金木犀の香りが秋の到来を告げております。
玄関のノッカーを叩く音が、リビングに聞こえて参りました。
「はーい、少々お待ちになってぇ」とわたくしはいそいそと玄関へ小走りに。
こんな時は狭いお家が羨ましゅうございます。
「はい、どなたでいらっしゃいましょう」
言いながら玄関を開けます。
「えっ!」
わたくしは小さな口元を開けたまま、ドアノブを持った姿勢で凍結してしまいました。
そこには、“わたくし” が立っていたのでございます!
肩位置でカットしたセミロングの髪は、生まれついてのウエーブがゆるりと。
切れ長二重の凛とした目元。
少し西洋の血が混じっております、スッとした高い鼻梁。
桜の花びらのごとき、小さな愛らしい口元。
初雪のような白く柔らかな頬。
鏡?
いえいえ、そんなはずはございませぬ。
わたくしは普段着で秋物のオフショルダーニットに、ガウチョパンツを着用いたしております。
ところが、目の前の立つ “わたくし” はパーティ用の真紅のカクテルドレス姿なのです。
しかも、目線がかなり下。わたくしを縮小したような背丈。
でも、どうみてもわたくしで……あらっ、ちょっと待って。
よ~く観察いたしますと、目元や口元には深いシワをお化粧で隠したような痕跡が。
わたくしの肌は今のところ、剥きたてのゆで卵のごとくツルリンと張りがあり、シワとは無縁でございます。
しかも、こちらのわたくしは背筋をスラリと伸ばしておりますのに、反対側の “わたくし” は腰を少し前方に傾けております。
お顔だけ今のわたくしで、身体は老体?
「あ、あのう、どちらさまで?」
「あら、いやだ。わたくしは、わたくしですわ」
ドヒャーッ! と思わずお下品な悲鳴を上げるわたくし。
なんと鈴を転がしたようなソプラノ・ボイスまで、わたくしそのものなのです。
まさか、パラレルワールドからやってきた別次元に住まう “わたくし” ?
それともドッペルゲンガー?
軽い眩暈に襲われたわたくしは、玄関ドアにもたれました。
これまで、品性を疑われるような物語を描きすぎた、天罰でございましょうか。
すると、「うっふっふっふ」と地の底から湧き出すような、含み笑いが聴こえて参りました。
直後、「ウワッハッハッ!」と豪快な笑い声にグラデーションのごとく変貌いたします。
「明智くんともあろうものが、まだ気づかないのかね」
いきなり殿方の張りのある声が。
えっ? 目の前に立つ “わたくし” が、さもおかしそうに大笑いしながらわたくしを見つめます。
あ、明智くん?
ハッ! わたくしはイヤーな予感がしました。
「ほう、どうやらようやくわかったようで、安心したよ」
目の前の “わたくし” は、ソプラノ・ボイスから、ややしわがれた殿方の声に変わっております。
「あなたさまは、もしや――」
「ふふん。言わずと知れた、そう、怪人二十面相だよ、明智くん」
くらり……わたくしはマジに眩暈に襲われました。
以前深夜に、持参していたアドバルーンにつかまって、遠い夜空へ消えて行った往年の大怪盗が再びわたくしの目の前に、突如として現れたのでございます。
あの時は風に吹かれて、はるか彼方まで飛んで行っておしまいになったはず。
よもや生きているとは、到底思ってもみませなんだ。
“わたくし” の怪人二十面相はツカツカと、我が物顔で室内へ入って参りました。
どうなるの? わたくし……
不安を抱きつつ、それでもカクヨムさまをチェックいたします。
依存症?
あらっ、拙作「明日へ奏でる草笛の音」にレビューをいただいております!
かいしげるさま、
大変ご無沙汰いたしております。
この度はご多忙の中、ご覧くださり誠にありがとうございます!
最後の一文、まだわたくしが正気を保っておりました頃、精一杯熟考いたしました。お褒めくださり、嬉しい♡
猟奇のりょの字もない、唯一まっとうなお話でございます。
心より御礼申し上げます!