僕は人に流されやすい性格なのかもしれない。
それは、自分が優柔不断である証拠でこそあるが、ある意味ではその性格を逆手に取っていると言ってもいい。
ある男の話である。
男はひどく臆病だった。彼が20歳を超えるまで、1人で飲食店に入ることすらできないほどであった。
自動販売機なら大丈夫だろうと思った。あれはボタンを押すだけだから。
しかし、後ろに人が立ってしまえば、ベリーイージーモードだった戦略系自動販売機攻略ゲームも、急激に難易度があがってしまう。
こんなところでジュースを買うなんてダサいのでは。
ジュースを選ぶ間に後ろの人が遅いと怒り出さないだろうか。
自分が押したボタンを見て、あ、それは先に俺が押そうと思っていたのに! と、声を荒らげるかもしれない。
という心配が生まれるのだ。
友人と食事に行っても、男は店員すら呼べないほどシャイだった。
ただ、それは傍から見た者の見解であった。
店員を呼んでも、来てくれなかったらあまりの恥ずかしさに赤面してしまい、泥酔していると思われタクシーを呼ばれたらどうしよう。
あ、あの人あんなに体が大きくて、きっと腹ペコなのねと笑われたらどうしよう。
そう思うと、注文すらできなかったのである。
もちろん、今はそんなことはない。
気がつくと、なんでも注文できるようになっていた。
追加の注文もお手の物だ。
自販機など、一番上の段の端から端からまで買うことさえできる。
スーツだってそうだ。
店員が寄ってきてあれやこれや隣から言われたとしても、自分の好みのものを買うことだってできる。
しかし、それにはカラクリがあった。
基本はオススメを勧められるがままに、選ぶ。あとは魔法の言葉、お似合いですよ! が来れば即購入だった。
その言葉さえあれば、男は自由に物を買えた。
車も、かっこいいですよね! の一言で決めた。
みんなが彼の背中を押してくれる。
世の中は優しかった。
これからも、男は背中を押され続けるだろう。
そして、先日男は、近況ノートに書いていた言い訳日記を褒められ、作品にしてはと勧められた。
もちろん、男の答えは決まっていた。