「勇者さまって結構臭いですよね」

T-大塚

「勇者さまって結構臭いですよね」

「勇者さまって結構臭いですよね」

「……え? 」


 俺の隣を歩くこの少女は突然何を言い出すのだろうか。


「だから、勇者さまって結構臭いですよねって」


 少女は全く悪びれる様子もなく告げる。

 俺が、臭いだって?

 そんなはずない。

 だって誰にもそんなこと言われたことないし。


「そ、そんなはずないだろ……」

「いえ、臭いですよ」


 即答。


「そういえば最近水浴びもしてないからな、ちょっと臭ってきたかもな」


 そうだ、もうかれこれ一週間は水浴びをしていないんじゃないだろうか。

 そしてこの過酷な旅だ。

 汗も大量にかくさ。

 うん、これは仕方がない。


「やだなぁ、旅に出る前から臭いですよ」

「そんなバカな! 」


 みんな我慢していたというのか……。

 俺の臭いがひどくても、俺が勇者だから……。


「いやぁ、初めて会ったときはこの人くっさいなぁって思いましたよ」

「ちょっと失礼過ぎない⁉ 」

「お初にお目にかかった折には、大変臭くていらっしゃるなと? 」

「いや言葉遣いじゃねえよ! 」

「冗談です。そんなこと思ってませんよ」


 なんてこった。

 俺が悪臭放つマンだったなんて……。

 ん、待てよ?


「なあ、俺が臭いっていうんならどうして俺と寝たりするんだ? 」


 勿論いかがわしい意味で。

 俺の言葉に少女はため息をつく。


「そんなのあなたが好きだからに決まってるじゃないですか」

「でも臭いんだろ? 」

「はい。でもそれも含めてあなたのことが好きなんです」


 そういうと少女は俺の首に腕を回した。

 ひどく密着するかたちになる。

 長く水浴びしていないというのに少女からはいい匂いがした。

 少女は俺の首に顔を近づける。

 そしてスンスンとにおいをかいでみせる。


「くっさ」

「いい加減にしろよ‼ 」


 俺は少女を引きはがした。

 自分から嗅いでおきながらくっさ、とかひどすぎるだろ!


「ふふ、冗談ですよ。私はこの臭い、不快に思いません」


 少女は腕を後ろで組み、上目づかいをしてくる。

 なんとあざといことか。


「どうして不快に思わないんだ? 」

「……なんででしょう」


 少女は首をかしげる。

 そしてしばらくしてぽんと手を叩いた。


「好きな人の臭いだから、というのはどうでしょう」

「どうでしょうってなんだよ……」

「理由は分かんないってことですよ。いいじゃないですか、それでも」


 そうは言われても、自分が臭いということを知ってしまったら、それを解消したいと思ってしまう。

 そういえば、このあたりにそういう効果がある木の実があるんじゃなかったか……?


「なあ、このあたりに消臭作用のある木の実があったはずだよな」

「確かにそうですね。都合よくこのあたりにはそういった植物が植生していますね」


 やっぱりな。

 これは取りに行くしかない。


「じゃあ、取ってくるから」


 一言だけ残して俺は走り出す。


「ちょっと待ってくださいよー。臭いでたどればいいか……」


―――――


「よくこれだけ集まりましたね」

「男の執念ってやつだ」


 俺は胸に抱えたたくさんの木の実を地面に下ろす。

 しかし、困った……。

 どうやって使用すればいいのか分からない。


「これ、どうやって使えばいいんだ? 」

「分からないです。臭うところに擦り付ければいいんじゃないですか? 」


 少々投げやりな回答だが信じてみるか。


「で、俺はどこが臭いんだ? 」

「全身です」

「……」

「全身隈なく臭いを発しています」


 そうか、俺は全身臭いか……。


「落ち込まないでください! 私はもうその臭いの虜になってしまっているんですから」

「臭いの虜になられても……」

「……私では不満ですか」

「いや、そういうわけじゃないんだけどさ」


 やばい、ちょっと怒ってるよ。

 落ち込みたいのは俺の方なのに。


「いいじゃないですか、魔物とのエンカウント率下がってますし」

「……え? 今なんて? 」


 ちょっと信じられない言葉が聞こえた気がする。

 いや、さすがに気のせいだ。

 いくら臭いといっても、人の臭いだ。

 魔物を退ける力なんて―


「魔物とのエンカウント率下がってますし? 」

「聞き間違いじゃなかった! どおりで旅に出てから戦闘全然ないなーって思ってたんだよ! 」

「まあまあ落ち着いてください。木の実でも食べましょう。この木の実は食べることで効果が発揮されるんですよ。本当は知ってました」

「そ、そうなのか。じゃあ食べるとしようかな」


 木の実の少し集めの皮をナイフで取り除く。

 そして俺は木の実にかぶりついた。

 うーん、まずい。

 だが臭いがとれるというのならばこれくらいは余裕で我慢できる。


「……あれ? 」


 俺が2個目を食べようかとしていたら、少女が変な声を上げた。


「おい、どうした」

「‼ 勇者さまの声……。どこにいったんですか! 」


 少女は俺の方を一切向かずに周囲に声をかけ続ける。

 なんの冗談だ一体。


「そんな……。臭いがしないほどの遠くへこの一瞬で行けるはずがないのに。でも臭いがしないからここにいるはずないし」

「お前臭いで俺のこと認識してたのかよ! 」


 なんて失礼な奴だ。

 でも、俺のことを見失っているってことは俺の臭いは消えたってことか?


「やったー! 臭いが消えたぞ! 」

「なんてね、冗談ですよ」


 少女は突然こちらに向きかえりニッと笑ってみせた。


「……てことはまさか」

「はい、木の実程度であなたの臭いは消えませんよ」


 少女はいたずらっぽく笑う。


「だって、その臭いはあなたに変な虫が付かないように私が魔法で付与したものなんですから」

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「勇者さまって結構臭いですよね」 T-大塚 @Otuka-T

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