はい、タイトルの通りです。今日の午前零時頃に近況ノートで書いた、花粉症に負ける戦士のお話を投稿するお話。あれは嘘だ……。
新連載は現状無理なのでありません。その代わりに、ここにサクラをテーマにしたとある(個人的には)有名な話を元ネタにした話を置いて行こうと思います。
本当は完成させたかったのですが、時間が間に合わずに途中までです。すいません。 そのうち時間を見て少しづづ書いていって続きを近況ノートに追加でのせられたらいいですね。絶対に乗せますと言えないのが、実力のなく残念な所ですが。
◇◇以下本ぺ◇◇
ルイードの酒場、そこは食事をする以外にとある目的に使われる事の多い場所だ。その理由はこの建物のある場所に関係している。
冒険者協同組合エドマチ支店、つまり冒険者が依頼を確認し受け、達成報告、報酬を受け取り、さらには金や物も一時的に預ける事も出来る施設、冒険者のギルドの隣に立つ食堂なのだ。
そのため、冒険者の集合場所としてよく利用され。食事をしながら仲間を待っていたり、仕事終わりのチームがここで祝杯を上げたりと、冒険者の客が目立つ店である。
そんな冒険者の集うルイーダの酒場にこの日も食事以外の目的でやってくる冒険者。そんな中に一人の少女がいた。
少女の装備は腰に剣が一本と必要最低限の場所だけを守る装飾のない皮の鎧、兜は付けていない。髪は短くまとめられている。明らかに冒険者だと思われる姿。
その少女はまっすぐとカウンター席に向かい座った。
「えっと、今持ち合わせが少ないので一番安い食事をお願いします」
「はい」
装備から予想していたが、やはりお金に余裕は無いようだ。と内心では思いながらも表情には出さずに食事の準備をはじめるマスター。
食事を待つ間、少女は周囲をキョロキョロと見回している。
「お客さん見ない顔だね、もしかして成《な》りたての冒険者かい?」
装備は新品でまだキズも汚れもなく、実用性だけを求めただけのもの。お金がないのは装備や冒険のための道具、冒険者の登録なんかで使ってしまったとかそんなとこだろう。見た目もまだ十代の後半、もしかしたらギリギリで前半かもしれない。そんな印象だ。
それに冒険者としてそれなりの経験をこなした者だけの修羅場をくぐって来た覇気、のようなものも感じられない。
冒険者の集うこの酒場を長く経営しているマスターだからそういった冒険者の素人と玄人の違いがよくわかる。
「は、はいそうです」
そして新人がこの酒場に来る目的は食事じゃない場合が多い。この少女も先ほどから店の中、ここに来ている他の冒険者を見ていた。
冒険者が集合場所に使いので有名な店だ、今回一度限りでも一緒に依頼をこなしてくれそうな人を探しに来る一人《ソロ》の冒険者や、一生の仲間を探す初心者、さらには有名なチームやクランに自分を売り込もうとする手合いは沢山いる。
「さっきから店内を見ているけど、誰か探しているのかい? お金がないのに律義に注文してくれた礼だ。俺が知っている限りの情報を出すよ」
この店に仲間探しを目的に来る客の八割は仲間だけ探して、食事も酒も取らずに出て行ってしまう。それは目的が食事でないので仕方がない。それにそんな連中も、仕事が成功に終われば半数以上はここで祝杯を上げて売り上げに貢献してくれる。それでいいとマスターは思っている。
しかし、そんな中に少女のように律義に食事を注文してくれたり、情報を尋ねたお礼にチップをくれる客もいる。そしてそんな客に対して親切に接したくなるのは人として当たり前の事だろう。
「いえ、特定の誰かを探しているわけじゃないんです。私、昨日この街に来たばかりなんですよ。だってココはあの有名な賢者、ロウ・フォーゴルド様の治める地、私ここで暮らすのが夢だったんですよ」
ロウ・フォーゴルドはこの国では有名な人物だ。出身は田舎の小さな村。そこから実力で貴族が通う騎士学校の一般人用の入学試験を突破し、騎士見習いとなり、そこから数々のモンスターや敵国の脅威から国を救う大活躍を幾つも上げ、出世に出世を重ね一つの街を治める貴族にまで上り詰めた平民の星。常に公平で民の立場に立った政治を行う優しき領主。
