7.「FPSは遊びじゃねぇんだよ!」「いいえ、ゲームです」

「そろそろあたしと一緒に戦争モードやらない?」


 それは唐突な提案だった。

 射撃場の一部に設置されているベンチに座って、俺のことを眺めていたリタが「どう?」と首を傾げて聞いてくる。


「もう今日は疲れたよ……。ログアウトしたいんだが……」


 ゲームにログインして、約4時間は経過していた。……とは言ってもリアルでは40分に満たないのだが。


「ログアウトするにしても、一回ぐらいあたしと一緒にやってからにしてよー」


 駄々をこねるリタ。

 まぁそうだな、今日は俺たちが知り合った最初の日だ。一戦ぐらいしてもいいだろう。


「仕方ねぇな……。やるか!」

「いえい!」

「けど、俺とリタじゃレベルに差がありすぎじゃないか? 一緒に同じ分隊に入れないんじゃ……」

「パーティ機能を使えばいいのよ!」


 急に元気になったリタは勢いよくそう言う。

 たしか、そんなのもあったような……。


「パーティってのはどこで組めばいいんだ?」


 リタは自分のことを親指でクイックイッと指しながら口を開く。


「あたしをタップしなさい」

「……?」


 まぁ、いいか。

 とりあえず言われた通りに、リタの体に軽く触れる。


「……って、何してんのよ!」


 一瞬リタは静止した……。

 が、次の瞬間には顔を赤く染めて怒鳴り始めた。


「えっ……だって、タップって……」

「ち、違うわよ! メニュー画面にタップする要領ようりょうで私のことをタップしなさいってことよ!」


 はぁ、と呆れたようにため息をついて、「ふんっ」とそっぽを向いてしまうリタ。


 つか、そんなことなら先に言ってくれよ。

 俺も恥ずかしいだろ……。


「あ、あぁ……」


 小さく返事をして、空中でリタの姿をタップする。

 すると、リタの上にプレイヤー情報が浮かび上がる。



 ……………………………………………………


 〈プレイヤー名〉リタ

 〈所属クラン〉なし

 〈参加パーティ〉なし


 →クランに招待する

 →パーティへの参加を要請する


 ……………………………………………………



 よし、これだな。

 一番下の『パーティへの参加を要請する』をタップした。


「あ、来たわ!」


 リタは素早く操作する。



 >リタ さんが、あなたのパーティに参加しました。



 視界の端っこでログが流れ、俺の視界でリタの上に常時リタの名前が表示されるようになる。

 多分、戦場とかで障害物越しでもプレイヤーを確認できるための機能だろう。


「これであたしとアンタはパーティよ!」


 ふふっと意地悪く笑うリタの姿を見逃しはしなかった――。



 * * *



 ――中国エリア・雲南省【農村マップ/朝/晴天】


 ロードが終わり、目の前に広がったのは民家が乱立する農村地帯。

 戦場に似つかわしくないみ切った青空が俺の頭上でどこまでも広がっていた。


 どうやら俺が一番乗りらしい。

 何もなかった拠点ベースに次々とプレイヤーが出現していく。


「マジで久しぶりのプレイだ。腕がなるぜ〜」

「な、どっちが先にキルとれるか勝負しないか?」


 俺の前で出現したプレイヤー達が楽しそうに話し合う。


 いいな、ああいうの。

 俺ずっと野良だったしな。


 やがて全員がそろうと、味方基地のどこかから警告音が鳴り響いた。

 これは戦闘が始まる合図だ。


 俺は隣で出現したリタに話しかける。


「なぁ、俺ここのマップ初めてなんだけど」


 基本的には市街地マップしかやったことがない。


「大丈夫よ、私に任せなさい。アンタの兵種はなに?」

「また、衛生兵サポートだよ……」


 俺は支給されたハンドガン『CZ-75』を持ち上げてリタに見せる。

 もう本当、突撃兵とか一回やってみたい。


「じゃあさっき買った武器を装備したらいいわ」


 そうだった。

 俺はもうマイ武器を持っているのだ。わざわざこんなしょぼい武器を買わなくていいのか。


 俺は空中をスライドし、メニューを開く。



 ……………………………………………………

 武装/アイテム/ステータス/ボイスチャット/環境設定/運営からのお知らせ/その他

 ……………………………………………………




 俺は武装を選択し、武器スロットを交換した。


 >AK-47 に交換しました。


 ログが流れ、手持ち武器が重たいライフルに変わる。


「それじゃ、一緒に行動しましょうか」


 俺がAK-47を装備したのを見て、リタはとことこ歩き出す。



『おい、そこのキミ。勝手な行動は慎みたまえ』



 突然ボイスチャットで呼びかけられる。


 あれ、この渋い声……聞き覚えがあるぞ?


