2.リタと呼べ、と幼女は言った。

 俯いたまま何も話そうとしない少女。


 ………………

 …………

 ……

 …


 場に長い沈黙が訪れる。

 なんか話してっ! 気まずいからっ!


 仕方がないので、俺は彼女を観察することにした。



 少女の金色に輝く髪は赤いリボンでまとめられ、お団子に。

 服の袖から覗く、透き通るように白い肌。

 青みを帯びる、くりっとした瞳は、少しばかり勝気な印象を覗かせていた。

 身長は150センチあるかないかといったところだろう。



 ――金髪碧眼きんぱつへきがん

 その言葉がピッタリと当てはまる愛くるしい少女だった。……というか幼女?


 まあ、国民なら誰でもできるこのゲーム。幼女がいてもおかしくはない。

 そして、こんなところに居るということは、道に迷ってママと離れ離れになってしまった可哀想な幼女かもしれない。


 そう(希望的観測から)思うと、俺は居ても立ってもいられなくなった。



「おー、よちよち。ママはどこにいまちゅかー?」


 俺は片手で幼女の頭を撫でつつ、視線を合わせるためにしゃがむ。

 子供というのは、同じ目線になって安心させてあげることが大切なのだ。


「おにーさんはこわくないからねー」


 一向にこちらに反応を示さない幼女に優しい声音で呼びかけ続ける。


「だから、キミも……って、いっでえ!」


 ビンタされた。思いっきり左の頬を引っ叩かれた。めっちゃ痛い。



「あたしは……幼女なんかじゃない!」


 ジンジン痛む頬を押さえながら、改めて幼女――いや、女の子の方を見やる。

 そこには幼い声を張り上げて、顔を真っ赤にする女の子――いや、やっぱり幼女がいた。


 ……どこからどう見ても幼女なんだが?


 だがしかし、気を悪くさせてしまったなら謝る他ない。


「ご、ごめん……。幼じ――」

「だから違うって言ってるでしょ!」


 俺の言葉をさえぎるように大声で怒鳴る幼女。

 悔しそうにバンバンバンと地面を蹴ると、前のめりになってまくし立ててくる。


「どーしてどいつもこいつもあたしのことを幼女っていうわけ!?」


 幼女様のとがったお口は、とどまるところを知らずと動き続ける。


「幼女? 全く面白くないわね! 大体あたしはもう16歳になろうっていう高校生なん――」

「おい、ガキ! うるせぇよ!」


 突然隣の部屋の扉が開いて、人相の悪いお兄さんが顔をのぞかせる。

 めっちゃピキってんじゃん。流石さすがFランク宿屋。


 おぉ、こわ


「す、すいましぇん……」


 震える声で謝る幼女をちらりと横目で確認する。


 ――幼女は泣いていた。

 青い瞳に大粒の涙を溜め込んで、ポロポロと流してやがる。


 こいつ、メンタル弱えな。


「チッ……。これだからガキはよォ……。――お。おめーよく見ると可愛いじゃねぇか」


 その(ある意味)恐いお兄さんは、幼女の顔を見るや否や目の色を変えて近寄ってきた。



>ロリコンが あらわれた!



「ひぃっ……。そんなことないです……」

「うひょぉ、めっちゃ可愛いな」


 怖いお兄さんのヤる気スイッチが入ってしまったらしい。(性的な意味で)

 バキボキと手の関節を鳴らすと、威圧するかのように幼女にたたみ掛ける。


「なー。おめーよ、さっきからオレどんだけ迷惑してると思ってんだ? あぁん?」


 で、でた〜!

 適当な理由をつけて可愛い女の子を脅迫するテンプレヤンキー! そんで結局、主人公にボコられて終わり……ってオチまで見えますわ!

 マジでお前らワンパターン過ぎだろ!


 …………ん?

 ということは、この状況での「主人公」は俺なのか?



 …………。



 俺はおびえる幼女の肩をポンッと叩いて、声をかける。


「幼女、後は任せた。お前なら何とかできるって信じてるぜ」


 それだけ言い残して、俺は静かに扉を閉めた。


「ちょっ、アンタァァァァァァァァ!」


 幼女の悲痛な叫び声を背に、さっきまでやっていたことを再開しようとする。

 えーっと、俺何してたっけなぁ……。


「つれねーなー、幼女ちゃん。オレと楽しいことしようや」

「いやー! 助けなさいよアンタ! 後、幼女じゃないし!」


 グヘヘと笑いながら幼女に言い寄るロリコンのお兄さん。

 閉まった扉を必死にバンバンと叩く幼女。


 ……楽しそうで何よりだ。


 おっと、そうだ。街に行く準備をしていたんだ。

 ポンっと手を打つと、いそいそと支度を再開する。


「いやぁぁぁ! やめなさいよ、ちょ、離れなさーい!」

「嫌がる表情も最高だねぇ、幼女ちゃん。はぁはぁ」


 よし、支度完了。


 だがしかし。

 街に行くには宿屋を出る必要がある。どちらにせよ、この扉の向こうに踏み込まなくてはならないのだ。


 分かっていたさ。こうなる運命なんだって。


 俺はしぶしぶ扉のドアノブに手をかけると、勢い良く開いた。

 

