか!?


 どうしたら良いか解らない。


 仕事部屋へ駆け込む。とにかくビックサイエンスにコンタクトを取ろう。愛が生まれてから今に至るまでの、成長の記録を取っている担当。彼なら何か知っているかもしれない。彼は自分の同期であり、フロンティア運営の重要なポジションにいた。


――Call ARAKI KAZUYA――


 思考コマンド入力を受けて、ウィンドウが直ぐさま展開される。


――繋がれ!


 暫くするとウィンドウに、目的の彼が映し出された。


「やぁ、君か」


「あれは何だ! ビッグサイエンスが今日発表したあのAIは何なんだ!」


 いてもたっても居られず、いきなり本題をまくし立てる。


「AI? あぁ、あれのことか。それがどうしたんだ? とにかく落ち着けって」

「落ち着いてなんていられるか! あれは愛じゃないのか!? 娘じゃないんだろうな!?」


「娘!? 君はあれを娘にしてるのか。娘のように育ててるんじゃなくてか? あぁ、いい、ようやく君が焦ってる理由が分かってきた」

「どうなんだ!?」


「あれは、確かに君が愛と呼んでるAIのコピーだ。だが、何故そんなに焦る。君の所に愛ちゃんはちゃんと居るだろう?」


――なんて事だ...... なんて事だ!


「そう言う問題じゃない! コピーされた彼女は自分をコピーだと認識できない! 娘と全く同一の記憶を持った同一体なんだぞ!」

「落ち着けって。だからコピーっていうんだろ。それの何が問題なんだ」


「何が問題って...... 何故『フロンティアに生きる俺達をコピーする』ことが禁じられているかも忘れたのか!」

「覚えてるよ。忘れるわけないだろ。君達は人だ。例え思考の全てをコンピューター上でおこなっていようとも、元々現実に存在していた人だ。それをコピーできる訳ないだろ。倫理的に考えても」


「なら、何故愛をコピーした!」

「落ち着けって。コピーしたのは僕じゃない。それにこれは会社の方針だ。何故って、そりゃ彼女が人でなくAIだからに決まってるだろ」


「彼女は人だ! 人の子なんだ。思考パターンの全てが人と変わらないんだぞ!?」

「素晴らしいじゃないか。AIの開発の歴史はそこを目指して行われてきたのだから」


「そういう事を言ってるんじゃない! 愛は、乳幼児の思考パターンの99.9パーセントの共通部分に俺と沙紀の思考パターンを埋め込んだ、俺達の本当の子なんだ!」

「知っているよ。このプロジェクトの立ち上げの時から一緒にやってるんだから。だからあれは人の思考パターンプログラムの解析から生まれたAIだろ」


――話が通じない。何故だ!?


「君はこういいたいんだろ? 君達と同じ思考構造を持つ、彼女が何故人と認められないのか? と。


 いいかい? 世間的に言わせれば、君達もAIなんだよ。生命の定義から外れてしまっている。けどそれでも、君達が人としてギリギリ扱われるのは、こっちの世界に嘗て本当に実在し、尚且つ君が考え出した手法によって、生体から電子化されるまで、被験者に連続した意識が保たれているが故だ。これが、生体からの単なる自我のコピーならやはりAIとして扱われていたところだ。


 だが彼女は違うぞ。さっきも言った通り、君達の思考パターンプログラムの解析から生まれている。純粋にコンピューターの中で人為的に生産されたんだ。これは立派なAIだ。少なくとも会社はそう思ってる」


「馬鹿な......」

「実際君の作ったあれは、素晴らしいよ。僕も昨日、自宅の仮想空間にあれをインストールしてみたんだ。彼女に触れた時の表情といい、怯えた反応といい、良く出来てる。ゾクゾクしたよ。あれは売れるよ。絶対に」


 彼の言葉に鳥肌がたった。


「いかれてる......」

「違うよ。僕は世に生み出された物を、正当な手続きに則って試したにすぎない。どのような感想を持とうと僕の自由だ。


 真にイカレてるとするなら、あれを生み出した君達だ。違うかい?」


「なっ!?」


「君の考えは相当世間からずれてるよ。僕に言わせればフロンティアだってそうだ。実際発表の後、散々な批判にあっただろ。今でこそ医療システムとして受け入れられてきてるけど。だから、ひょっとしたら彼女もいずれは『人』と認められるかもしれない。けどそれを決めるのは僕等じゃない。会社は取りあえず、あれをAIと位置付けた。それだけだよ。


