オリキャラ裁判

宗谷 圭

オリキャラ裁判

 ノートを開いて、新しく思い付いたキャラクターの設定を書き綴る。この、新しい命、新しい人生を生み出していく感覚が、私は大好きだ。

 まず、オッドアイは外せない。右目は金色にして、左目は燃える炎のような赤色にしよう。髪はやっぱりカラスの濡れ羽色だよね。あ、けど銀色のメッシュを入れてみても良いかも。身長は、十九歳の男だから最低でも百八十は欲しいな。あ、けど逆に百六十センチくらいにして、チビがコンプレックスって事にしても萌えるかな!

 性格はクールなんだけど、譲れない物があって、大切なそれのためならいくらでも熱くなると良いね。あ、甘い物が好きって事にしておこう。ギャップがあって良いよね、うん。

 あとは……そう、過去! どんなキャラクターも、彼らなりの人生を歩んでいるもんね。過去はしっかり作らないと。そうだなぁ……何でこんな性格になったんだって考えたら、やっぱり過去に辛い事が起こってるよね。辛い事……例えば、そう、家族との死別とか。よし、最愛の妹を、己の力が足りず死なせてしまった事にしよう。

 本編でこの設定を出せるかどうかはわからないけど、これだけ燃えて萌える設定盛り込んだら、きっと皆に愛されるキャラになるよね!



# # #



 ピンポーン。

 玄関からチャイムの音が聞こえた。家族は全員留守にしている。面倒に思いながら私は階段を下り、扉を開けた。どこかファンタジーな格好をした、中年のオジサンが二人、立っている。いい歳して、住宅街でコスプレなんてしないで欲しい。

「……どちら様?」

神無月かんなづき蒼霞そうかさんですね?」

「え……」

 問われて、私は戸惑った。……確かに、神無月蒼霞とは私の事だ。けど、それは小説を書く時のペンネーム。親は勿論、友達にだって教えていない。なのに、何でこんなオジサン達が知っているんだろう。

 ……はっ! まさかこれが、いわゆるストーカー!? 押しかけってヤツ!? どうしよう、警察に通報しないと!

 けど、目の前のオジサン達は私が目的の人物だと知っても、特に表情を変える事は無い。あれ?

「神無月蒼霞さん……あなたに、裁判の召喚状が発行されています。今すぐ準備をして、召喚に応じてください」

 は? いきなり何を言っているんだろう、このコスプレのオジサンは。

「裁判って……何の裁判ですか? 私が証人になれるような事件なんて、無い筈ですけど?」

 そう言ったら、このオジサン達。いきなり肩をすくめて、深いため息を吐きだした。私は何も変な事は言っていないのに、失礼な。

「証人ではありません。被告人ですよ。神無月蒼霞さん、あなたは殺人事件の犯人として複数の方から告訴されています」

「……は?」

「もう一度言いますよ。今すぐ準備をして、召喚に応じてください。あなたに拒否権はありません」

 そう言うオジサン達の目はマジになっていて、怖い。私は仕方なしに、外出の準備をするべく自室へと向かった。



# # #



「開廷! これより殺人犯、神無月蒼霞の裁判を開始します!」

 ……ここは一体、どこなんだろう。どう見ても裁判所の法廷だという事はわかるんだけど、問題はその裁判所がある場所だ。

 外出の準備を終えた私は、オジサン達について家を出た。車に乗るでも、駅に向かうでもなく歩き続けて、トンネルを潜って。そして、トンネルを抜けたら、そこはどう見ても現代日本じゃない、ファンタジー世界だった。

 道のあちらこちらに派手で人間より大きなキノコが生えているし、服を着て二足歩行する犬やウサギがいる。エルフや天使を見かけた時には、ちょっとだけテンションが上がった。これが裁判所へ向かう道中じゃなければ、きっともっとテンションが上がったんだろうな。

 辿り着いた裁判所は石造りで、欧米風の素敵な建物だった。殺人事件で告訴されていると言われても、私には何の覚えも無いのだから、無実に決まっている。だから、建物の様子を眺める余裕もあったんだ。

 傍聴席には、エルフに天使に悪魔、半獣人に剣士に魔法使いにと、私が思い付く限りのファンタジー住人が詰めかけている。ファンタジー住民バラエティパックみたいな感じだ。

 証人席には……何だか、随分と美形なお兄さんお姉さんがたくさんいるように思える。この席にいるのはほとんどが人間のようなんだけど、髪の毛や目が派手な色をしている人が多い。黒髪と銀髪も多い気がする。ぶっちゃけ、私好みなビジュアルがいっぱいで夢のような空間だ。

