「ただいま~」
「お邪魔しまーす」
友人の桃谷《ももたに》龍次《りゅうじ》と一緒に帰宅。
「おかえり、それとリュウちゃんいらっしゃい。あ、慎也《しんや》の荷物届いてるよ」
リビングから顔を出した母親が玄関近くに置かれた段ボールを指さす。
よかった、ちゃんと予定通りに届いていたようだ。これが来てなかったら龍次に学校帰りに寄ってもらった意味もほとんどなくなる所だった。
「うん、ありがと」
「じゃ、運ぶか。慎也の部屋でいいのか?」
「ああ」
先に部屋のドアを開けて閉じないように雑誌で止めてから二人で段ボールを運ぶ。
この段ボールの中に入っているのはゲーム機付きの椅子。
このゲーム機で遊べるゲームはまだ一つしか存在していないのだが、そのゲームがなんと世界初のゲームの世界に実際に入って遊ぶゲーム。VRMMOと略されているアニメや漫画の中だけの物だったゲームがいよいよ出来たのだ。
その話題性と人気はすごく高く、予約の段階で生産量を上回り僕がこのゲームを手に入れられたのは発売からすでに一カ月も過ぎた今日という訳だ。
そして目の前にいる幼稚園からの幼馴染はなんと、発売日に手に入れることの出来た幸運の持ち主だ。この一カ月間ずっとこのゲームの楽しさを聞かされながら自分の元に届くのをずっと待っていたのだ。
龍次と二人で段ボールの中身を取り出して行く。二人ともこの作業は一カ月ぶり二回目の事なので手順はわかっている。一回目はもちろん龍次の時だ。
アニメのようにヘルメット一個でという訳にはいかなかったようで、温泉に置いてあるマッサージチェアーのような椅子型。
「設置完了。ありがとな龍次」
「俺の時も手伝ってもらったからお互い様だろ。それに早く慎也と『エンドワールド』で遊びたかったしな、ほら、さっさと設定しちまえって」
「うん」
龍次につつかれ設置したばかりの椅子に座り、目元を覆う機会を被りひじ掛けに設置された電源を入れる。
眼前の半透明な液晶にこのゲーム機を作った会社、雨傘社のロゴが映し出される。
ひじ掛けの所のボタンで言語の設定や時間、ユーザー名などの本体の設定。まあ日本用の設定だから言語や時間はOKを押すだけでユーザーや連絡を受け取るメールの設定程度、五分くらいで終わりいよいよゲームの開始だ。
ホーム画面から開始するゲームの選択。販売されているゲームは一種類だけなので決定ボタンを押すだけ。
ゲームが始まると手足の感覚が薄れ体と精神が切り離されるような感じがする。水の上にただ浮かんでいるような気分だ。それが過ぎると白い部屋に全身黒ずくめの僕(鏡は無いので顔は不明)が立っていた。
『エンドワールドへようこそ。まずはアナタの分身となるアバターを作って下さい』
アナウンスとともに、目の前にマネキンが現れた。その頭上にはアナウンスと全く同じ文字。
『身長は実際のアナタの身長にあわせてあり、変更は出来ません』
身長については龍次からも聞いたな。最初はいじれるようにしてあったらしいんだけどテストプレイをした時に現実の身長と違うと違和感からコケたり、腕の長さを勘違いしてうまく攻撃が当たらなかったりと操作に支障が出たので修正したと製作者が語っていたんだとか。実際の身長をどうやって調べているかは椅子型のゲーム機が身長や体型をチェックしているんだとか。
アナウンスもその辺の説明とここで得た情報を悪用しないなどの事を言っている。
さてキャラ作成だ。肌の色や顔の形、髪型に髪色、性別や声の高さの調節も出来るようだ。ランダムで決める事も出来るし、輪郭、目、口などのパーツごとのサンプルを選ぶ方法もあるようだ。
中身が僕だからな、あんまりカッコイイ系やイカツイ系の顔にしてもギャップがあるし、無害そうなモブ顔を作成する。性別はもちろん男、声も現実そのままだ。声の高さを変えられるからネカマプレイも出来るけど龍次と楽しみたいだけなのでやる意味無いし、いつまでも女性を演じ続ける自身もない。
髪の色くらいは遊ぶかなと思ったが緑とかピンクだと違和感しか感じない。アニメとかだとあんまり気にならなかったのにな。最終的に黒目に黒髪で落ち着いた。
「うん、恋愛ゲームの親友Aか背景のモブ完成」
どこにでもいそうな日本の高校生の完成である。これなら声と性別は固定で後はランダムで作った方がよかったかな?
