第16話 策謀の結末

昼間の大事件も覚めやらぬ二十二時、ダレン・ニーズヘッグは、市街の高級住宅街にある、ルドン・フォビアの邸宅を密かに訪れていた。夜半になり、ようやく昼からの熱狂は一段落したが、二人の顔にはいまだ冷め遣らぬ興奮の残滓が居ついていた。陰謀家は影でほくそ笑むものだが、彼らは満面の笑みで幕間の夜を迎えていた。もはや六時間前とは違い、すべてが好転していたのだ。この冷血の演出家たちも、一まず祝杯を挙げてもいい頃と思うのもせん無いことだろう。

「まずは祝杯を、ルドン」

「すべて君のお陰だ、ダレン。なんと一夜にしておれは英雄とはな」

「まったくだ。だが、君には相応しい」

そう、私の絵図は着々と進行している。と、ダレンは思った。ルドンは愚にもつかない男だが、愚にもつかない男は陰謀には絶対に必要なのだ。有能なものの考えを忠実に実行し、消費されること。そこに常に無能な人間の役割はある。

(すべては私が与え、すべては私が暗示し、すべては私が主催する)

ノイズはもはや一掃した。しかも、ユーナ・ジーンはこちらの役に立って死んだのだ。MCAIが横槍を入れてきたときは焦ったが、やはり迅速な処理がものを言った。

「ダレン、おれが西海岸の後見人に選ばれたら次は統一大統領だぞ」

「任せておけよ、ルドン。地獄の果てまでな。…私が描いた絵図にミスがあったことがあるか?」

「ああ、まさにな。だが不安のある地域は…やめるか、今はこんな話は」

「安心しろ、二年後、全国に打って出たら君の弱い層の集票は手を打ってあるさ。秘密兵器があるんだ」

「ほう、なんだいそれは?」

「二年後までのお楽しみさ」

無論、言うまでもなく秘密兵器とはアルトナの巫女だ。今回の北部アルトナの停戦合意からずっと彼女を探していた。魔法の声と言葉を持つ少女。その力はやはり、本物らしい。ルナ・モーリングを上手く使えば、あらゆる有権者層の票を自在にひきつけることが出来るのだ。ローウェル・レイランドがどんな権限を使って彼女を獲得したかは謎だが、まさか膝元のディメオラにいたとは思わなかった。

(ベルツ・コーガンにはMCAIの始末を任せてある。やつなら徹底的にやるだろう。次は司法省を動かして、身柄保護を名目に巫女を手に入れる。巫女がいればあらゆる候補者が私の手の中だ。このルドンの賞味期限が切れても、ゆっくりと次のやつが選べる)

「酔ったな」

昼間のVTRをリピートしながら、ルドンはブランデーを一本空にした。

「新しいのを開けるか。誰かいないのか?」

「メイドは返したんだ。今夜は外で警備してる連中と、君が連れてきたのだけだ」

「じゃあ、私がとってこよう」

ダレンは立ち上がった。ホームバーのカウンターを潜り抜けて手頃な酒を探す。

「また、ブランデーでいいのか?」

「ワインがいいだろう。グーデと僕らから、君たちに餞別だ」

ルドンとは違う声に、ダレンは、はっとした。ローウェル・レイランドがいた。スツールに腰掛け、カウンターに古びたワインをどん、と置いた。

「…どこから入ってきた」

「もちろん、入れるところからさ。快く、入れてもらった。僕の仲間も一緒にね」

リヴィングから悲鳴が上がった。そこにユーナ・ジーンが立っていた。

「なんの積もりだ、レイランド」

ダレンは押し殺した声で、聞いた。レイランドはいつもの悠長な態度を崩さずに、

「僕たちも君にお祝いに来たのさ、ダレン。君の描いた絵図のお陰で、大分こちらも学ばせてもらったからね…まったくよく出来た計画だった。グーデからも賛辞を伝えてくれと仰せつかっている。このワインは、彼が用意してくれた」

「ミハイル・グーデ…あ、あいつ裏切りやがったのか・・・・・」

愚かな男を制止する暇もなかった。生きていたユーナに動転したのか、ルドンが口走ってしまった。

「握手を、ルドン候補。シグルドの英雄として、ユーナくんが今回のあなたの勝利を祈って祝福したいそうですよ」

自分が撃たれる映像の光を光源に、ぽつんと立ったユーナはソファに大の字にへたりこむルドンに、静かに左手を差し伸べた。

「や、や、やめろ…なんのつもりだ、一体」

「なぜ動揺するんです。何千回と繰り返してきた握手だ、あなたが葬った死人を代表して彼とするぐらいは何でもないでしょう。それとも、左手で出来ない理由でも?」

「悪ふざけもこれくらいにするんだ、レイランド。今なら許してやる」

「許してやる? あなたに許してもらうことなど、僕には何一つないのですよ、ダレン・ニーズヘッグさん。許しを請うのはあなた方なんでしょうな。僕はあなた方の罪を知らない。だが、どうやら心当たりくらいはあるようだ」

「やだ、やめろ…許してくれ…」

ルドンはユーナに左手を握られてなぜか悶えている。一人怯え、許しを請うていた。

「なにが起きてる? ダレン、そう言わないのはあなたが知っているから、そう解釈しても良さそうだ。ルドン候補は過去に贖いがたい罪があるようだ…ユーナ・ジーンくんの左手には、特殊な力があるようです。深い、罪悪感を背負いそれをあえて重ねるもの、罪深き人間にその罪の重さを知らしめる…名づけるなら、隠した罪を導く手、GR…ギルティ・ローダー」