 カン! と裁判長が木槌を鳴らした。裁判長は閻魔大王を洋風にしたような姿をしている。見た目が、かなり怖い。

「被告人、神無月蒼霞さん。あなたはこの五年間で十八人もの人間を殺害し、五人の尊厳を奪ったとして、複数の方から訴状が届いています。この事実に、間違いはありませんか?」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 十八人? 何ですか、それ! 私は生まれてこの方十九年、人を殺した事なんてありません! それを、そんな大量殺人犯のように言うなんて……こっちが侮辱罪で訴えたいくらいですよ!」

 当然の抗議をしたら、傍聴席と証人席がざわついた。証人席の美形が全員、こっちを睨んでいる。……私好みの美形に、そんな風に見られたくないんだけどなぁ……。

「ふざけるな! 人の妹を殺しておいて、何をいけしゃあしゃあと!」

「俺はそいつに、両親を殺されたんだぞ! 間違いない!」

「私は恋人を殺されたわ! 結婚の約束をして、指輪まで貰っていたのに……」

 証人席から怒号が飛んでくる。何で私は、身に覚えのない事でこんなに責められているんだろう。

「どういう事ですか? あなた達の家族や恋人を殺した? 私が? どうして私がそんな事をしなきゃいけないんですか! あなた達とは、今日初めて会ったばかりなのに!」

 怒号に、殺気が混じった。

「初めて会っただと? 本気で言っているのか!?」

「そもそも、お前が考えなければ俺達はこんな空しい世界に生まれてこずに済んだんだぞ!」

 え? 初めて会ったわけじゃない? 私が考えなければ、彼らは生まれてこなかった? それでもって、この私好みの美形ばかりが揃っている状況って。これって、まさか……。

「まさかあなた達……今まで私が考えたキャラクター……?」

「やっと思い出したか……」

 証人席に座っていたうちの一人が、ため息を吐いた。彼には確か、グレイと名前を付けたはずだ。

「お前は自分の好きなようにキャラクターを考えた。そして自分好みの暗い過去があるキャラクターにしたいという理由だけで、特に必要も無く俺の両親が盗賊に無残に殺された事にした! 思い出したか!」

「俺の妹は病死だ! 死に至る病で、俺が買いに行った薬が間に合わず目の前で死んでいった! 物語の展開上、妹は死ぬ必要も、病気になる必要すら無かったのに、だ!」

「私の恋人は、私を護ろうとして悪徳役人に殺されたの。それを主人公の騎士が助けてくれたのはまだ良いわ。けど、何で恋人が死んでたった数時間で、別の男に惚れこまなきゃいけないのよ! これじゃあ私、とんだビッチじゃないの! しかも、私がメインヒロインってわけじゃない。主人公の魅力を示すために、たくさんの女が惚れているって事にしたかっただけじゃない。結局私は主人公の相手にはなれない予定……何でそんな状態になるために、恋人を殺されなきゃいけないのよ!」

「僕の許嫁は、僕を悲惨な環境から主人公が救い出すという展開にするためだけに無頼漢に襲われ犯され、殺されました。このままでは、彼女が哀れで、仕方が無くて……!」

 証人席の美形達は、顔を歪めて怒ったり泣いたりしている。けど、そんな事を言われても困る。

「仕方ないじゃないの! 物語には悲劇が付き物なんだから。それに、それぐらいしないと主人公の仲間になる動機づけが弱いじゃないの!」

「そういう事は、話をちゃんと書いてから言え!」

 グレイが叫んだ。

「確かに、物語に悲劇は付き物だ! それに、家族が生きていればその分仲間になる動機は弱くなる、それは認めよう。けど、それは話がちゃんと書かれればの話だ! お前はいつもいつもいつもいつも、設定を考えるだけで満足して、俺達が登場する話をほとんど書こうとしないじゃないか!」