そんな事を思いながらも決定ボタンを押す。
『これで完成でよろしいですか?』
アナウンスと共に「やり直す」か「これでいい」の最終確認が出た。もうアバター作りに満足したので「これでいい」を選択、すると僕の姿が黒ずくめからさっき作ったアバターに変化した。
『アナタのお名前を教えてください』
続いてキャラクターネームの入力だ。ここでは普段から使っているブルータスと入れる。これは僕の苗字の青戸《あおと》をもじったもの。青戸→青と→青+→ブルータス、という流れだ。
ここで既にゲーム内で使われている名前だと変更するように言われるそうだが、問題なく採用された。
『初期装備を選択してください』
武器はゲーム中で自由に変えられるそうなので別にどれで初めても問題ないらしい。なので気楽にモーションがカッコイイと言う理由で双剣を選ぶ。龍次は銃を選び、今でもそれで戦っているそうなので近接系を選んだという事もある。
防具もデザインで選ぶ。
武器にも防具にもちょっとした効果が付いている、それは攻撃か防御か素早さの三つのどれかにちょっとした補正が付くものだ。このゲームにはレベルという概念はなく、初期キャラクターの素の身体能力は全員一緒。そこに身体強化の薬や装備品などで強化していくらしい。だから最初に選べるこの装備でスタート時点の自分のプレイスタイルを決める事になる訳だ。
だけど敵を倒して手に入れた素材アイテムを使って自分の望む能力のある防具を作る事も出来るし、気に入ったデザインの防具に強化素材で欲しい効果を育てる事も出来る。だから初期の効果は実はそんなにこだわる必要はないらしい。
それに僕には少し遊んで武器も初期から少し成長している龍次がいる。だから本当に初期装備の能力面にこだわる必要はないのだ。
そんな訳でデザインだけで選ぶ。といっても初期装備は村人の服レベルの本当に見た目は普通の服だ。
僕が選んだのは灰色のパーカーに青いジーンズにスニーカー。うん、ますますモブ感増し増しである。
『それでは「エンドワールド」をお楽しみ下さい』
キャラ作成が完全に終わり、その後にメニュー画面表示方法やステータスチェック、走ったり案山子相手の戦闘など操作説明のチュートリアルが終わるとアナウンスとともにオープニングが流れた。
このゲームの舞台ではかつて全世界を巻き込むような大きな戦争が起こった。
オープニング最初のシーンは戦争を嫌った人々が地下のシェルターに逃げ込み、戦争が終わるまで冷凍睡眠のカプセルに入っていくシーンから始まっている。
そうして人々が眠る間に戦争は苛烈《かれつ》を極め、自然は破壊され人々は徐々にその数を減らし地上から人間が完全に消える事で戦争は終了した。
残ったのは荒れ果てた世界と、戦争のために作られた殺人兵器の残骸。そして戦うため遺伝子改造で造られ、それゆえに過酷な環境で生き延びた生物たち。
そんな「|終わりを迎えた世界《エンドワールド》」を舞台に冷凍冬眠から目覚めた人々、つまりプレーヤーが戦闘に家や畑づくりにと自由に遊ぶのがこのゲームの目的だ。
オープニングが終わると、カプセルのフタが開き解凍された僕が目覚める。
「本当に現実みたいだ」
さっきまで僕が入っていたカプセルも金属の冷たさと固さを感じられる。中央に管理料の巨大な機械が塔のようにそびえ、それを囲うよう、競技場の観客席のように段々と睡眠カプセルが並んでいる。中にはフタの空いているカプセルもいくつかあるけど、あれはすでに目覚めたプレーヤーのですよって事かな?