「殺す気はなかった…許してくれ頼む、そんな目でおれを見るな…あれは戦争だ、おれのせいじゃない…おれの売った武器のせいじゃない!」

ユーナは手を離した。放心状態で、ルドンは倒れこむ。

「ダレン、あなたは勲章を与え、彼の手を握った…そこで、今のルドンと似たような体験をしたはずだ。だがあなたはそれに耐え、顔色一つ変えなかった。内心は恐怖したにしてもだ、ユーナのような特殊な能力を持った人間が現れたら、すべての罪や陰謀は暴かれてしまう。その瞬間からあなたは彼を恐れ、憎んだ。だがその恐怖心を克服し、あえて危険な毒物でもおのれの陰謀に利用する計画を考えた。ユーナ・ジーン、シグルドの英雄の少年を、ルドンの選挙に利用し、葬り去るために。だが、あなたは三つミスを犯した。一つは彼の能力に限界があったこと、もう一つは僕と関わったことだ」

レイランドは言葉を切ると、ユーナを招き寄せた。愕然とするダレンにも彼は左手を差し出した。

「ユーナのGRには限界がある。それは、あなたが感じたような体験を、彼も同じように感じているとは限らないことだ。おのれの罪はおのれにしか見えない。だが、あなたは自分の本性をユーナに悟られたと思い込んでしまった。あなたがベルツをけしかけ、MCAIを潰そうとしてまで、ユーナに執着したのはそれが一番の理由のはずです」

「いいだろう。私が彼の能力に恐怖したと言う事実は認めよう。グーデのやつを使って、彼を射殺しようとした事実もな。だが、もはや君になにが出来る? もはやMCAIは終わりだ。巫女の存在はディメオラ中に明らかになる。MCAIは解体され、君たちに出来ることは何もなくなるんだ。君たちはここに運良く報復にこれて得意がっているが、私たちを殺しても、現状はなにも変わらないんだ。ベルツ・コーガンも含めて、君たちに都合のいいことも悪いことも、誰も忘れてくれはしない!」

「忘れるさ、この街ではな。誰も。フランクリンのことさえ、真実を誰も知らない」

「フランクリンだと…あの、おとぎ話のちんぴらが今と関係あるかっ」

いつもスーツのホルスターに入れている拳銃を、ダレンは引き抜いた。至近距離で引き金を絞る。弾丸が外気を味わったのはほぼ三十センチ、レイランドの顔面は破壊されているはずだった。しかし何も起こらなかった。元から空砲であったように弾丸は消えたのだ。レイランドがぱちん、と指を鳴らすと、弾丸は彼の顔面を貫通した後であるかのように、背後の壁に突き刺さった。

「次の話をする前に銃を撃たれても困るが、いいだろう。…今のように弾丸を自在に消すには、二つやり方がある。一つは悪魔と契約するか、もう一つは悪魔に戻るかだ。君の陰謀とユーナのGRのお陰で戻れたんだ、だから君には感謝しているよ、ダレン。ちょうど百年前もこんな感じだった。フランクリンも、あれで頑固な男でね」

「お、お前がアルバトロスと契約した悪魔だと…」

さすがのダレンも驚愕を隠し切れずに問い返した。

「当時の名はレイ・ブラックウェルだ。WRAY僕たちのような悪魔は自分の本来の存在を忘れないように魔力を持った文字を常に、名前のどこかに埋め込んでいる。本当の自分の力を取り戻すのには、時間が掛かったよ。フランクリンが死んで、もうこれだけの時間が流れてしまった。僕は原罪を忘れ、そのせいで本来の魔力も失ってしまっていた。MCAIを創ったのは、もともと僕の本当の力を呼び覚ますためさ。ユーナ、君のGRが僕を取り戻すための最後の切り札だった。君には、どれだけ感謝しても足りないくらいだ」

レイランドはユーナに向かって片目をつぶって見せると、話を続けた。

「さて、僕がなんでも出来ることはダレン、君には見せたと思うが…一応言っておくとこの街に僕が自由に出来ないことなど、今は何もないんだ。アルトナの巫女だって? 明日にはみんなが忘れている。…だが君たち好みの結末がお望みなら、用意している出し物はある」

「レイランド、見つけたよ。ルドンが経営している会社の裏帳簿と密輸してるコカイン」

シノブ、エルク、アーニーが自分のうちのようにどかどかと入り込んでくる。

「お前ら、どこから入った…?」

「さて、みんなに質問だ。ここにルドン・フォビアとダレン・ニーズヘッグが共謀した過去の不正の証拠がある。ダレンが不法に密輸させていたコカインのサンプルもだ。これがテーブルの上に置かれ、二人は撃ちあって死んでいる。彼らはなぜ死んだのだろう?」

「不正の仲間割れだ」

「正解。明日のトップニュースは君たちだ。おめでとう。さあ、始めてくれ」

「ダレン頼む、おれを止めてくれ…」

レイランドの合図で操られたように、ソファのルドンが立ち上がる。いつの間に握らされたのか、手には拳銃を持ち、銃口をダレンに向けてくる。

「ルドン、お前どう言うつもりだ!」

そう言うダレンも身体の自由が利かない。いつのまにか拳銃を両手で握り締め、ルドンがするのと同じように、銃口を向けていた。脇を通り抜けるとレイランドは言った。

「どうぞ、ごゆっくり」

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