第7話
ドアのカウベルが鳴り、マスターが帰ってきた。
「おかえり」
と潤が言った。二人は笑いながら話していた。
「帰ろうかな」
僕は鞄を手に取った。
「だったら、俺も帰るよ」
潤が振り返った。
僕と潤は、黙って階段を降りた。
書店のあるじが、本棚に本を入れている後ろ姿が見えた。主は、作業の手を休めて僕らを見上げ、ふっと笑った。
家に帰っても、家族と顔を合わせたくなかった。潤とキスしたことが、ばれるんじゃないかと思ったからだ。
今日あった様々なことが、頭を巡り、なかなか寝付けなかった。
寝苦しい中、僕は夢を見た。
アンティークのフランス製の手刺繍のひだ飾りに包まれた人形の潤が、剥き出しにされていく。
心臓は、えぐりとられたように血を流し、レースが包帯のように胸を覆っていた。
薄紅色の蕾のような乳首が、のぞいた。
突起に触れると、潤の人形は、ふふと妖しく笑った。
人形の潤の妖しい笑いに包まれて、僕の身体が溶けそうに熱くなった。
目が覚めると、僕の肌は、びっしょりと汗で濡れていた。下半身の一部が熱を帯びていた。僕は、潤の幻影に、責めたてられ、身をよじった。潤の唇によってなされた、かすかな僕の唇への接触の記憶が、僕を絶頂へと導いた。
急いて、僕を貪ろうとした潤の意志が、僕に喜びをもたらした。
僕が潤を拒んだことで、潤は、僕を躍起になって求めるだろう。
潤も今、僕の幻影に苦しめられていればいいのに。
潤に愛されたい。
あの美しい、少女より気丈で気位の高い精神と、しなやかでストイックな少年の身体と、恋をしたい。
日に日に成長して大人になってしまう、うたかたの、この少年の身体と心で、彼と愛し合いたい。
どっちが先だったのか、わからない。理想の面影が潤に当てはまったのか、潤を求めて潤に似た面影をコレクションしていたのか。
潤だったら、プラトンのイデア論では、と言い出すだろう。完璧な美、理想の、イデアへの希求の衝動が、僕を駆り立てているのだと。
僕は、イデアを捕えようと苦しむ虜囚にすぎなかった。ただ狂おしく、潤の面影が、僕の胸に強烈な印象の刻印を押した。
潤の実体は、ふふ、と妖しく笑い、飛び去ってしまう。そして僕の胸に印画された像は、千年の齢を保つ年老いることのない人形のように、僕の胸を焦がし続けるのだろう。
耽美少年 リリーブルー @lilyblue
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