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いつか誇れるあなたへ ~ 追放した相手が心配なので勇者は休業して回避不可能レベルで追いかけることにしました ~
https://kakuyomu.jp/works/16817330669276806673 ◆◆◆
「ねえ、キーシェ、フヨルがあなたのこと酷く言ってたわ。私頭に来ちゃった」
ある野営準備の最中、誰そ彼刻、騎士キーシェは魔法使いマジェルジェからそんなことを言われた。
マジェルジェはフヨルの告発をしながら怒りを示していたが、その表情は笑顔だった。あるいは何かに高揚を感じ、それを隠しきれていないようにキーシェには見えた。
キーシェは寒気を覚えた。というのも、この手の手合い「誰それがお前の悪口を言ってた」という輩で碌なのにキーシェは出会ったことが無かったからだ。何の意図でそんなことを言うのか解らないが、他人への評価は自分で行った物しか参考にならないのだから余計なお世話だ、とも思った。
だがキーシェは世渡りのスキルがあった。
「ああ~ そうだったんですね~ ありがとーございますー」
必死に張りつけた笑顔でその言葉を受け流し、さっさと野営で使う薪拾いに戻ろうとする。
だが、マジェルジェは距離を詰め、キーシェの顔を狂気を含んだ笑みで覗き込んでくる。
「今度、一緒にフヨルを告発しましょう!」
「は、はい?」
これは、まずい……
断らねばならない事柄だと直感的に感じていた。だが断れば十中八九、攻撃対象に自分も含まれてしまう事だろうことは想像に難しくない。本来なら、勇者一行パーティーに別れを告げて、さっさと離れるに限る。
「ねぇ、キーシェ?」
答えに悩んでいると、マジェルジェの顔から徐々に笑顔が消えていく。
「私、戦闘中に魔法をかけてあげてるわよね……?」
キーシェの胸の内に怒りの火が灯る。
舐めるな! 貶めたい相手をいじめるために脅して来る輩に屈するなど、騎士として風上にも置けない! 疾く失せろ!
……なんて言えたらカッコいい。カッコいいが、後々問題になりかねない。とキーシェは少し汚い大人の判断をした。
「わ、かりましたー」
「そう、良かった」
適当な相槌にマジェルジェの顔に笑顔が戻る。
その後は一向に拾う薪の数が増えないマジェルジェが行う、演目「可哀想なマジェルジェ」を聞きながら、適当な合いの手を入れつつキーシェは薪拾いに勤しんだ。
とはいえ、この一件を、パーティリーダーのユウデンに伝えねばならない。キーシェはそのチャンスを伺わねばならない。マジェルジェがユウデンから離れ、ユウデンが話を聞いてくれるタイミングをじっと。
いつか、タイミングは来る。そしたらマジェルジェを告発しよう。ユウデンはフヨルを気に入ってるようだし、きっとマジェルジェの方が追放される。そうすれば、自分も勇者一行に残れる……などと思っていた。
しかし、薪拾いから帰って来たその足で、マジェルジェはフヨルの頬を叩き、告発を開始した。
叩かれて呆然とするフヨルを魔法で座らせ、誇張表現した被害を訴えるマジェルジェは続けてフヨルを静かに問い詰めていく。
「あんたのせいで迷惑してるって、キーシェもセイシルも言ってるのよ!」
思わず、聖者セイシルの顔を見るが、向こうもキーシェの顔を見る。
自分はそんな被害に遭ってないが、セイシルは本当に被害に遭っていたのだろうか、などと勘繰る。勘ぐっている間に対応が遅れ、走り出した悲劇は止まらなくなる。
マジェルジェはフヨルに詰め寄り、委縮しきって混乱を隠せないフヨルに囁くように告げる。
「大事なこと教えてあげるわ。勇者様だってあんたが嫌いだって言ってたのよ。知ってた? 私、彼と仲が良いから知ってるの」
明確に嘘だとキーシェは感じた。
ユウデンとフヨルの朝のあの時間を見れば、どう考えても邪魔虫なのはマジェルジェの方だ。マジェルジェの狙いがユウデンを奪うことだと気付いた。だからその言葉に待ったをかけようとした。
だが、マジェルジェの追加の一言の方が早かった。
「そうでしょう? ユウデン!」
その言葉に、ユウデンは書類から顔を上げずに答えた。
「ああ、そうだな」
フヨルはこの世の絶望の全てを注ぎ込まれたような表情でユウデンを見る。
ユウデンのその肯定の一言があまりにあっけらかんとしていて、キーシェは足元から何かが崩れそうな気分になった。
そして、勇者のその一言を受けて、魔法使いは他のパーティメンバーに大々的に告げた。
「だってさ! じゃあ、うちのパーティに付与術師は要らないってことで!」