そんな事を思いながら隣の閉じたカプセルを覗《のぞ》く。しかし霜《しも》で中身はよく見えなかった。かろうじて人がいるっぽいシルエットが見えるだけ。
「っとそんな事より、龍次に言われた事をしなくちゃ。たしかこう耳の横を……」
耳の横を二回たたく、それによって他プレイヤーとの連絡画面が目の前に現れた。
メニューを出して連絡まで行くよりこの方が早いからと龍次に教えられていた機能だ。
連絡先にはフレンド登録してある相手が現在ログイン中かどうかが見れるらしいのだが、ゲーム開始直後の僕には当然フレンドゼロ。何も表示されていない。
その画面の上の方にフレンド登録の項目。そこをタッチすると登録方法として「目の前のプレーヤー」と「プレイヤー名を入れて検索」の二種類が表示された。龍次のキャラクター名は知っているのでこれでキャラを探してフレンド登録の申請をしておけば、後はあいつがログインした時に承諾して、そっからは合流して一緒にゲームが出来るというわけだ。
ちなみにあいつのプレイヤー名は「トッポ」だ。初めてデフォルト名が無く何か名前を決めなければならないゲームをした時にちょうど目の前にあったのが始まりだ。なんでそれときいたら「だって最後までチョコたっぷりなんだぜ」と返されたのを今でも覚えている。小学校の頃からお互い「ブルータス」「トッポ」の名前でゲームをしている。まあ僕の方はたまに文字制限で「ブルタ」になる時もあったが。
そんな事を思いながらフレンド登録も終了。
ここでメニューを開いてログアウトを選択。このゲームはログアウトした場所から再開する仕様になっているので次始めるのもここからだ。
本当はさっさと遊びたいけど、現実では龍次が僕が設定を終了させるのを待っているし本格的に遊ぶのは龍次とまた「エンドワールド」に来る時でいいや。
それにちゃんとログアウト出来る事を体験して安心してから本格的に遊びたいというのも本音だ。
地震や停電などが起きた時は本体内蔵のバッテリーに切り替わり強制ログアウトの案内後に即座にログアウトや、椅子に備え付けたセンサーとカメラにより泥棒の侵入などの体や周囲に何かあれば知らせる機能、連続プレイが三時間以内でその後一時間はプレイできないなど発売前に人体の影響や安全性は十分に検証されているはずなので安心していいはずだけど、こればかりは実際に無事ログアウト出来るか試してみないと、やっぱりねぇ。
押してもログアウト出来なかったり、そもそもログアウトボタンがないなんて事件もなく無事に現実へと僕は戻るのだった。
「ふぅ、ただいま」
頭に被っていた機器を外し膝の上に置く。
「お、戻ったか」
龍次は僕のベットに腰掛け、さっきドアを止めるのに使っていた雑誌のマンガを読んでいる所だった。
「待たせてわりぃ、いちおうフレンドだけやって帰って来た」
「いや、そんな待ってないよ。時計見てみ」
言われて枕元の目覚ましに目を向ける。
「あ、本当に四倍なんだな」
体感では一時間くらいたったと思う、だけど現実で過ぎた時間は十五分ほどだった。いったいどんな技術を使っているのか知らないが「エンドワールド」の中では現実の四倍の時間が過ぎるってのは本当だったんだな。
だからゲームの連続プレイの上限である三時間もゲーム内では十二時間、半日も遊べるのだから十分と言える。
「おう、だから今からやれば夕飯までたっぷり遊べるぜ。それで夕食後も」
「夕食でログイン制限の時間潰ししてガッツリ二十四時間って事だな」
「そういう事。ってなわけで俺は帰るな、ゲーム始める前に電話するからすぐにログインしろよ。今度は一分待つ毎《ごと》に四分過ぎんだからな」
現実に相手を待たせる時の四倍はすぐでいいが、逆にゲーム内に待たせる時の四倍は長くなってしまう。だから龍次は連絡したら早く来いと言っているんだろう。
「でも今出たばかりだからニ十分は僕は入れないし焦《あせ》っても意味無いぞ」
ログインの制限はプレイした時間で変わり最低がニ十分。だから僕はそれまでは「エンドワールド」に入れない。
