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いくひ誌。【1421~1430】

※日々肉体を置き去りにする。


1421:【おじょうず】
いくひしはうそっこを、それっぽく言うのがじょうずだ。詐欺師に向いていると思う。あとは教祖か。カリスマ性はないが、カリスマ性があるように振る舞うことはできる。偽物として一流である。


1422:【演算と直感】
時代の流れを読むのはそうむつかしい作業ではない。こうなったらこうなる、を繰り返せば、こういう流れがくるだろうな、とぼんやりと視えてくる。なぜぼんやりなのかと言えば、未来であればあるほど、誤差が大きくなっていくからだ。砲丸投げの有効着地点のようなものである。じっさいにやってくる未来は、「現在」という砲丸が着地したところであり、そのほかの場所は、そうなるかもしれなかった未来でしかない。着地するまでは、どこに落ちてもおかしくはないが、ある程度の幅で、可能性が限定される。有効着地点は、遠ければ遠いほど、その可能性の幅が大きくなり、なんとなーく、その辺、としか言えなくなる。もやはどこをゆび差しても、海としか言えない、むしろ海と言っておけば十割当たる、くらいまで大きくなるともう、時代の流れを読んでも意味がなくなる。極端な話、一億年後には、いま生きている人間の総じては死んでいる、といった元も子もない話になってしまう。現代社会において、時代の流れを読むには、生物界の生態系に目を配ってみるといい。人間もまた生物であるからか、共通項が多々散見される。と、いうよりも、人間の価値感で生態系を眺めると、人間社会の反映された解釈の仕方をされるようである。嘘か真か、人間のゆびが十本だったから十進法が広く汎用された話があるが、それと似た構図と言えよう。世の中を動かしているのは利害関係である。損得だけの関係性だけでなく、一つの利害関係によって生じる流れを、一つの糧として恩恵を受けるものもある。たとえばハリガネムシはカマキリやコオロギをマインドコントロールし、水のなかに飛びこませるわけだが、沼に生息する魚は、それらを主要な餌にしたりする。ハリガネムシが激減すれば、餌となるカマキリやコオロギが落ちてこなくなるので、魚は、水棲の昆虫を捕食するようになる。すると水草やプランクトンを主食とする昆虫が減るので、沼の様相は一変する。プランクトンの異常発生を持ちだすまでもなく、水質が変われば魚は生息できなくなる。ハリガネムシとカマキリだけの関係性だけを見れば、ハリガネムシは一方的にカマキリを利用する悪者に映るが、大きな枠組みで眺めればハリガネムシの行動原理は、水棲の生き物たちにとってなくてはならない要素の一つとして機能する。同じように、人間社会にも、あれが減れば、こっちに大きな変質が加わる、といった流れが視えてくることがある。あべこべに、あちらの勢力がつよまってはいるが、けっきょくは自分たちの首を絞めるだけになるぞ、あまり近づかないでおこう、といった直感が働くようになる。人間関係の流れを汲むのはさほどむつかしくはない。組織同士だと難度はあがるが、ちいさなコミュニティならば、その組織の属性さえ見えてくれば、人間関係の法則をそのままあてはめることが可能だ。例外として、大きな組織の介入があるとややこしくなる。また、大きな組織は、内側に大小さまざまな組織を抱えているだけあって、ひとくくりに類推はできない。そうしたときは、企業を一単位として視るのではなく、業界を一つの機構として眺めると、複雑さが緩和される。ただし、遠方を眺めるようなものなので、視えてくるのは漠然とした流れである。個人から組織、業界へと、視野を広げてみると、視えてくる流れの軌跡がいずれも似たものばかりだと気づく。相似の関係性にあるようだ。もちろん一概にすべてが同じではなく、また連動しているわけでもない。個人がこうだから組織がこうで、ならば業界はこうなるな、とまではいかない。他方で、業界全体がこうで、そのなかの個人がこう動いているのだから、そのあいだの組織はこのような状態なのだろうな、とは類推が可能だ。極端な話、ブラジルのサッカー少年たちの流行と、日本の酒造業界は関連性が薄い。言い換えれば、関連性さえあれば、個人から組織、組織から業界へと、流れをあてはめ、未来の動向を類推可能だということを示唆している。あべこべに、業界がこうなるから、組織はこう動き、組織がこう動くなら、個人はこういった不満を募らせるだろうな、と考えることもできる。そうなると、個人の不満や願望は、そのとき求められる虚構に反映される傾向にあるため、つぎにどんな作品が流行るのかをある程度の揺れ幅で見定めることが可能となる。予言でもなんでもなく、どんな作品が求められるようになるのか、は時代の流れを視ていれば判ることなのだ。ただし、それらは現状、データとして存在してはいない。かといって、非論理的な類推ではない。時代の流れとはすなわち、生態系から類推可能な、傾向の組み合わせである。この場合、傾向とは、抽象化された「生物種の習性」であると呼べる。おそらく、機械学習が進めば、AIにも演算可能な事象であろう。論理的に導かれ得る筋道を有している。もっとも、そこで出力された答えの筋道が人間に理解可能かは定かではない。いずれにせよ、階層を意識し、その関連性を流れで捉えることで、傾向が抽象化される。あとはその傾向を、似たカタチの関連性にあてはめることを繰りかえせば、時代の流れがより鮮明に視えるようになっていく。機械学習と同じである。回数をこなすごとに精度は高まる。当たり外れは問題ではなく、観測していた流れがどういった結果になったのかを記憶しておき、つぎに活かせば、かってに精度は高まっていく。しかし、視ていなければ、記憶することもましてや活かすこともできない。手間はいらない。生きてさえいれば誰にもできることである。極論、ヘレンケラーであっても流れを感じることはできるのだ。水をその手に感じられたように。まずは、視る(流れを感じる)ことからはじめてみてはいかがだろう。