国王も彼の事は大変信頼しており、何か困った事が起きれば必ず彼の意見を聞く事からついた呼び名が賢者だ。
そんな賢者の治める地に住みたいと思う国民は大変多く、この街はそのおかげでにぎわっていた。
「それで、この街で稼ぐために今日、冒険者になったのはいいのですが、いざ仲間を探すとなると緊張してしまって。私じゃ足手まといになってしまうのではないかとか、あの人は優しそうだけど、今は一人でもただ仲間を待っているだけかも、急に声をかけたら迷惑かな? とか色々考えていたらつい声をかけ辛くって」
「そうかい、初めての冒険の仲間ね。それじゃあんまり上級者向けのクエストを受ける連中じゃダメだな」
「あ、そっかクエストの難易度も気にしないといけないのか……」
料理を進めながら彼女の望みそうなチームや個人を考えていく。
上級のチームやクランならば信頼と実績があるし、人柄も噂話でなんとなく伝わってくるので安全そうな所はすぐに思いつくが、そこだと受ける依頼の難易度も当然実力に見合ったものになるので今日冒険者になったばかりの彼女には難しくなる。
中には新人に合わせて簡単な依頼に付き合ってくれる面倒見のいい所もあるのだが、あいにくそこは一昨日依頼を受けて旅立ったばかり、今日はまだ街に戻ってきておらず、このルイードの酒場にも来ていない。
五日後には帰ってくるだろうから、彼女にはそれまでこの店で皿洗いでもして日銭を稼ぎながら待ってもらうのも手ではある。
新人が受けるクエストではチームの実力もその程度、まだ冒険者としてあまり活躍していないので噂も少なく、人柄や能力がマスターにもわからない所が多い。そんな所にこの弱気で律義な少女を斡旋するよりはいいかもしれない。
後は彼女と同じように一人の冒険者だ。それなら初心者を面倒見てくれる心当たりは何人かいるので、その人たちがいないか店内を確認するマスター。
それでダメならば数日くらい面倒を見てあげよう。そう考えをまとめた。
「はい、これウチで一番安いメニュー、スゥドーンだよ」
小麦粉をコネて細長く形を整え茹《ゆ》でたものをスープに付けてネギを乗せただけの食べ物。
「それとこっちはサービス。冒険者になったお祝いにね」
ついでにただ茹でただけの卵も横に出した。
「え、ありがとうございます」
少女が感謝する。
「お礼は無事に仲間が見つかった時でいいよ。出来ればクエストから戻ってきてここで食事をしてくれ。それだけで十分だよ」
言いながら客の顔を確認していくマスター。
(たしか三、四人頼めそうな人が来ていたはずだ。まだ帰っていなければその辺に……)
しかしお目当ての人物は見当たらない。そうしていると、少女の隣に一人の男が座った。
「よ、ルイード。相変わらずの繁盛っぷりだね」
その男は気さくにマスターに挨拶する。
「お、キンさんいらっしゃい。おかげさまでなんとか生活出来てるよ。それで今日は何に……」
注文を聞こうとして言葉を止めるマスター。
「そうだキンさん。あんたなら大丈夫だろう。お客さん、この人はどうだい? 一人《ソロ》で腕は確かだよ。面倒見もいいから新人のサポートもしてくれるだろう。ただ、戦闘職業がちょっとね……」
マスターが職業の所で口を濁《にご》し、声が小さくなる。少女にその声は届かなかった。
「おいおいルイード、話が見えないぞ。一体何だってんだい?」
そこでキンと呼ばれた男が戸惑う。マスターは簡単に少女が冒険者になったばかりで仲間を探している事を説明した。
「なるほどね。装備を見るに前衛、戦士系の職業って所かな?」
「はい、ギルドの占い師に見てもらったら戦士が向いていると言われました」
ギルドには簡単に戦闘のスタイルや職業を記入する項目がある。これは冒険者として自分はどの位置で戦い、どんな事をするかをわかりやすくして仲間を選ぶ時の判断基準として便利なのでよく使われる。
