第3話 鏡の向こう、鏡のこちら
ダメ元だったから、当然鏡にぶつかると思っていたんだけれど、予想に反して私たちは鏡をすり抜け、つんのめって踊り場に転がった。後ろを見れば、大鏡がひとつ壁にかかっている。と言うことは、私たちはやっぱりあの鏡の中から出てきたようだ。
鏡の中、一階から踊り場へ上がってくる階段に、黒い靄がざわざわと見え始めた。
あれが鏡から出てきたら……捕まる!? 焦って固まる私の横でマサトがいち早く動いた。
「ミチル、どけ!」
声に急き立てられて転がるように鏡の前から飛び退いた。途端、マサトは黒いランドセルを鏡に向かって投げつけた。
がしゃーーーん!!
大きな音とともに、鏡は粉々に砕け、後には呆然とするマサトと私が残された。
「助かった……の、かな」
「分かんねぇ。分かんねぇけど、たぶん……」
にわかに一階の廊下が騒がしくなった。
もしかして、またお化けが……と恐る恐る振り向くと、先生たちが眉を吊り上げてこっちを見ていた。
「お前たち! どうした!? 大丈夫か! 怪我は!?」
駆け上がってくる先生たちの姿に、緊張の糸がぷつんと切れて、私とマサトは座り込んだ。
「私たち、助かった、の?」
「ああ、たぶん、な。鏡も割れたし、もうあいつらも来ねぇだろ」
どちらからともなく大きなため息が漏れた。
「ねぇ、マサト。あの状況でランドセル持って帰って来たって、あんた、すごくない?」
「へへーん。もっと尊敬しろ。お前の分も持って来たぜ」
得意そうなマサトが指さす先には、私の赤いランドセルがあった。
「ほんと、すごい」
素で褒めたら、ますますマサトは鼻高々になった。
「宿題、あんなかに入ってるだろ? 宿題、忘れたら先生こえーからな!」
からからと笑うマサトにつられて、私も噴き出した。
その後、鏡を割ったことで大目玉を喰らったけれど、そうやって叱られることも何だか嬉しくて。それと同時に、もうこんなあぶないことはしない、と誓った。
こうしてマサトと私の七不思議を巡る冒険は終わった。
半年後、私たちは無事に卒業し、そして校舎は予定通りに取り壊された。
現在の母校に、あの頃の面影はほとんどない。それが寂しいような気もするし、逆にそれで良いような気もする。
大人になってもマサトとは友だちで、会社帰りに時間を作ってはふたりで飲みに行く。
時折、あの日のことを酒の肴にするけれど、年を経るごとに、あの時会ったマユミちゃんが怖いと言うより、憐れに思えてくるのだ。
この世界に居場所を見つけられなかった彼女は、いまもあっちの世界で幸せにしているのだろうか、と。
黄昏と少女 時永めぐる @twmgr
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