龍二の家までは徒歩で十分かかるかどうかくらいの距離なので急いで戻った所で僕がログイン出来ずに待つことになる。
「あ、それもそうか」
「そうそう、急いでて事故ってしばらくゲーム出来ませんってなったら嫌だろ?」
龍次がリビングにいる母親に挨拶してから帰っていく。それを玄関まで見送る。
「おう、今日はありがとな、じゃ、ニ十分後「エンドワールド」で」
「おう「エンドワールド」で」
龍次を見送りリビングに向かう。ゲームがゲームの中に入るシステムだという事は買う時に母親に説明してるけど、念のためにもう一回説明しとくか。これから三時間ほど声をかけられても反応できない状況になるけど心配するなと、そして邪魔しないでくれと。
龍次からの連絡を待っていよいよ本格的に「エンドワールド」のスタートだ。
再びの冷凍睡眠カプセルの部屋。そして視界の隅に赤マルと手紙のマーク。そこにタッチすると運営からの「ようこそ」メッセージと龍次もといトッポから「ログインしたら連絡くれ」というメッセージ。そうかゲームでしか連絡先知らない相手にはこうやってメッセージ送っとくことでログイン時間が合わなくても連絡が取れるのか。
耳を二回たたいてログイン状態になっているトッポに通話。
「もしもし?」
「もしもしトッポ? 今入ったけどどうすればいい?」
「あ、今マザーの所だろ。もうすぐ着くから入口のとこ見ながら待っていてくれ」
「マザーってなんだ?」
「ゲームのスタート地点にデカイ機械あるだろ? その人工知能の名前がマザーだ。設定としては寝ている人間の管理と外の世界が戦争が終わって人間が生活できる環境か判断して、復活後の生活をサポートするための存在らしいぞ。ドロップ品を彼女に渡す事でアイテム作成や強化してくれるんだよ。自力でアイテムを作れないプレイヤーの味方だし、いらないアイテム百個で一回ランダムガチャ出来て、たまにレアなアイテム貰える機能もあるぞ」
あの中央の塔みたいな機械がマザーか。入り口ってどこだろうと思いながら見てみるが、反対側にそんなものはない。しゃあこっち側かなと後ろを見ればそれっぽいのが見えた。
トッポの話を聞きながら階段を上っていく。
「アイテム作成って自分でも出来るようになるのか?」
「ああ、少し強くなったら行けるようになるダンジョンで手に入る素材を集めればアイテム制作台が手に入るらしい。ブルタが来るまであんまり一人で進めすぎないようにしてたから俺はそのダンジョンまだ行ってないけど今日の探索はそのダンジョンにしておくか?」
「う~ん、まずは簡単な所で操作や戦闘に慣れて、それでっから行けそうならって感じかな」
「OK、っとそろそろ着くぞ」
「こっちも入り口っぽい所に向かっているところ……」
言いながら入口に到着、すると向こうからも人影がやって来ていた所だ。
「……もしかして、トッポ?」
そこには小麦色の肌にスキンヘッド、左目に獣に引っかかれたような傷を持ついかつい顔の男がいた。
他に人はいないしタイミング的に彼がそうなのだろうか?
「お、ブルタか。なんていうか引き籠り高校生って感じだな、現実のお前そっくり」
「うるせぇよ、てかお前こそどうしたんだその姿。たっぷりのチョコが肌までしみ出してんぞ」
「ああ、ランダム作成で作ったらこれだった」
あ、こいつキャラ作成とかサンプルそのままで済ますタイプだからな。お、ランダムあんじゃんとか言いながらポチってやって出来上がったのを見もせずに「よし」とか言って確認ボタン連打している姿が簡単に思い浮かぶぞ。
「無事に合流出来たし行こうぜ。お前との冒険楽しみにしてたんだからよ」
トッポが拳を付きだす。
「待たせて悪かったな。それじゃここから俺達の物語を始めようぜ」
僕もその拳に自分の拳を会せる事で答えた。
「完、ブルータス先生の次回作にお楽しみ下さい」
「十話打ち切りかぁ~。急な展開に嫌な予感はしてたんだよね……」
そんなくだらない話をしながら俺達は進んでいく光にあふれる外の世界「エンドワールド」へと……。