 俺は後ろを振り向くと、ソウル市街地戦で叱られた分隊長がいた。

 ……またか。


 リタはピタリと歩く足を止め、こちらの方に戻ってきた。


「チッ……面倒な分隊長に当たったわね。指示厨しじちゅううっざ」


 小さくため息を吐き、胡散うさん臭そうな顔をするリタ。


「え、でもこんなもんじゃないのか? 分隊長って」

「そんなわけないじゃない。底辺の分隊って本当にどうしようもないのね……」


「上位の分隊はこういう分隊長は居ないのか?」

「いないわけじゃないけど、ほとんど居ないに等しいわ」

「へぇー、そうなんだ」


 意外な事実だ。

 まぁでも、スキルが高いプレイヤーは各自で判断できるってことなんだろう。


『今回、諸君に集まってもらったのは他でもない、中国雲南省にある農村地帯を制圧してもらうためだ』


 ボイスチャットを通して流れてくる分隊長の声。


「うっわ、厨二病こじらせちゃってんの? 気持ち悪〜」


 まずい食べ物を食わされたような表情で、うへぇと漏らすリタ。


 俺はリタに小さく耳打ちをする。


「おい、静かにしろって。聞こえちゃうだろ」

「いいのよ。事実なんだし」


 廃人は言うことが違うなぁ。

 でもこの度胸強さ、嫌いじゃない。


『まず、初めに衛生兵サポートは後方に、偵察兵リーコンは前線ギリギリまで出て各自の仕事をこなしてもらう』


 ソウル戦のときと同じだ。


 仕方ない。今回も後方で支援しよう。

 そう思って、俺はそそくさと基地の後方へ回り込もうとする……が、その手を引っ張ってくるリタ。


「アンタ本気? 衛生兵だからって別に支援に回る必要はないのよ?」

「いや、でもまぁ、分隊長が言うんだから……」

「分隊長は神様じゃない。ゲームっていうのは人に支持されて動くもんじゃないの。自分がこうしたいとかああしたいと思ったことを、アバターに代わってやらせるものなの。そんなことができないなら、ゲームなんてやめちゃえって思うけどね」


 リタはキツイ口調で、でも一語一語を噛み締めるように話す。


 俺はハッと目が覚めた心地だった。

 そうだ、俺だって別にサブ兵種をやりたくてやってたわけじゃない。

 本当は突撃したかった。銃を撃ち合いたかった。敵を殺したかった。


「……そうだね。ありがとうリタ。」


 俺はAK-47を持ち直して、そう呟いた。


「いいのよ、分かれば。じゃあ行きましょ」


 リタはそう言うとくるりと踵を返して、民家の乱立する村に向き直る。

 農村地帯といっても、古びた家が不規則に並んでいるだけだ。


 はたして敵の基地はどこだろうか。


 スタスタと歩き出すリタの後を追って、俺も駆け出した。


『そこのキミたち。なんど言わせるのだね。勝手な行動は――』

「うるさい! 精々せいぜいアンタらは軍隊ごっこでもしてなさい! FPSは遊びじゃないのよ!」


 ボイスチャットなしで叫ぶその姿は、廃人で、幼女で、ワガママで、生意気。……だけど、純粋に良い奴だった――。



「――あースッキリした」

「そりゃあんだけ声出せばなぁ」


 俺のツッコミを無視して歩き出すリタ。


「なぁ、そういえばリタの兵種ってなんだ? それ持ってるけど」


 俺はリタの背中に背負われているスナイパーを指差して尋ねる。


「突撃兵よ、『L96』持ちのね」


 ガチャリと重たい金属音を鳴らして見せつけるリタ。


 突スナ《とつすな》かよ!



 ――突撃スナイパー。

 略称、突スナ。

 名前の通り、突撃するスナイパーである。


 基本、狙撃者以上狙撃者以下でもないスナイパーは、後衛での支援が大きな仕事となる。

 それを放棄ほうきして、アサルトライフル持ちの敵と近距離で撃ち合うのが突スナ。


 ワンショットワンキル。

 その言葉通りの最強の兵種だが、それを使いこなすには多大なプレイヤースキルが必要となってくる。

 1発でも外したら死んでしまうのだ。



「なんでその武器色が付いてるんだ?」


『L96』のところどころが、緑色の蛍光色で塗装とそうされている。


「カスタマイズした部分は自由に色を付けられるの。色付き武器とか言われてるわね」

「へぇー。AK-47も色々カスタムとかしよっかな〜」


 その後、俺たちは特に敵と遭遇そうぐうすることなく進軍していった――。

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