しかし人には向き不向きがあり、自分が何に向いているのか冒険者になる前では判断に迷う人もいる。占い師はそんな人間の隠れた素質や適性を見つけ出し、向いている戦闘職のアドバイスをするために冒険者ギルドに専用のスペースが用意されている。別に占い師の助言に従わなくてもいいのだが、占い師に見てもらいその職を選んだ方が強くなり、成功したという話が多く、逆に従わなかったために職業で伸び悩むという話もよく聞く。なので冒険者になった時にどの職を選べばいいか占い師に訪ね、そこから装備を揃える人も少なくない。少女もそんな人たちの一人だった。
「新米の育成、それもこんな可愛らしいお嬢さんとなりゃ黒薔薇乙女にでも頼めばいい所だけど、あいつらこないだ出ていったばっかだもんな。戻ってくるまで五日って所か?」
「おう、そういうこった」
「OK。まずは一回、お試しでって事で嬢ちゃんさえ良ければ一緒に依頼を受けようじゃないか。女性限定で新人育成にも熱心、クラン専用の家《ホーム》を持っていて金のない内は三食部屋付きの超手厚いフォローをしてくれるクランが今ちょうど訓練を兼ねた仕事に出たばかりでな、いつもの感じだと五日後には戻ってくると思うから、そうしたらそっちを尋ねると良い。それまでは俺で我慢してくれ」
「我慢だなんてそんな、せっかくマスターが紹介して下さったのですから。貴方にも都合もあるでしょうし、はい。まずは今日の一回だけよろしくお願いします。私はオオカ、先ほども言ったように戦士です」
「そうかい、俺はキンだ。職業は――」
――ガシャーン
キンが自分の職業を言おうとしたタイミングで食器の割れる音が店内に響いた。続いて怒鳴り合う男の声。
声のした方向では二人の男が取っ組み合いのケンカをしていた。周囲の人間はそれを止めるどころか、もっとやれとはやし立てている。その辺《あた》りはさすが冒険者、荒くれ者の集まりといった所か。騒ぎに驚き、逃げ出そうとする人間はいない。それどころか気にせずに食事を続ける猛者もいる。
「おいおい、何やってんだよ」
ケンカを見たキンがすぐに行動を開始する。周囲を囲む野次馬の中を、まるで障害物などないようにスルスルと移動するキン。そして男達に近付きながら何かを呟くように口を動かした。周囲のヤジを飛ばす声が騒がしくオオカにはキンが何を言ったのかは聞こえなかった。
次の瞬間に男達の顔の間を光の弾丸が通り過ぎる。光の弾丸はそのまま急カーブして天井付近で破裂した。
破裂した弾丸からピンク色の光の塊が、はらり――ひらり――と落ちていく。
その一枚がオオカの手の中にもやって来た。
「サクラ?」
それは舞い散る桜のようだった。雪が溶けるようにすぐに消えた手の中の光も桜のような形、魔法の桜吹雪だ。
「店で暴れちゃルイードに迷惑だろ、何が原因か知らねえがケンカなんてくだらねえぜ」
桜吹雪に見とれてケンカを止めた二人に手が届きそうな距離までキンが迫っていた。
「そんな事より、もっと楽しい事で盛り上がろうぜ!!」
キンが指をパチンと鳴らした。
アップテンポの曲がどこからか流れ出す。そしてまだ昼前だというのにキン以外が暗闇に包まれる。光源は何処からかキンに当てられたスポットライトと、舞い散る桜のピンクの光だけ。
「ケンカを楽しみにしていた観客には悪いが、馴染みの店が壊されるのは忍びないんでね。お詫びに俺が一曲奏でるんで、それを楽しんでくれや」
いつの間にかキンの手の中にはギターが握られていた。
「それじゃバンドメンバーを紹介するぜ。ドラム、俺!!」
酒場の奥にあるステージを指さすキン。その先ではドラムを叩くキンにスポットライトが当たっていた。
「続いて、キーボード、俺!!」
二つ目のスポットライトに照らされ、キーボードを弾くキンの姿。
「そして、ベース、俺!!」
三つ目のスポットライトがベースを弾くキンを照らしだす。
「最後にボーカル&ギター、俺!!」
そしてケンカしていた男達傍にいたギターを持つキンが浮かび上がり、歌いながら宙を駆けステージに移動した。
「さあ始まるぜ、パーティーナイト~」
