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12「昭和7年5月15日」補足

(17日に更新します)

いよいよ五・一五事件へ。
とはいっても、翌年7月以降に裁判が始まるまで人々は事件の経過や真相がわからないわけですがね。



1.満州事変後の新聞

 東京日日新聞はもともと軍部寄り。
 大阪朝日は事変前は満蒙独立論に批判的でしたが、事変後は軍部よりの強硬論になります。

 その内実は、前坂俊之『太平洋戦争と新聞』によれば、
1つは非常時に新聞として軍部を支持して国論を統一するのは当然とするナショナリズム。
2つは軍部批判を行った際に不買運動が起こり苦境面に立たされたこと。
を挙げつつ、後藤孝夫氏の著作から右翼からの恫喝・脅迫があったのではないかと推測されるとしています。
 それで社内の整理部というところでは事変反対で不満が充満していたのを、人事で部員をごっそりかえて一掃したとしています。

 石橋湛山は東洋経済新報で満蒙放棄論を主張し続けたようですが、日日、朝日の両紙だけでなく、ほとんどの新聞社が強硬論になっていったと思われます。


2.昭和維新

 すみません。すぐに上手く書けないので、後日補足します。

 テロの流れとしては次の通り。
 昭和5年 浜口雄幸首相狙撃
 昭和6年 三月事件と十月事件
      満州事変
 昭和7年 血盟団事件
      五・一五事件
 昭和8年 神兵隊事件
      救国埼玉青年挺身隊事件
 昭和9年 陸パン問題
      陸軍士官学校事件
 昭和10年 天皇機関説問題
       真崎甚三郎更迭
       永田鉄山惨殺
 昭和11年 二・二六事件→皇道派衰退

 以後、統制派が軍の主流となる。

目を通したのは次の書籍です。

『2・26事件と昭和維新―写真構成 (別冊歴史読本永久保存版―戦記シリーズ)』

工藤美代子『昭和維新の朝(あした)―二・二六事件と軍師・齋藤瀏』

もりたなるお『昭和維新―小説五・一五事件』

筒井清忠『昭和史講義──最新研究で見る戦争への道 (ちくま新書)』


3.満州国独立
 リットン調査団が東京入りしてすぐに建国を宣言しました。
 調査団の報告書はwikiにまとめられています。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%B3%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E5%9B%A3

 国内世論はこれに猛反発。連盟脱退はやむなしの空気に。

 翌年、国際連盟から脱退。全権松岡洋右はできうる限り連盟脱退を避けるつもりだったが、結局、勧告を受けて、連盟脱退を宣言することに。
 失意の帰国をす松岡を、国民は英雄のように迎えます。


4.神保町

 この頃の神保町の様子は、次の書籍から。

 鹿島茂『神田神保町書肆街考』

 高価だった本が、円本の登場で低価格競争のような形になりますが、それは結局本屋を圧迫します。
 ただ、円本に影響を受けなかった本屋もあり、
1つは教科書・参考書中心の古本屋で、稲垣書店、三光堂書店、東陽堂書店など。
2つは高価な全集や叢書を扱う大手古書店で、一誠堂、北沢書店、厳松堂書店等だったそうです。

 作中の動きは、昭和14年の古書店地図を参考にしています。なお靖国通りの先には、靖国神社の大鳥居が見えました。

 「不如帰」「中学講義録」の紙は、『大東京繁盛記山手編』の挿絵からです。


5.2台の空のタクシー

 ほとんど伏線とは思われないこのタクシー。
 この日の午後五時過ぎ頃、靖国神社に集合した襲撃犯を乗せて首相官邸へ向かうことになります。

 五時半頃の襲撃。その日の内に号外が出たことは、『断腸亭日乗』に次のようにあります。

「五月十五日。晴れていよいよ暑くなりぬ。晴下銀座に往きて夕飯を食す。日曜日なれば街上の賑ひ一層盛なる折から号外売の声俄に聞出しぬ。五時半頃陸海軍の士官五六名首相官邸に乱入し犬養を射殺せしと云ふ。警視庁及政友会本部にも同刻に軍人乱入したる由」



さて、意味深な終わり方をしていますが、次回はガラッと場所が変わります。

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