4.武装を求めて三千里

 宿屋から出た瞬間、俺の視界に広がるタウン

 ここは地図上で言えば、日本の東京にあたる場所である。

 サービスを開始してから間もないためか、東京以外に街は設置されていない。多分これから追加されていくのだろう。


 一見すると異世界風の町並みにも見えなくないタウンは、今日もなごやかなにぎわいを見せていた。



 先導して歩くリタの背中を追いかけつつ、ぐるりと周りを見渡す。



 どこまでも伸びる太い道の両端には様々な屋台が並び、人間型のNPCが店番をしていた。彼らは人間と同じように行動し、考え、感情を持つ。

 ――そう、こっちが怖くなるほどの人間味を感じさせるのだ。


 その屋台に座るプレイヤーたちは笑い、酒を交わし合い、ゲームについて語り合っていた。

 現代の日本じゃ中々見られない『平和』がここにはある。



 いつもと変わらないVR《仮想》の太陽が、今日もまぶしく輝いていた――。



「で、アンタはどこの武器屋で買うつもりなの?」


 感慨かんがいふける俺に話しかけてくるリタ。


「それが決まってないんだよなぁ」


 NPCが定価で売り出すオーソドックスな武器屋、というのが従来のゲームの形式であった。

 が、このゲームは少し違う。


 『武器屋』だけをとっても、様々な種類のショップがあるのだ。



――日本企業の復興支援


 それが、このゲームに込められた政府のもう一つの思惑おもわくである。

 政府は現実世界であきないを営むたくさんの会社に、ゲーム内への誘致ゆうちを行った。


 結果――。

 医療セットはマツモトキヨシ。

 戦車などはトヨタ。

 航空支援系などのアイテムはANA。

 広く浅く多種多様なアイテムを取り扱うのがセブンイレブン。


 ゲーム内でも大手企業というのが生まれてしまったのだ。


 しかし、武器製造だけはこれまでに例がないため、ベンチャー企業同士の競争が熾烈しれつを極めている。



「というわけで、『経験者に聞いた!〜武器はどこで買うのがオススメ!?〜』を始めていただきたいわけなんですが……」


 おずおずと尋ねる。


「アンタのギャグは面白くないわ」


 一蹴されたァァァ!

 がっくしと肩を落とす俺に、リタは侮蔑ふべつの表情を向けていたが、くすっと笑うと口を開く。


「けど、いいわ。その絶望した表情に負けたから」

「なんか釈然しゃくぜんとしないな……」

「それで、予算はどんなもんなの?」


 手でくるりとマネーマークを作るリタ。


「1万Gほどあるぜ!」


 親指を立てて自慢する俺。


「ほー、中々あるじゃないの」


 リタは感心したような声を出して「ふんふん」とうなずいている。


「あったりまえだ。こちとらサービス開始してからずっと貯めてきたんだ」


 一度の戦闘で少ししか貰えないG《ゴールド》をせこせこ貯めてきた。全てはこの日のために。


 だから無駄な買い物だけは絶対にしたくない。


「えっ、そんなに時間かけてたった1万G?」

「いやいや、そんなもんだろ」

「あたしいくつか武器買ったけど、今の所持金3万Gちょいはあるわよ?」


 は?


「で、でも一回分隊システムに参加して5G稼げたら良い方……だろ!?」


 焦りながら聞き返す。

 ちなみにさっき獲得した10Gが俺史上最高値だ。


「あーはいはい。分かったわ。アンタ隠しレベルが足りてないのよ」

「隠し……レベル? そんなのあったっけ?」


 このゲーム、レベル制じゃない気がするんだが?


「まぁ、それは公式が認めているレベル数値じゃないんだけどね。運営は隠しレベルってやつを使って分隊システムの編成をしてるんじゃないか、って一部のプレイヤーの中で言われてるの」

「な、なんだと……。世の中の不条理に通じるものを感じるのだが」


 今まで純粋なランダムだと信じて疑わなかった俺(国民)と、全ての事実を把握している運営(政府)みたいな……。

 てか、これ同じやん。


 リタはふふっと笑って話を続ける。


傾向けいこうとしては、隠しレベルが高いプレイヤー同士、隠しレベルが低いプレイヤー同士が分隊を組まされるみたい。それに合わせて敵の戦力も落とすから、一人一人の報酬も落ちるってわけ」