キンが歌い出すと、さっきまでケンカしていた二人も、それを見ていた野次馬も意識をキンに集中させ、彼の歌に熱狂していた。
「マスター、あの人は何者なのですか? さっきの野次馬の間を障害物など無いかのように普通に歩く動き、それに光の魔法に、空を移動する魔法や分身の魔法、魔力もそうとうありそうだ」
何でもない事のように行っている一つ一つの動きだが、それをするのにどれだけの技術が必要なのだろうか。オオカにはそれが検討もつかなかった。だがマスターが腕は確証した理由は納得出来た。
「それに気付けるお客さんも見込みがあると思うぜ」
「歌でケンカを沈め、お客を魅了する技。彼はバードなのでしょうか?」
バードは歌や楽器に魔力を込めて他者をサポートする戦闘職だ。その歌で敵の注意を引いたり眠らせたり出来るが、自分でモンスターを倒せる技は何もなく、一人《ソロ》では戦えない上に、仲間に裏切られた時に自衛策が無いので信頼できない相手とはパーティーも組み辛い職業だ。
マスターの言おうとした職業の問題とはその事だったのだろうか?
「いや、それは……」
マスターが言い辛そうにしていると曲が終わりキンがステージを降りた。
店内に拍手とキンにアンコールを求める声が響く中、彼がこちらに戻って来た。
「ケンカを止め、皆さんの意識を集中させた腕、素晴らしいです」
オオカがキンをほめちぎる。
「一回とは言わず、ぜひ私と正式にチームを組み冒険者としてご指導ください」
そして頭を下げた。
「いや、でもそれは俺の職業を聞いてから考えた方がいいぞ。ほとんどのヤツは俺の職業を聞いた瞬間仲間にしようとはしないからな」
「いえそんな、あれだけの実力を持ちながら何を言っておられるのです。私はどんな職業だろうと、キンさんとクエストに出たいです」
「そうかい? まあ嬢ちゃんがいいなら俺は構わねえがね、俺の職業は遊び人だぜ、考え直すならまだ間に合うがどうする?」
「え、遊び人……?」
それは果たして戦いに役立つ職なのだろうか?
そうオオカは思ったが、先ほど「どんな職だろうと一緒にクエストを受ける」と宣言した。一度口から出した言葉を無かったことにするなどオオカには許せる事ではない。世界中の誰が許そうと自分自身が許せない以上、例え相手が遊び人だろうともう彼女にが一緒に依頼を受ける未来しか残されていない。
こうして女戦士オオカと遊び人のキンは一時的なチームを組む事になった。
三本の角を生やした固い皮膚を持つ四足のモンスターだ。そのモンスターが角でついてくるのをオオカは剣で受けていた。
「ちょっと、キンさん、貴方も、戦ってっ!!」
オオカがモンスターを相手にしている間、キンは踊っていた。土を魔法でいじり、わざわざステージを作った上でのダンス。ステージを最大限に生かし飛び、跳ね、回る。さらに片手で逆立ちしたり頭だけで回転して見せたりとアクロバティックな動きを見せる。
「アダマンタイト、アダマンタイト、エクスプロージョン~」
しかもそれだけ動きながら息も切らさずに歌ってもいる。
土をステージに作り替える魔力、アクロバティックな動きを続ける技術、そしてそれで疲れぬ体力。
「どうして、それだけの事を戦いに向けてくれないのですか」
キンに対する怒りを三本角のモンスターに向ける。しかしオオカの剣は固い皮膚ではじかれた。
「くっ、固すぎる。こんなのどうやって倒せと……」
あまりの固さに叩いた手が痺れている。それのにモンスターの方はまったくの無傷だ。
そしてオオカが痺れに気を取られている間に、モンスターの突進がオオカに当たった。
運よく角はオオカの右腕を少しかするだけで、オオカの体に刺さりはしなかったが、正面からの突撃にオオカは吹っ飛ばされた。
「あ~あ、トリプルホーンには勝てなかったか。こいつの討伐難易度は最低ランクなんだけどな……」
何かの液体がかけられる感覚とキンの声。
「だったら貴方が倒し……」
倒してみろ、踊っていただけのくせに。そう言おうとしたが、最後まで意識を保っていられず、オオカはそこで意識を失った。
