暑くなると現れる、藪蚊。
わたくしは先祖伝来の西洋甲冑で全身を装備し、庭園の草むしりに臨みます。
総重量五十キロと、わたくしの体重をはるかに上回る重装備ではございますれど、淡雪のような繊細なわたくしの肌を藪蚊から守るためにはいたしかたございません。
ただ視界が結構悪うございますため、誤って雑草ではなく大切なハイビスカスやガザニアなどを引っこ抜いてしまうこともしばしば。
あらっ、正門にどなたかお見えだわ。
わたくしは、ガシャンッガシャンッと金属音を立てながら正門へ。
そこには片膝をつき、うやうやしく頭を下げる斎藤タクミ似の車夫さまが、愛車である人力車を停めて待っておられました。
はいっ?
九九の『六の段』を完璧にするために、山籠もりをしていらしたと?
車夫さまはこれで九九はパーフェクトになったから、よければドライブがてら聴いてはくれまいか、と涼やかな目でわたくしを見上げられますの。
はあっ、まあようございますわ、とわたくしは西洋甲冑を鎧いましたまま、手を携えられて車上に。
車夫さまはわたくしをふり仰ぎ、セクシーなウインクとともに一気に人力車を加速されます。
乗用車やトラックをどんどん抜き去り、国道からナゴヤ高速へ入りました。
その間、車夫さまは六の段を必死に口にされ、時おりわたくしをチラリと振り返ります。
さすが、山籠もりの成果が発揮されておりますわ!
澱むことなく、何度も何度も六の段を唱えながら、追い越し車線をひた走ります。
すると後方から、マフラーを改造し爆音を轟かせながら走ってくるバイク集団が。
はい、藪蚊と同じ、この季節になると我が物顔でヒトさまの迷惑など、どこ吹く風と湧いて出る、暴走族でございます。
わたくしは以前から彼ら彼女たちに、お灸をすえたいと思っておりましたの。
全身をがんじがらめに拘束、身動きできないようにした後横倒しにいたしまして、耳元でお乗りになっていらっしゃる改造バイクのエンジンを、思いっきり吹かせてやりとうございます。
そのまま六、七時間ブッ続けで聴かせて差し上げれば、しばらくは轟音を耳にしたくないのでは、なんて考えておりますのよ。
あっ、それだとCO2の発生をうながして、地球の温暖化に手を貸してしまいますわねえ。
それよりも、身動きできないようにいたしまして、藪蚊を三百匹ほど入れたビニール袋を頭からかぶせたらどうかしら。
いわゆるモスキート音攻撃よ。
多少は血を吸われても、元々血の気の多い若者ですから、へっちゃらでしょうけど。
これならご近所にも騒音でご迷惑おかけしないし、本人もシュンって反省するわ、きっと。
案の定、二十台近い改造バイクの集団が人力車を取り囲むように、蛇行運転であおって参りました。
身にまとってきたのが、西洋甲冑でようございました。
対妖魔用のスクール水、いえボディ・アーマーを装着しておりましたならば、今ごろこのかたたちは、バイクもろとも空中百メートルまで吹き飛ばされているところ。
前を向いたまま車夫さまは懸命に駆け、一心不乱に六の段を繰り返しておられたのですが、バイクの轟音に、もはやそのお声は聞こえません。
揃いの特攻服に、幼稚園児が描いたようなドクロの大きな旗を振り、バイク集団は威嚇して参ります。
あまりのうっとうしさに、わたくしは腰に下げた大ぶりの剣を抜こうとしましたの。
あら、これは切れ味抜群ですのよ。うふふ。
その気配を察知されたのか、車夫さまはわたくしに向かってお首を横に振られます。
なんとできたおかたかしら!
このまま相手をするな、そういう意味ですわね。
違いました。
乗っております人力車の日除け部分の後部から、音を立てて幾枚もの厚い鉄板が現れて全体を覆ったのです。
しかも高速で回転する車輪の中心部から、細身のチェーンソウがニョキッと突き出され、勢いよく歯が回り始めましたの。
エッ? この人力車って、実は装甲車でしたの?
車夫さまは不敵な笑みを浮かべられると、次々とバイクにそのチェーンソウで攻撃していきます。
タイヤやスポーク、エンジンが大破し、哀れな暴走族集団はアッという間に転倒し、バイクは大炎上していきます。
まるで映画を観ているようでしたわ。
和製バットマン。
わたくしは車夫さまを、これからはブルースさまとお呼びしようかしら。
九九の大好きなブルース・ウエイン。うふふ。
夕陽を仰ぎながら、車上にてカクヨムさまをばチェック!
あらっ、やはり視界が悪いわ。拙作「猟奇なガール」にお★さまが増えてるような……、いえ、増えております!
蒼さま、
初めまして!
この度はご多忙の中にも関わらず、拙作をお読みくださり、また煌めくお★さまを頂戴できたこと、つばきは深く感謝いたします。
ありがとうございます!
今後ともどうぞ、宜しくお願い申し上げます♡