 もう一度言うぞ? 僕等を批判する前に、まずあれを生み出した自らが正しかったのか問え。


 僕も、こう見えて忙しいんだ。これ以上、平行線が予測される議論に付き合ってる時間は無い。どうしてもと言うなら僕のもっと上に掛け合え」


 通信が途切れる。


――ふざけるな!


「......どうするの?」


 振り返ると沙紀の不安そうな顔が有った。


「会社を訴える。そうすれば、少なくとも判決がでるまで、ダウンロードサービスを停止せざるえなくなる」


 その手続きをするべくウィンドウを展開する。が、沙紀がウィドウを操作しようとした手を掴んだ。


「やめて!」

「何故!?」


「そんな事したら、貴方の名前が世にでる。AIの産みの親として。それと同時に愛がAIであることが世間に知られる」

「愛はAIじゃない!」


「解ってる! けど世間はそう見てくれない。私達がいくらそう思っていても、愛がこれからそう扱われるの! 今のままなら愛はこの世界で人として生きていける。だから......」


 沙紀が崩れるようにその場に座り込んだ。その頬を涙が伝う。


「クソっ!!」


 行き場を失った怒りが、口から怒鳴り声となって溢れた。


 その声にビクリと震える小さい身体が扉の陰に見えた。たまらず扉を開けしゃがみ込み愛を抱きしめる。


「ともや、おこってる?」


 愛が心配そうな顔をして見上げてきた。何も言えなかった。


 ただ、愛を抱き締め泣いた。いつまでも。




 ビックサイエンスからの愛のコピーのダウンロード数は一日で一二万件を超えた。その数だけ、愛のコピーは死んだのだ。やりきれない思いか身体を支配した。昨晩は夜通し、娘達の悲鳴が聞こえる気がして眠れなかった。


――俺達は間違っていたのか?


 沙紀は子を生むことを『神への挑戦』と言った。ならこれは天罰なのか。




「私ね。子供を生むってシステムをやっぱり正式にフロンティアに定義しようと思う」

「......え?」


「やっぱり『この世界でも、子供が産めるんだ』って言う事実が救いになる人も沢山いると思うの。それに、この世界にそうやって生まれた子供が増えて行けば、いずれ愛をAIなんて呼ぶ人は居なくなると思う。そしたら、その時現実世界にまた問うの。だから、それまで一緒に戦ってほしい」


 震える声でそう言った沙紀。瞳は例えようの無い憂いを浮かべていた。


「ああ......」


 沙紀の手を握り頷く。



 ――いずれ愛をAIなんて呼ぶ人がいなくなる。そんな日がくればいい。


 けど、それも違う。本当の問題は自分達と全く同一の感情を持つ愛が人と認められない事だ。どのようにして、何処で生まれたかは問題ではないはずだ。


 魂とは心だ。自我であり精神だ。荒木は言った。「彼女に触れた時の表情といい、怯えた反応といい、良く出来てる」と。愛の感情表現は人の模倣ではない。それこそ魂の悲鳴だったのだ。


 生物学的な『命』。有機体にしか魂は宿らない等と、自分は信じない。


 『死んだ者の魂が何処へ行くのか...... それはデリートされたデータが何処へ行くのか? と問うのと一緒だよ』これは自分の本音だ。だが魂を軽んじたのではない。


 この二つは本質的に同列だと言いたかったのだ。魂が宿る媒体が違うだけだ。


 こうしている今も、愛のコピーはダウンロードされ続けている。娘達の死を見た者達が少しでも心に、その疑問を残してくれる事を願う。今はそれしか出来ない。


「ともやー さむい? ふるえてる」


 愛を強く抱きしめる。それでも震えは止まらない。



「ともや、いたいよ」

「ゴメンな愛。ゴメン...... ゴメンな」

 

    END

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魂の在処(短編) 黒崎 光 @hisi1201

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