そもそも、なぜ生物は他の生物を捕食しないと生きられないのだろうか。
ある種の単細胞生物がそれを必要としないわけだが、育つ過程において必ず養分を要する。
子どもの頃勘違いしていたが、卵の黄身の部分がヒヨコになるわけではなく、卵黄と卵白とはちょっと違った白く濁ったものがヒヨコになる。
つまり、黄身は親の与えた養分だ。
果物で言えば種が育つための実の部分だ。
ふと思う。
この手に取って食べるリンゴと我々は何が違うのだろうか。
時が経てばリンゴは腐り朽ちていく。
それは、リンゴが他を捕食することがないからともいえる。
動物だって、捕食することが無ければ生命活動を維持できないのだから。
動物は、動く種子や卵を宿した実なのだろう。
本来は太陽のエネルギーを力に変えて活動する生き物だったのかもしれない。
爬虫類などの変温動物はその名残りかもしれない。
飯を食うということは、命を維持するためではなく、種や卵を育てるための糧なのだと思うのだ。
では、我々を繋いでいたであろう枝は? 幹は…?
いつかの未来、捕食して動き回るリンゴが地球を支配しているかもしれない。
種を守るために食う。
今日も美味しいご飯を食べながら、今日も執筆は進まなかった。