来訪者
〜国連軍木星軌道艦隊旗艦
航宙空母バラク・オバマ〜
普段なら静寂とオペレーター達の無駄話が支配する戦闘艦橋、少なくとも三十秒前まではそうだった──
「どうだい? コロニーに着いたらバーでも行かないか? キャサリン、いい店を知ってるんだ」
「サム、あなた、そう言っていつも微妙な店にしか連れて行ってくれないじゃない」キャサリンは鼻で笑った。
「おいおい、つれないなぁ……今度は本当にいい店なんだって! 」サムは肩を竦める。
「考えておくわ」
「やったね! 」
「行くとは言ってないわ」「そうかい」二人がこんな会話をかわし、再びモニターに視線を戻した瞬間、警報が鳴り響いた。
「状況を確認しろ!! 」さっきまで気持ち良さそうに寝息を立てていた艦長が目を覚まし、叫んだ。
「十時の方向より大型の戦艦とおぼしき物体1! 」
「ここらに来る艦なんてそうそう無かろうて」艦長は悪寒に震えた。
「間もなく、対象艦はハイパー・ドライブを解除、正面に出ます! 」
「船籍、及び登録コードは? 」
「ん……? これは……いや、国連登録艦のどれにも合致しません」キャサリンの一瞬の逡巡、しかし次の艦長の行動は早かった。
「総員第一種戦闘配備! 艦橋を格納した後、艦砲射撃で牽制、AF隊スクランブル!!」
「了解!! 」訓練はしているものの、未だ本物の戦闘を経験したことのない彼らは少し、狼狽えていた。
「ハイパー・ドライブ、解除されます! 」
正面に光輪が広がり、内部よりおぞましい姿、異形と言うに相応しい、おおよそ人類が生み出したとは思えないような大型の戦艦が飛び出してきた。艦としての形は辛うじてなしているが、歪な黒い棘が至る所にビッシリと生え、その他の部分は不気味な黒い水疱に覆われている。戦艦というよりはむしろ、大型の生物兵器と言ったほうが、表現が正しいかもしれない──に艦橋が静まり返り、皆、大きく口を開けてそれを見ていた。
「シッカリしろお前らァ! ハッピーな事に我々はきゃつの側面につけているッ! 主砲を構えろ! 」艦長の言葉に正気を取り戻したサムは主砲をスタンバイし、照準を敵艦に合わせる、長方形の艦の両側面が展開し、大型の偏向型荷電粒子砲が姿を現した。艦の全長の1.5倍はあろうかというこの巨砲を装備した艦は現在の国連軍の中でもこのバラク・オバマを含めてわずか数隻しかなかった。
「見れば見るほどおぞましいもんじゃ、昼に食ったピザを吐きそうだわい、主砲撃てぇーッ! 」艦長が叫び、膨大な電力をつぎ込まれた主砲が唸りをあげて放たれる、直径300メートルはあろうかという荷電粒子の帯が、エネルギーの奔流を伴って黒い艦に向かう。
「これならどんなエネルギー・フィールドの硬い艦でも即座に灼いてやれるわ!! 」艦長が、高笑いをしそうになったが、その余裕はもう彼には無かった。
エネルギーの柱は敵艦にぶつかり、四散した。何事も無かったかのように航行を続ける敵艦、水疱の一部が破裂し、アメリカ系の彼らが、後に悪魔と形容したような生物の群れが飛び出した。
『AF隊、展開完了! 』大隊長の声がこだました。
「迎撃を頼む」
『了解!! 』スラスターを全開にして突撃するAF、彼らの戦闘は、五分と続かなかった。
「AF大隊、損害率83%! 戦闘を継続可能な機体は8%! これ以上の戦闘は不可能です!! 」キャサリンは悲痛な声を上げた。
ほぼすべての機体を破壊し終わると、悪魔達は元の艦に戻り、そのまま止めを刺そうともせず、航行を再開し、再び光輪に飲み込まれていった。
「機体を回収しつつ退却、なんてこった……」指示をし終わった艦長は頭を抱えた。あんなものが迫っていたなんて……早く報告せねば……
木星軌道上でこのような戦闘が行われていた時、火星軌道上の出雲艦内、多目的スペースでは奏志と明希がノートにペンを走らせていた。
「なんで俺は文系なのに数学やらなきゃいけないんだよぉ……」
「いいから黙ってやれ! 分かんなくなったら教えてやるから! 試験近いんだろ? 」風城はそういってから奏志の二の腕を軽く小突いた。
「うぅ……」
「明希ちゃん! そこはペリクレスよ! テミストクレスじゃないわ! 」
「えっ……違うんですか? 」
「ギリシア民主制の完成の流れをもう一度見直して! 」
「わ、分かりました! 」
AFが長期メンテナンスに入った日の午後のことであった──
星霜の彼方へ 新藤康誠 @mega-megane
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。星霜の彼方への最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます