10.自殺

 その後、俺たちは敵に見つからないように味方の拠点ベースに侵入することに成功した。


「予想通りね……」


 茂みから少し顔を出して様子を伺っていたリタが顔を歪める。


「これ、どうすんだよ……」


 目の前には見渡す限りの敵、敵、敵。

 味方の姿は目視できず、ボイスチャットから声も消えた。


「あたし達以外、全滅かしら?」

「まだわからん。とにかく突破口を探そう」


 何か、この状況を打破できる一手がないか……。


 キョロキョロ辺りを見渡していると、一瞬ボイスチャットからノイズが流れてきた。


「リタ! 今の聞こえたか!?」

「えぇ……。多分ボイスチャットをオンにして、すぐにオフに切り替えたんでしょうね」

「俺たち以外にも味方がいるってことだよな!?」

「シッ! 声が大きい!」


 いかん。

 つい興奮してしまって声を大にしてしまった。


「ごめんごめん。どうする? 通信とれるか確認してみる?」


 小さく囁くと、リタはうーんと唸る。


「(折角二人っきりになれたのに……)」

「え? 今なんっつった?」


 ボソボソ呟くな。聞こえないだろ。


「ひゃっ!? こ、こほん。べ、別になんでもないわよ!」


 少し顔を赤らめてそっぽを向くリタ。

 俺は訳が分からなかったが、とりあえずボイスチャットをオンにして連絡をとることにした。よくよく考えれば幼女の意見なんてアテにしてる時点で愚かだ。


「あー、あー、マイクテストマイクテスト。誰か聞こえま――」

『助けて!』


 俺が言い終わらないうちに、飛び込んできた女の子への声。

 やっぱりいたんだ、生き残り……。


「大丈夫ですか?」

『全然大丈夫じゃないです! 早く来てくれませんか!?』


 声のトーンからしてかなり切羽せっぱ詰まってんな……。

 どうしようか、とリタの方へ視線を向けると、リタは眉をひそめて何やら思案顔だった。


「リタ、どうする?」

「うーん、なんか引っかかるのよねー……」

「別に何も怪しくないだろ。何が不満なんだ?」

「なんかモヤッてしてて、あたしも分かんない!」


 そう言うと、リタは髪をキーッと掻きむしった。


「もう、いいじゃん。助けに行こうぜ。どうせゲームなんだからさ」

「そ、そうね。どうせゲームだしね!」


 突然リタは開き直ったように銃を構え直した。

 俺はボイスチャットをオンにして通信を始める。


「こちら2名しかおりませんが、そちらを助けに行きます。そちらには何人生存していますか?」

『私一人です! 早く来てください!」

「分かりました。では、プレイヤー名〝ギンガ〟宛に居場所の座標を送ってください」

『あ、ありがとう! ちょっとまってくださいね……』


 程なくして、座標が添付されたメールが送信されてくる。


「……少し遠いですけど、頑張りますね。道中で死んじゃったらごめんなさい」

『そうならないように頑張ってください!』

「……は、はい……」


 俺はボイスチャットをオフにして、ふぅと一息つく。


「なんか感じの悪い奴ね。偉そうだし……」


 一連の流れを聞いていたリタは、ボソッと呟く。


「大丈夫だ。お前もこんなんだったから」

「うっ……うるさいわね……」

「とにかく行くぞ!」


 自分に言い含めるかのように告げると、ゆっくり立ち上がった。


「まず、俺がこの道を一直線に突っ走っていく」


 前方に伸びる道を指差しながら、作戦を練り始める。まぁ、敵はうじゃうじゃ居るけど……。

 すると、リタは少し驚いた顔をして、


「アンタ、無謀にも程があるわ。こんなん自殺行為よ」

「いや、でもこれしか方法ねぇだろ」

「ってことは……。まさかアンタ、おとりになるつもり?」

「あぁ、そうだ。その間リタはそこの脇道を攻略してくれ」

「で、でも……」

「どちらにせよ見つかるんだ。一番低リスクな方法を取るしねぇ」


 リタは曇った表情で俯いてしまう。


「それなら私が囮、やるよ。あたしだけ生き残っても……」

「いいや、ダメだ。理由は3つ。まず、リタは走れない」

「うっ……確かに……」

「リタの方が強いから、生き残って、味方のを助ける確率が高い」

「……」

「最後に女の子にこんな仕事をさせてまで、俺は生きたくない」

「……」


 その直後、俺たちの間に流れる微妙な空気。


 やべ、俺調子乗りすぎたか?

 恐る恐るリタの表情を伺うと――顔を赤く染めているだと……?


「そ、そんなこと言ってあたしを誘惑しようったって、そうは行かないわよ!?」


 ビシッと俺の顔に指を突き出して、ぶんぶんと首を振るリタ。呆気に取られて口が開きっぱなしの俺。


「いや……別にそんなつもりじゃ……」

「うるさい! うるさい! うるさい!」


 リタは大きな声で叫ぶと、バシッと俺の背中を押し出した。……押し出した?


「はあああああええええええええええ!?!?」


 気づいたときには茂みの外。

 俺は戦場の真ん中に産み落とされた小鹿ちゃんだった。


 おい……。そりゃぁ、ねぇだろ……。


 味方拠点を彷徨うろついていたNPCの兵士たちが、銃口がゆっくりとこちらを向いてくる。

 救いを求めて、ギギギと首を曲げて後ろを振り向いた――が、そこにリタは居なかった。


「逃げ足速すぎだろぉぉぉぉぉぉぉ!」


 絶叫を張り上げたが、その声も虚しく空気に吸われていく。


 その瞬間、俺の頬を掠っていく銃弾。その発砲を歯切りに、四方八方から銃声音がパンパン鳴り響いた。

 嫌だァァァ!

 俺はとにかく走った。走りまくった。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 銃弾の雨の中、無我夢中で脚を動かした。

 が、鉛玉はビシバシと俺の防護服を貫通していく。右下のHPゲージは半分を切った。


 敵の数は10や20なんてもんじゃない。50――いや、100人は超えているだろう。

 その人数から繰り出される大量の弾丸。


 地獄だ。


 走りながらも背中のAK-47に手を伸ばすと、汗ばむ両手で構える。

 残り弾数143発。希望は――あるッ!! ちなみに回復薬はないッ!! もっともってくりゃ良かった……。


 視界の中心に浮かび上がったレクティルを敵に合わせることなく、暴発させた。ガガガガガとAK-47が苦しげな動作音を出すが、こちとら知ったこっちゃないわ!


「どけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 前方で道を塞いでいたNPCのヘッドを撃ち抜く。


「「グハァ……!?」」


 瞬殺、だ。


 ……なんて恰好つけたこといってる場合じゃねえ!


 相変わらず降り注ぐ銃弾の嵐によって、俺のHPゲージはすでに黄色の域に達していた。その次は赤。瀕死状態の一歩手前だ。


「クソ――ッ!」


 生存者の女の子のところまで後250メートル。俺のアバターが耐えきれるかどうかは、厳しかった――。

 

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