世界一短い推理小説

青出インディゴ

第1話

「犯人はあなたです」と探偵は言う。

 視線を床に向けると、そこにはひとりの人間の身体が横たわっている。彼女は金髪かもしれないしブルネットかもしれず、年とっているようで若いようでもあり、背は高くもあり低くもあり、資産家、女学生、芸術家、家庭教師または代議士の妻のいずれであってもおかしくはなかった。もしかすると、女でさえないかもしれない。(その確率は男である場合よりもわずかに高いが)。だが、ひとつだけ確かな事実は、彼女は死んでいるということである。殺されたのである。

「犯人はあなたなのです」

 探偵は繰り返し言うと、立てた人差し指をゆっくり振る。彼は視線を正面に向ける。視線はあなたを射ぬいている。

 突如として閃光が差す。稲妻が走ったのだ。室内が光と影でせわしなく交互に照らされる。どこか隙間から入ってくる風で探偵のトレンチコートの襟が揺れているのがわかる。激しい雨が降ってきた。

 あなたは戸惑う。さて、彼はいつから知っていたのだろうか。ごく最近だろうか。彼女が殺された直後か。それとも事件の一番最初から? そうではない、彼は知っているのだ。森羅万象を知りえているのだ。この事件の探偵であるからには。それをあなたは直感的に思い知る。

 あなたはなにか行動を起こさねばと思う反面、成り行きを見守りたい気持ちもある。どちらにするか思案するが、推理を聴き続けることに決める。ショーは続けられねばなるまい。

「犯人はあなた。これが真実です。そこで厄介な問題となるのは動機です。遺産? 嫉妬? 脅迫? 復讐? ひょっとして、なにかの事故で誤って彼女を死なせてしまい、名乗り出るのに怖気づいてわざわざ複雑なトリックで隠蔽したのでしょうか。いいえ、いいえ! もちろんどれも違います。実際のところ、あなたと彼女の間にはなんの関係もない。そうでしょう? あなたは彼女を見るのが初めてでありさえしたはずだ。それならば、なぜ、この人は殺されねばならなかったのでしょうか。

 答えは単純なのです。それは読者であるあなたが、そうしたいと願ったからなのです。

 あなたがこのページをめくったからです。殺人を味わいたい、推理を楽しみたい、そう思って本をひらいたのでしょう? そうでなければこの本を読みなどしないはずです。お望みどおり事は運ばれた。その目的のためにこそ、推理小説は書かれるのだから。

 あなたのために、この人は殺され、あなたのためにこそ、私は存在する」

 あなたは苦笑する。ページを閉じると事件は解決する。

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