イヴァリュエーション・ミーティング〜その2〜

 「いや、失礼。あまりにも驚いたものだから」奏志の視線は思っていたより鋭く、萎縮した柿崎は申し訳なさそうな顔をした。


 「ならいいんですけど」いいのかよ、そう思ったが風城は黙っておいた、不和の種を蒔く必要はない。


 「許してもらえた所で自己紹介でもしよう。俺は柿崎駿だ。それでこっちが川俣啓治、両方とも少尉だ、よろしくな」


 「柿崎さんと、川俣さんですね。俺は篠宮奏志って言います、バイトです、よろしくお願いします」奏志は二人と握手を交わした。


 「柿崎、川俣、お前らも早く座んないと席が埋まるぞ〜」立ち上がったままの二人を横目に、武石は片手にヘルメットをぶら下げたまま、通路を挟んで風城の隣に座った。


 「ええ、分かってますって」


 「な〜らいいんだけど」武石が机にヘルメットを置くと、柿崎、川俣の二人も席についた。

 

 「なぁ篠宮くん、これから何があるか知ってるかい? 」柿崎はニヤついた。


 「何って……楽しいお昼ご飯の時間じゃないんですか? 」


 「残念! お昼はお昼だが、ランチ・ミーティングと言うヤツなのだよ、実態はただの雑談だがね」


 「やっぱりただのお昼じゃないですか」


 「そう言ってしまえばそうだな」柿崎は顎を撫でた。

 

 十分ほど経つと『出雲』艦内の食堂はすっかり満席になり、あちらこちらで声があがり始めた。


 「奏志、お前なんでもっと積極的に動かなかったんだ? 」風城は人差し指を向けた。


 「いや、子機が動いてたもので、追従性能の関係も有りますから、最低限の機動に抑えてました」奏志は笑った。


 「まぁいい、ところであの機体、何か変わったことは無かったか? 」風城の言葉に明希は眉をピクリと動かした。


 「スラスターと荷電粒子砲ビーム・キャノンの出力がかなり絞られてました」


 「よく、気づいたね」そう後ろから声をかけたのは鈴木だった。


 「スラスターの出力は通常の七割、ビーム・キャノンの出力は三割まで抑えてあるよ」鈴木は唇を歪ませた。


 「どうしてそこまでに出力を絞ったんです? 」奏志が訊くと、煩わしそうな顔をしてから、鈴木は応えた。


 「一つは、君たちが上手く扱えないかも知れないから、二つはもし扱えちゃうと死人が出るから、三つはアビオニクスやその他の操縦系統のブラッシュアップが終わってないから」


 「そうですか、気が付きませんでした」奏志は気恥ずかしそうに顔をかいた。明希はその様子を見て微笑んでいる。


 「まぁいいや、取り敢えず二人はまた後で格納庫まで来てくれ給え、君らもだよ」風城と珠樹にも一瞥くれると、鈴木は食堂を去っていった。


 「こりゃあ怒られそうだな、初回の実地試験で機体をメチャクチャにしたからね、俺も、お前も」風城は胃に手を当てた。


    


 ランチ・ミーティングの名を冠した食事が終わると、すぐに四人は格納庫に馳せ参じた。息を切らす四人を横目に、鈴木はカップラーメンを啜るのに忙しそうにしていた。


 「来ましたよ、鈴木さん。今日はどんな楽しいお話をして下さるんです? 」風城はアイロニーを込めて肩を竦めた。


 「あぁ、君たち随分と早いんだね。もう少し遅くても良かったんだけど」側に置いてあったティッシュに手を伸ばし、鼻をかむ鈴木。


 「あんまり首を長くされると、いけませんからね」意外にも機嫌のいい鈴木の様子に珠樹は驚きつつ、憎まれ口をたたいた。


 「悪いけど、見ての通り僕はまだ昼が終わってないんだよ。そこでだが……伊波君、頼めるかね」


 「ええ、私で良ければ何時でも」伊波、そう呼ばれたオペレーターの一人は振り向くと、何やら説明の準備を始めた。


 「女性の軍人さんも、結構多いんですね」奏志は改めて格納庫を見渡し、目を丸くした。中破したファランクスやゼー・イーゲルの切れたケーブル、凹んだクルセイダーの横、データ処理のデスクなど至るところに女性の姿が見て取れる。


 「そうだな、二世紀弱前に安倍なんたらって日本の総理大臣が一億総活躍社会、だのなんだのって提唱してからは軍人に関しても女性が増えてきた、なんて話もあるからなぁ」風城は感慨深げに言った。


 「それじゃあ、話を始めましょう。私達はあの機体について何も説明せずに……まぁ、資料は読んで頂けたと思いますが、今回の試験を行ってしまいました、ですから、今から説明をさせて頂きます」若いのに随分と形式張った物言いだなぁと奏志は思ったが、よく見ると冊子に目を通していた。


 「あの機体……つまるところのAX-38についてですが国連軍本部、あくまでも日本支部の本部です、ややこしいですね、からの依頼を受けて菱井工業が火星独自にして新基軸の機体として開発を始めました。機体のコンセプトは現時点でのAF技術体系の総結集に加えて最先端技術を導入、コストは度外視してとにかく最高性能を持った物を作ろう、とのことです」