意識を失ったオオカをステージの上に置く。
「まったく、せっかくモンスター除けの踊りで一対一で戦えるようにしていたって言うのにな。トリプルホーンはまだ早かったか」
キンの手にはオオカの剣、別にオオカが倒れた今ならばどんな方法で倒してもいいのだが、この剣でも倒せるという事を示したいので剣を手にした。つまりただの自己満足である。
突進してくるモンスターに対して動かないキン。そして剣を握ると、その柄で思いっきりモンスターの角を叩いた。
「まず角を叩いて振動で脳を揺さぶる、これでこいつは動きを止めて倒れるから、捕獲か逃げるならこれで十分。あとは」
独り言をしながら今度は剣でモンスターの眼球を突き刺した。そのまま脳まで剣を進める。
「いくら皮膚が固くても、ここまでは固く出来ないからな。他にも口、鼻、耳から内側を狙うってって手もあるな」
モンスターが地面に倒れた。そのままモンスターの死体は森の中に投げ捨て、剣についた血を魔法で指先から出した水で洗い流し、気絶したオオカに剣を返した。
オオカが目を覚ますと、そこはまだ森の中だった。場所は気絶した場所とは別のようだ。
「お、起きたか」
キンが焚き火で湯を沸かしていた。
「一応ポーションはかけといたけど体は大丈夫か? お湯飲むか?」
「ありがとう。所であのモンスターは?」
「さあな? お嬢ちゃんが倒れてすぐに逃げたからねぇ。もう追っては来てないけど」
「な、モンスターを放置したんですか?」
冒険者とは戦えない人の代わりに狂暴なモンスターを倒し、人々を守る仕事のはず。それなのにあのモンスターを放置して逃げるだなんて。キンならば倒せそうなだけのポテンシャルはありそうなのになぜ……。
「いや、そんな事を言われてもな。俺達が受けたのはトリプルホーンじゃなくてキャタピラーの三体の討伐だし、俺戦うより逃げる方が得意なんだわ」
なんとも不真面目な返答だ。
「ふざけないで下さい。私には無理でも貴方ならば倒せたんじゃないですか? それなのに戦闘中もただ踊っていただけで、」
気絶する前に彼女は確かに聞いた。キンが「討伐難易度は最低」だと言っていたことを。人にはそう言っておいて自分は逃げるとはどういう事だと問いただす。
「いや、だってな。これは嬢ちゃんを鍛えるための初クエストだろ? 俺が手を出しちゃ意味ないと思わないか?」
「手は出さなくても口は出せるんじゃないですか?」
「そんな事を言われてもな、俺は戦士じゃない。戦士の戦い方のアドバイスなんて出来ないさ」
キンのいう事に少しは納得するオオカ。たしかに遊び人のキンに戦士のオオカの戦い方のアドバイスは無理だし、キンのサポートで軽くモンスターを倒してもオオカの経験にはならない。そんな理由からキンに依頼を受けた討伐対象以外を倒して無駄に疲労する意味も無い。
「だからってなんで戦闘中ずっと踊っているんですか? アレになにか意味があったとでも?」
そんな事を頭で理解した所で、怒りが完全に収まる訳ではない。なにかしら言い返さなければと口を動かすオオカ。
「あれは今度のステージのための練習だ。俺だって生活がある。カミさんや子供たちを食わせていくにはレストランや劇場でお客様の満足する最高のエンターテインメントをお届けしないとな、そのためにはたゆまぬ努力と練習が必用なのさ」
「なんですかその理由、てかキンさん結婚しているんですか? それにお子さんも!?」
「当たり前だ。俺だってもう四十を超えて五十に片足突っ込みそうな段階なんだ。カミさんも子供もいるんだよ。そうだ休憩ついでにカミさんとの馴れ初めや子供の話でもするか?」
「いえ、結構です」
「そう遠慮するなよ。カミさんは同じ村の出身でな年は俺の方が一つ上、兄妹のように育った幼馴染でな……」
聞いてもいないのに楽しそうに妻の話を始めるキン。興味が無いので聞き流すオオカ。まったく、どうしてマスターはこんな男を推薦したのだろうか。本当は冒険者の仲間探しなど興味はなかったのだろうか?