「はぁ……なるほど。その隠しレベルってやつはどこから確認できるんだ?」


 リタは「うん」と小さく頷くと、慣れた手つきで空中をスライドさせる。


「まずメニュー画面を開いて」

「おう」


 言われた通りにメニュー画面を表示させる。



……………………………………………………

インベントリ/分隊に参加/クランを作成・参加/プレイヤー情報

オンラインショップ/ワープ/ゲーム設定/運営からのお知らせ

……………………………………………………



 見慣れたメニュー画面から即座にプレイヤー情報を選択し、小さなタブをポップアップさせる。


「おし、開いたぞ」

「それじゃ、その中の戦争モードをタップして」



……………………………………………………

[総ログイン時間]3087時間(現実換算=514時間)

[ヘルマイトギア状態]良好・充電中

[所持金]10006G《ゴールド》


→「戦争モード」の詳細

→「闘技場モード」の詳細

……………………………………………………



 下から2番目をタップすると、読み込みが始まる。


「読み込みに少し時間がかかるかもしれないけど、終わったら出てきたキル数とキルレを教えてねー」


 キルレとはキル数とデス数の比率のことである。

 俺はほいほいー、と軽く返事をした。



……………………………………………………

[総試合回数]1823回

[勝利]435回[敗北]1388回


[総キル数]463

[総デス数]562

[K/D値]0.82


[最も多くプレイされた兵種]偵察兵リーコン・スナイパー

……………………………………………………



「ええと、キル数は463。キルレは0.82だね」

「ぷっ……」


 リタは口に手を押さえて漏れ出す息を必死に抑えている。

 失礼過ぎだろ……。


「おい、今笑っただろ」

「あはっはっはっは。アンタ、雑魚ね!」

「そこは否定しろよ! 俺だって武器買えばなぁ――」

「アンタの隠しレベルは3よ」


 レベル3……。

 ポケモンだったらはじまりの街の草むらから出てくるレベルじゃねえか!


「そ、それは……強かったりするのか?」


 最大レベルが5だったりとか……、みたいな淡い期待を抱きながら、恐る恐る尋ねる。


「雑魚ね。強いわけないじゃないの」


 俺の問いかけをスッパリ一刀したリタ。

 ……俺の3078時間返せよ!


「今の俺。ちょっと泣きたいかもしれない」

「うわ……気持ちわるっ。一回リスポーンしてくれば?」


 リタは白けた表情で嘲笑あざわらってくる。


「……そんな偉そうなこと言って、リタの隠しレベルはいくつなんだよ!」


 俺は口角泡を飛ばしながら問い詰めた。

 よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、リタは薄い胸をポンッと叩いて見せる。


「総ログイン時間、約1万時間。隠しレベルは345よ!」

「なんだ、廃人か」

「は、廃人じゃないわよ! 結構、普通な方なのよ!?」


 それが普通って、どこ界隈かいわいのお話ですかね。


「てか、隠しレベルってどうやって計算してるんだ?」

「それなら簡単よ。"キル数÷100×キルレ"をすると隠しレベルっていうのになるわね」


 なるほど。

 案外簡単な計算だった。

 しかし、誰が考え出したんだろうか……。


「それで、リタのキル数とキルレはどんなもんなんだ?」

「キル数は7480。キルレは4.8ね」

「貴様……バケモンか。……あれ、リスポーンしたことないって言ったよな?」

「死んだことはない、とは一言も言ってないわよ、あたし。必ず死んでも味方に助けてもらうから」



 ビビッと頭の中で全ての事柄が直結した気がする。


 そうか……。


 隠しレベルが強いプレイヤー同士で組むから勝てるし、G《ゴールド》も沢山稼げる。もし死んだとしても助けてもらえるんだ。

 それは周りの仲間の実力を信頼しているから。


「で、話を本筋に戻すが、オススメの武器屋に連れて行ってもらえないか?」


 もうゲームの仕組みはうんざりだ。

 説明回とか本当にいらないから。


「予算が1万Gぐらいなら、あそこら辺が妥当だとうよね……」


 リタは何やら難しい顔をしてブツブツ呟くと、


「じゃあ付いて来なさい」


 それだけ言って、リタはくるりときびすを返し、金色の髪の毛を揺らしながら体の向きを変えた。

 そして、道の両脇に並ぶ屋台と屋台の隙間に生じる暗い小道を迷うことなく進んでいく。


 俺はその小さな後ろ姿を追いかけた――。

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