 「悪い、腰が痛くなってきたんだが、座ってもいいかい? 」風城がそう言うと伊波は慌てた様子で掛けるように言った。


 「それでですね、AX-38のどこが新基軸であるかと言うと、まずはタキオン・ドライヴを2つ搭載したツイン・ドライヴ方式であることです。従来のAFは技術的にドライヴが1つしか搭載できなかったため武装であるとか機動力、防御面に至るまで様々な制約が課されています。しかし、我々はツイン・ドライヴ方式の技術を長年の研究により確立させ、機体の出力をタキオン・ドライヴ同士の相互作用等も含めてですが、通常の三倍強にまで向上させました」


 「なんだか非常に申し訳ないんですが、飽きてきました」奏志は風城に耳打ちした。


 「心配するな、俺もだ。ついでに言うとあのネーチャンは心もとない、新入りだからな、こないだのスクランブルの時だって慌てふためいてたぐらいだ」風城はニヤリと笑った。


 しかし、そんな二人の様子を意にも介していないのか、それとも自分に与えられた仕事に精一杯なのかは分からないが、伊波は書類に目を凝らしながら話を続けていた。


 「え〜そしてですね、従来の機体は換装せずとも、全領域に対応したマルチロール機として統一の規格で生産されてきましたが、AX-38はマルチロール機としての性質を損なわず、換装せずとも全領域対応であるのは勿論なのですが、多種多様な追加装備を戦闘の状況に合わせて順次換装することで局地戦にも対応し得る柔軟性と高い汎用性を誇る機体として設計がなされています」伊波、もとい鈴木が作成した資料によるとあのゼー・イーゲルでさえの域に入れられてしまうらしい、奏志は難色を示し、手を挙げた。


 「すいません、俺はどうにもあの機体が柔軟だと思えないのですが」


 「えっと……それはですね……」伊波は予想外の質問に冷や汗をかいた。


 「あの外殻も追加装備の一部だよ。その気になれば五分程度で別の機体にしてやれる。伊波君、食事がおわったから後は僕がやるよ、ありがとう」鈴木は白衣の袖で口元を拭うと、伊波に礼を言って書類を受け取った。


 「そうなんですか、しかしゼー・イーゲルは何を意図して作られたのかがさっぱり分かりません」


 「君の思う、優れたAFのイメージは? 」いきなり何を言い出すのだろう、奏志は虚を突かれた。


 「速くて、硬くて、強い、この三つですね」奏志は言い終わってからハッとなり、両手で口を塞いだ。


 「そう言う事だよ、なにも人型でその条件を揃えたものだけが優れているって訳じゃない、常識に囚われないって事も大事なんだよ」鈴木が優しく諭すように言ったのを、奏志は深く感じ入った様子で頷く、これには風城も舌をまいていた。


 「話を続けよう、この機体にとって一番の特徴はAFの原点に立ち返ったと言う所だ、君達も知っているようにAFは当初神経接続を用いた操縦法が取られるはずだった」


 「初耳ですね」


 「いいから黙って聞いておけ」風城は顔を顰めながら奏志の肩を小突いた。


 「しかし、残念なことにシステムの不都合や諸々の問題から神経接続の方式は禁忌の技術とされてきた、しかし人機一体、このアイデアを高く評価している私が思いついたのがこのオネスト・システムだ。これなら脳波で直に機体と接続、必要な情報も電気パルスでパイロットに送られるようになっているから、本当に直感的にAFを操ることが出来る、まさに体と同じようにね! 」


 「そいつァ大層な事なんですが、如何せんシステムが構築不足だと思うんですよね、常に強い脳波を出さなきゃ、ってのは辛いです」風城は苦い顔をした。


 「システム起動の際、そしてシステムを維持するのにも強い脳波を必要とするって言うのは私も問題だと思っている、これから改善を重ねるよ」


 専門的な話が多すぎてついて行けなくなった奏志は伸びを一つすると、同じように座って話を聞いている明希と珠樹の方を見た。明希は至って真面目に話を聞こうとしているのが伺えるが、珠樹さんは何やら様子がおかしい、しっかりと目を開けて前を見てはいるものの目に精気が篭っていない、耳を澄ますと僅かだが寝息まで聞こえてくる、これには奏志も驚きを隠せなかった。しっかりと目を見開いたままの睡眠をまさかあそこまで出来るものとは思っていなかったからだ。


 「そう言えばあの機体は同型とのことですが、若干違いましたよね? 差は何なんですか? 差は? 」なおも風城は質問を続けていた。


 「君が乗ったのは運動性能を強化してある方、全身の至るところにくまなく小型のスラスターが内蔵されてるんだよ、勿論システム起動時限定での稼働だけどね、いい動きだったろ? 」風城はコクリと頷いた。


 「それで、篠宮くんが乗ったのがセンサーやその他の電子戦用機器、それから超高機能の演算ユニットを搭載してある方、信じられないくらいのスピードで情報を捌けるよ、AIとの連携が悪くて火器管制官の娘に負担がかかるんだけどね。こちらも……後は言わなくても分かるよね。それから脳波制御って事もあるんだけど、処理速度も相まって子機の動きもなめらか! そうだろう、篠宮くん、原嶋さん」


 「まぁ、そうですね」


 「はい」不遜に返事をした奏志とは対照的に、明希は丁寧に応えた。


 そんな話があってから一時間弱、長々と話をしていた鈴木はようやく言いたいことをすべて言い終わったらしく、ご満悦の様子で格納庫を出ていこうとしたが、ドアの前で一度立ち止まり、大きな声で言った。


 「明日の朝には機体の修理が終わるから明日もしっかり来るんだよ、今日のところはこれで帰っていいからね、風城くん達も」


 「はい」四人がそう返事を返すと、嬉々とした様子で鈴木は出ていった──


 


 


 


 

 

 

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