「きゃっ、いたっ!」


 その瞬間、都合良く幼女が室内に転がり込んでくる。

 俺は咄嗟とっさの判断で扉を閉めると、厳重に鍵をかけた。


 グッジョブ、俺。


「おい! オレの幼女ちゃんを返しやがれェ!」


 ロリコンお兄さんは声を荒げて怒鳴ると、扉をドンドンと蹴り飛ばす。


 ……いや、お前の幼女ではないだろ。

 でもまあ、とりあえずはこれで安心だ。


 ふぅと短く息をいて、転がっていった幼女の方へ体を向けると、


「痛たたた……。あ、ありがとう……」


 ハッとこちらの視線に気がついた幼女は、頬を赤く染めて恥ずかしそうに感謝の言葉を口にする。


「扉を開けたら、たまたま幼女が転がり込んできて、このままだとロリコンお兄さんも入ってくると思ったからスグに閉じただけなんだが」


 ……とは流石に言えなかった。


 ので、精々せいぜい格好をつけておく。


「ふふっ、まぁな。俺は一度交わした約束は絶対に破らない男だ」


 髪を掻き上げながら、適当なことを言う俺。

 

「怖かったよお……うっぐ……」


 ホッと安堵あんどしたような表情が歪み、幼女はしくしくと泣きだした。


 何この生き物、すげー可愛い。

 き立てられる庇護欲ひごよくを必死に押し殺す。


 俺はロリコンじゃない! 絶対に違うから! 信じて!


「安心しろ、俺が付いている」


 ……完全に『一生に一度は言ってみたいセリフ』のコピペだった。



「ゴラァ! さっさと開けんかい!」


 扉の向こうでは、ヒートアップしたロリコンお兄さんが扉を蹴破けやぶろうと必死になっている。


「ぐすっ……。アイツどうやって追い払う?」


 涙目でこちらを見上げてくる幼女。


 確かにこのままじゃオンボロ宿屋の扉は壊れてしまうだろう。

 だけど俺にはがあった。


「まあ見てろって」


 俺が胸を張って自信満々に返事をした刹那せつな、そのが扉の向こうに降臨した。


「ちょっとあなた。いい加減にしなさいよ」

「あ? てめー……あ……」


 年寄りのしゃがれ声がロリコンお兄さんを一喝いっかつすると、扉への打撃がピタリと止む。


「いい加減にしないとBANするわよ?」

「ひぃっ……」


 BAN――それはゲームプレイヤーにとっての死刑宣告。

 そんなことを決定できてしまう人物が扉の向こうにはいるんだ。


「これで2回目よ? いい加減にしたらどうかしら? 次、何かやらかしたら永久BANは避けられないでしょうね」

「す、すいません! もうしないので許してください!」


 ロリコンお兄さんの情けない声が辺りに響き渡る。


「謝っても遅いわ。とりあえず今回は1ヶ月のログイン禁止で済ましてあげるわ」

「やめてくれ! そんなことされちまったら、オレのクランが――」


 ロリコンお兄さんの懇願こんがんする声が消え、ようやくFランクの宿屋には平和が訪れた。


「301号室のあなた、これでもう安全よ。もうちょっと早く来たら良かったわ、ごめんなさいね」

「あ、いえ! 助かりました! ありがとうございます!」

「じゃあこれで私は失礼するわ」


 サッと扉の向こうから人の気配が消えた。

 はぁ……終わった……。


 やれやれとため息をくと、幼女が眉をひそめて尋ねてくる。


「今のって……誰?」

「この宿屋の大家さんだよ」


 そう、俺のとは大家さんだったのである。

 60代ぐらいの熟れたおばあさんだったのである!


「そうなんだ! 大家さんって凄いんだね!」


 幼女は瞳をキラキラと輝かせてはにかむ。


「NPCだしな……。てか、お前の宿屋にも大家さんぐらい居るだろ」

「あたしの宿屋?」


 はてなと首を傾げて、怪訝けげんな表情を浮かべる幼女。


「もしかして、宿屋を持っていないのか……?」

「うん」


 幼女はこくりと頷く。

 いや、おかしいだろ。


「じゃあリスポーンはどこでしてるんだ?」

「リスポーン? そんなのはしたことないわ」

「え……。したことないって……、お前、初心者なのか?」

「し、失礼ね! 違うわよ!」


 プイッとそっぽを向いてしまう幼女。

 こいつ……すげえな。


「……。ま、まぁそれは置いといて、お前はどうして俺の部屋の前に居たんだ?」

「……お前って呼ばれると腹が立つわ。あたしのこと、『リタ』って呼んでくれないかしら」


 俺に女の子を名前で呼べ……だと……?

 そんなのはアニメかラノベでしか見たことがない! ここは現実だ! 無理に決まってる!


 しがないの童貞高校生には刺激が強すぎたわけで。


「そ、そういうのはさ、もっと仲を深めてからさ――」

「あーあー、うっさい。早く呼んでみなさいよ。そうしないと答えないわよ」


 ニヒッと意地悪に笑う幼女。……こんなの幼女じゃねえ! ロリババア(48)だ!

 くそぅ……俺の純情な心を弄びやがって……。


 俺も男だ。覚悟を決めて尋ねる。


「りひぃ、リタはどうして俺の部屋の前に居たんだ?」


 声が異常なほど裏返った。……もうやだ。


「そろそろお部屋に住みたいなーって思ったんだ!」

「は?」


 ――ちょっと俺には理解ができなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る