そんな事を思いながら休憩して、ちゃんと頭と体が正常に動くことを確認してクエストを再開させる二人。
キャタピラー、その名前からわかるように芋虫のような緑色のモンスターだ。しかしその大きさは人間と同じくらい大きい。
こいつらは前に戦ったトリプルホーンと違い、皮膚は柔らかいので簡単に剣が刺さり、紫色の体液を噴き出している。攻撃も糸を吐くか体当たりだけなのだが、糸も直線状なので吐き出すモーションさえ確認すれば簡単によれられるし動きも早くないので体当たりも見てからの回避で十分に間に合う。
これならば自分一人でも余裕だ。そう思うながらオオカはさっそく一体キャタピラーを倒した。
「おおいいぞ、がんばれ~」
倒れた木に腰掛け、キンはギターを弾いていた。雑な応援をしてから歌いだす。
「恋をするように~会話を重ねれば~」
今回もアドバイスも何もなく傍観《ぼうかん》しているつもりのようだ。だが気にしない。のこり四体。依頼では三体倒せばいいのだが、ここに居る全員を自分一人で倒せるだろう。そうオオカは慢心し、二体目を剣で攻撃しようと走り出した。
そして、地面に縫い付けられたように足が止まる。糸だ、キャタピラの外した糸がそのまま地面にのこり、それを踏んだことで地面に靴が張り付いてしまったのだ。
「きゃっ」
そのまま倒れるオオカ。全身が糸で地面に張り付く。そこに向かってさらに四体のキャタピラーが糸を吐き、オオカは完全に糸に囚われたしまった。
オオカを包む繭《まゆ》。その中で何も見えず、何も聞こえない。体を動かそうにも手も足も糸が張り付き、まったく動かせなかった。
オオカが繭に閉じ込められた。
「キャタピラーにも勝てなかったか……」
その様子を見つめ、魔法で出したギターを消すキン。
「防御の歌で半日は溶けないから大丈夫だとは思うが、急いで助けますかね」
キャタピラーの糸には粘着性と弱い酸性の性質がある。それによって、捕らえた獲物をゆっくりと溶かしてゼリー状にしてから液を吸うのだ。
普通だったらその繭にとらえられたら徐々に装備や肌が解けていくのだが、今回はその前にキンの歌で対策をしてある。
「時間が無いんだ。悪いけど速攻で片付けさせてもらうぜ」
キンが投げナイフを投擲。四本のナイフが四体のキャタピラーに正確に当たった。
「はい、お疲れさん」
キンが指をパチンと鳴らすと、そのナイフが爆発。キャタピラーの半身が消滅した。破裂して飛んだ体液や肉片が自分に当たらないように流水の壁を球形に自分の周囲に展開して防ぐキン。
「さてと、後はこれを病院に届けて専門家に糸を処理してもらえば終了だな」
倒れていた木を風の魔法で削り、簡単な台車を作り出す。
「あたしのハートは~いつだって~」
糸で自分の手が溶けないように防御の歌を歌いながら、オオカの包まれた繭を台車に乗せる。
そのままキンは病院に繭を届けるために魔力はこめずに、普通に歌いながら街まで戻るのだった。