1423:【どう?】
まんちゃんの真似。どう? ぽかった?


1424:【ちがーう!!!】
いくひし、そんなじゃない。ぜんぜん似てない。なに言ってんのかわかんない。もっとえらそうにして! ちっとも小憎たらしくない!!!


1425:【僕ちゃん】
僕の書く文章は人を不快にさせる事が多い。故に大勢の人に読まれたいとは思わ無い。だが、読んだ事で少しだけ明日を迎えるのが苦では無くなったと感じてくれる人がこの世の何処かには居ると信じている。もし居無ければ居無いで構わ無い。其方の方が喜ばしい事だ。生きるのが苦である人間は少無い方が良い。一方では、矢張り僕の書く文章で楽に成る人も何処かには居ると思う。其の予感を拭う事が出来無い。必要な人の許に僕の書いた文章を届ける為には、出来得る限り多くの人達に読んで貰うのが効率的だ。しかし可能な限り僕は人を傷つけたく無い。そして僕の書く文章は人を不快にさせる事が多いのだ。成らば必要な人にだけ読んで貰える様にするのが僕にとって最も納得のいく展開だと呼べる。大勢の人に読まれたいとは思わ無い。時間が掛かっても良い。本当に必要としている人間は自力で探り当てるだろう。其れ位強い呪力が僕の書く文章には宿っているし、僕の書く文章を必要としてくれる人達も又、強い引力を発していると確信している。


1426:【読みにくいし】
いっぱい読まれたいのですが? なにかってなこと言ってんの、やめてほしいんですけどほんとに。てかだれ? いくひし? いくひし? それともいくひし? あ、わかった。いくひしでしょ。宇宙の果てにでも引っこんでて。


1427:【どんなに】
いくひしがどんなにゴッコをしても、異国の人を演じることはできないのだ。母国語以外をしゃべれないので。かなしい。


1428:【でも】
宇宙語を話せなくても宇宙人のフリはできるよね? 言語能力の有無はさほど重要ではないのでは? 猫の真似する人間だっているわけだし。


1429:【そうですねー】
でもここ、文章ですからー! 言語能力びんびんですからー!!!


1430:【客観的に見て】
いくひしは、いくひしみたいなやつとは関わり合いになりたくはないなーって思う。みんなもそう思うよね? あーやっぱりー? いっしょいっしょ、気があうね!


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参照:いくひ誌。【61~70】https://kakuyomu.jp/users/stand_ant_complex/news/1177354054881262233
参照:いくひ誌。【1241~1250】https://kakuyomu.jp/users/stand_ant_complex/news/1177354054885583149

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