第17話 エピローグ
月明かりのまぶしいクロスロード。SUVの脇に、一台の中古車が停車した。MCAIのメンバーと、ミハイル・グーデがいる。グーデは戦闘の意志のないことを示し、
「…済んだみたいだな」
「あなたにもご協力、感謝しますよ。ミハイル・グーデ」
ダレンが犯した三つの間違い。レイランドは一つ、言い残していた。グーデのことだ。
「まさか私の契約の秘密を知って、直接交渉を持ちかけてくるとは思わんかったよ。いつから、気づいていた?」
「予定外と言う言葉をあなたは多用した。僕はあとで気づいた…その予定こそがあなたの契約の内容なのだとね。予定外のことがあると、あなたは予定を足し引きしなくてはならない。つまりはそれが、あなたの契約なのだと」
「つまり、どう言うことだ?」
「だから四で縛られているのは被害者の数や場所の暗示ではなく、彼の行動そのものなのさ。すなわち、一日に四の倍数分の行動をあなたはしないと契約を消化できなかった。巨視的な目でみると、あなたは月や年の予定を四の倍数で縛っている。・・・・・例えば被害者をわざわざ四人に設定したのは、予定を整理しやすくするためだ。他にもそうしていることがあるはずだ。各項目ごとに四の塊をなるべく多く設定すれば、細かな予定でも整理しやすいからね。ただ予定外のことがあると、調整が大変だ」
「じゃあ、デブラを殺す予定を何度も変えたのも…」
シノブの質問に、グーデは肯いてみせ、
「ああ、『クロスロード』で飲めなかったのは、大きな狂いだった。代わりになる行為が必要だったんだ。だがそれもその晩は、急に入った依頼の電話で必要なくなった」
「…ダレン・ニーズヘッグの依頼だ」
「そうさ。依頼を果たしたら安全にディメオラを出してやると言う条件だったので、私は引き受けた。だがそれもレイランド、あんたの取引に比べれば安い条件だったな」
「なにを約束したんだ?」
「私の望みはただひとつ、『解約』さ。このとめどもない連鎖を抜けて、おれは風化したかった。ちょうど、名前だけを残してさっぱり消えちまったフランクリンのようにな」
「フランクリンは君のように契約を守って、永遠に生き続けることが望みだったがね」
「おれはうんざりだ。おれが生きた世の中はどんどん風化していく。なのになぜおれだけ、老けもせず、殺し続けなくちゃならない? おれはいい加減飽きた」
「それがグーデ、あんたが背負った業だ。契約は解除したが、寿命までは命はある。残りの年月、それを考えてみることだ」
「そうか、じゃあ死ぬまでにすることの予定は立ったな。あんたの言うこと、よく考えてみるよ。…生きていたら、またこの街の歌を聴きに戻ろう。ルナ、あんたの歌を聴きにな」
グーデの車が荒れ道を去っていく。
星空の下、メンバーは遠ざかっていくテールランプを見送った。
「なあ、本当にグーデを逃がしちまっていいのか?」
「ああ、彼にはもう何も出来ないし、する気もないだろう。エンゲージ・キラーに関するプロファイルも出来たし、グーデに用事はない。さて、後はユーナ、君のことだが…
何か言いたげな面々の顔をゆっくりと見渡し、レイランドは言った。
「まず、君自身の意志を聞こうか」
「でもぼくは…もう、死んだ人間なんでしょ?…今さら」
「行っちゃうの?」
ルナが遮るように聞いた。
「いーじゃん、死んでても」
と言う、シノブに突かれてロビンとエルクが続く。
「まあ実際、死んでなかったしね」
「坊やのまま別れるの、辛いわ」
「面倒くせえな、いいから戻ってこいよ」
アーニーが腹立たしげに鼻を鳴らす。キリウは思案顔だ。
「ただ、法律上死んでる人と契約するのはどうすればいいかな…」
「まあ、どの道、君はもう僕と契約しているからこの街を離れることは出来ない。前にサインした契約書、憶えてるだろ?」
「ユーナお前、悪魔と契約したのか?」
「…どうやらそうみたい」
「グーデには実は狙撃は本当に遂行してもらったんだ。君の首の致命傷は、僕の魔力で塞いでいる。だから傷が癒える前にこの街を出ると、君は死ぬよ?」
「帰ろうよ、ディメオラに」
ルナは言うと、ユーナに向かって手を差し伸べた。少し躊躇した後、彼はその小さく細い手に傷だらけの自分の手のひらを重ねた。
「帰ろう、ディメオラにね」
「おかえりなさい」
ルナが微笑んだ。そのとき温かい何かが、胸の中に灯った気がした。彼女も自分と同じように感じているのだ。そう思うと、ユーナは味わったことのない感情に包まれた。かつてたぶん、そう感じそうになったとき、あるいは感じても気づかないふりをしたとき、彼はひどく戸惑っただろう。でも、今は素直に言える気がする。
同じようにユーナは微笑むと、彼らに向かってこう言った。
「ただいま」
HOMICIDAL HEXES ~魔法都市犯罪ファイル 橋本ちかげ @Chikage-Hashimoto
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