「そうだ! 話の中で、死んだ奴らが報われるような展開があれば、まだ良い!」

「あなたはそれを書こうとしない! フォローも無く、世界も救われないんじゃ……私達の大切な人達は、ただ無駄に殺されただけになっちゃうじゃないの!」

「そ、それは……」

 私が言葉に詰まると、裁判長がため息をついた。

「……先ほど、一人の証人が、あなたが考えなければ自分達はこんな空しい世界に生まれてこずに済んだ、と言いましたね? 神無月蒼霞さん、あなたは……この世界がどんな世界か、ご存知ですか?」

「い、いいえ……」

 私は首を横に振る。すると、裁判長はまたため息を吐いた。

「ここはですね……出番を待つ世界なんですよ」

「出番を待つ世界……?」

 裁判長は、頷いた。

「そうです。物書きによって設定を生み出され、物語に登場するその時を待っているキャラクター達の世界です。あなたがこの世界へ来るためのトンネルがありましたね? キャラクター達は、自分の出番が来るとあのトンネルを通り、自らが活躍する世界へと旅立っていきます。もちろん、物語には構成という物がありますから、キャラクターによって待機時間はまちまちです。この世界にほとんどいないキャラクターもいれば、二年三年と待ち続けるキャラクターもいます」

「そして俺達は、大切な人達を殺されたという設定を抱え、救われる事も無いままにもう何年も待たされている! なのにお前は、話を書く事も無く、新たな犠牲者ばかりを増やし続け、挙句そいつらの事を忘れてしまう……もう限界だ!」

「な……そんな……!」

 裁判長が、ため息をつきながら首を横に振った。

「どうやら……結論は出たようですね」

 カン! と木槌が振り下ろされる。

「判決を言い渡します。被告人、神無月蒼霞。多くの登場人物関係者を重要な理由無しに殺した罪で、死刑!」

「はぁっ!?」

 思わず私は、素っ頓狂な叫び声を発した。どこの世界に、キャラクターの暗い過去を設定して、その後物語を書かなかったというだけで死刑になるなんていう法律があるんだろうか。……あ、この世界か。

「冗談じゃない!」

 怒鳴って、私は席を勢いよく立ち上がり、裁判所を飛び出した。

「逃げたぞ!」

「追いかけろ!」

 背後から、殺気に満ちた声が迫ってくる。私は必死で、足を動かした。

 大丈夫、逃げ道はわかってる。さっき、裁判長が言ってたじゃないか。来る時に通ったトンネルを通って、キャラクター達は自分が活躍する世界へ旅立つって。

 つまり、あのトンネルを潜れば、私は戻れるんだ。私が本来いるべき世界へ。

 それにきっと、キャラクター達はあのトンネルより向こうへは私を追う事ができない。あのトンネルは、彼らが活躍すべき世界へ行くための物なんだから。

 そして、彼らが活躍するべき世界は、まだ無いんだから。……私が書いていないから。

 全速力で走って、私は無事、彼らに捕まる事無くトンネルを潜り抜けた。これで理不尽な死刑にはならずに済む……!

「畜生! トンネルを潜りやがった!」

「許さない……絶対に許さないからな!」

「これで済むと思うなよ!」

 キャラクター達は、トンネルの前で地団太を踏みながら呪詛のような言葉を吐いている。こんな口汚いキャラを考えた覚えは無いんだけど、どうしてこうなっちゃったんだろう。

 ため息をつきながら、私はトンネルを後にした。



# # #



 元来た道を歩いて、家に帰って。自分の部屋まで戻ったところで、私は目を覚ました。

 ……つまり、あれだ。今までの事は、全部夢だったんだ。ホッとしたような、脱力したような……。

 理不尽な死刑を言い渡されたのも納得だ。夢なんだから、何でもアリだったんだ。

 伸びをしながら立ち上がり、私はパソコンへと向かう。折角変な夢を見たんだから、これを元に何か考えないと勿体無い。

 電源を入れて、テキストエディタを立ち上げて。さぁ、書こうと思ったところで、私の手は止まった。

「……あれ?」

 言葉が、思い浮かばない。想像しようにも、何も思い付かない。あんなにおかしな夢を見て、まだ鮮明に覚えているというのに。

 何も書く事ができない。

「あれ? ……あれ?」

 背筋が冷たくなるのを感じながら、私はパソコンの前で頭を捻り続ける。だけど、何も思い浮かばない。

 夢の中で聞いた「これで済むと思うなよ!」という言葉が、一瞬頭を過ぎる。そうか……そういう事なのか……。

 理解したところで、もう、遅い。

 

 物書きとしての私は、死んでしまったのだ。




(了)

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