※日々溜めこむ知識がおのれの愚かさを浮き彫りにしていく。
721:【処女性】
処女には価値があるそうだ。にわかには信じられん。価値のある(と思える)相手にはじぶんだけを見ていてほしい、の感情の延長線上に、過去の性行為の有無が俎上に載るわけで、べつだん、処女だから価値が生じるわけではなーい!(と思う)。独占欲から生じるバイアスの一形態であろう。同様の原理で、数ある宝石を手離し、私を選んでくれたという優越感を得たいがために、モテる相手に価値があるとするバイアスが生じる(のだと思う)。女は、同性であるというだけでそこに嫉妬を抱けるが、男はよほどのことがないかぎり、同性はただの石かイモである(そうか?)。いくら手に入れていようが、宝石にイモがまとわりついていたら嫌だろう(それは嫌だ)。(この場合の男女の区別は肉体的なものにかぎらない。そういう性質のコミュニティに属せば、知らず知らずのうちにそういう属性を獲得してしまうものだ。十年後には現代の貞操観念は大きく変わっているだろう)。
722:【変わらないもの】
十年後に変わっていないものを探すほうがいまはずっとむつかしい。作品に普遍性を持たせるには、時代の変遷ごとに価値の変化していく要素を複数意図的に組み込んでいるほうが有利だ。或いは、数年で消えていくものは、特別な狙いがないかぎりなるべく組み込まないほうが風化しにくい(歴史資料としての付加価値を持たせたいならば流行や時事問題などを積極的に扱っていくのは一つの手だ)。想像でしかないが、十年後の小説に「スマホ」の文字はほとんど並んでいないだろう。
723:【あくたい】
あのね、さいきんイヤなことあるとね、いくひしね、あたまのなかですっごーいひどいこと言ってスッキリすること多くってね、じぶんの好きなものを目のまえでわるく言われたときとか、あ、面と向かっては言わないよ? でもこころのなかでこうとなえるの。「一生ケチャでも聴いてろ!」ごめんなさーい、でもほんとそう、そんなにきらいきらーいってなるならずっとケチャを聴いてたらいいとおもう。ケチャケチャいっしょになって歌ったらいい。踊ってたらいい。たーのしーってなるから、やくそく☆
724:【浅薄な妄想】
雨組の勢いが弱まってきている。雨組が居丈高な言動をつよめていることからもそれは実感できた。他方で、北組が彼ら自身の縄張り内で危険な実験を繰りかえしているという話も聞かれる。雨組と北組は仲がわるい。雨組は傘下の組々に声をかけ、北のやつらをこらしめようと画策している。しかし雨組とためを張るくらいの組織力をほこる、中組とろ組がそれに反発している。対話でなんとかするべきだと、一見温厚な代案をつよく表明している。しかし問題の北組がなぜわざわざ自分たちの縄張り内で、危なげな実験を繰りかえすのかと言うと、それはそうした実験を代わりにやってほしい勢力があるためだ。いったいどんな勢力が北組に実験をおこなわせ、そしてあらゆる援助を陰から送っているのか。北組を黙らせることができなければ雨組の権威は落ちるだろう。反して、北組が実験データを積み重ねつづければ、その分、ちからを増すのはいったいどこの勢力だろうか。中組やろ組だけではない。北組がちからを増せば、その縄張り付近の組々は警戒を強めざるを得ないだろう。組織力を高めたい組にとっては絶好の機会に映るはずだ。むろん雨組だってバカじゃない。それくらいの道理は弁えているはずだ。にもかかわらず、なぜわざわざ北組を挑発するような威圧を繰りかえすのか。単純に、雨組もまた、北組という「汚してもいい庭」で実験をおこないたいためである。火に油をそそぎ、炎上したところを狙いすかさず北組の縄張り内で、思う存分自分たちの組のすごさを発揮してみたいのだろう。中組もろ組も、そのときばかりは雨組と共闘をはかり、自分たちと北組との繋がりを消そうと、思う存分、そのちからを発揮するはずだ。「庭」はつぶされ、そのうえに、共通の敵を打ち滅ぼした和平が築かれる。雨組の目論む筋道としてはこんなところだろう。おそらく雨組はいまごろ、中組に「庭」を明け渡す約束をとりつけているはずだ。残った土地は好きにしていい、その代わり、目をつぶれ、と。喧嘩よりも金勘定のほうがうまくいっている中組としては、のちのちのことを考えれば得な提案だ。じぶんの組の戦力を貸したりもするかもしれない。するとろ組だけが損をする構図になる。雨組がけっきょく、もっとも多くの利を得るように目論まれている。
725:【スマホのつぎの端末】
スマホが淘汰されるとすれば、そのとき主流になっているのは、「窓」としての機能にのみ特化した端末だろう。極薄で、伸縮自在、いくつかの形態に変形可能で、腕時計にも眼鏡にも服にだって、どこにでも貼りつけることができる。あらゆるクラウドやAIと連携し、即座に共有(同期)、好きな情報へとアクセスできる。むろん、その情報を加工する端末へも繋がることができるので、「窓」自体は情報を送受信することに長けていればよい。十年後の社会を根本から変えているのは、このようなどこでもドアじみた端末であろう。端末は持ち運ぶものではなくなり、生体認証によって、一つの端末で万人が各々に特化した「窓口」として利用できるようになる。同時に、あらゆる電子機器はネットに繋がり、「窓」を頭として、手足のように扱えるようになる。「窓」は万能リモコンとしても活躍するだろう。さながらとりよせバッグである。(※どこでもドア、とりよせバッグ:ドラえもんの秘密道具にそのようなものがあるのです。ドラえもんはご存じですか?)
726:【ふらいんぐエンゲージ】
2017年9月8日です。さいきん珍しく本屋さんへと足を運べていなくて、5日ぶりに寄ってきました。新刊がたくさんでていてやったーってなったよ。だいたい4500円分くらい購入して、帰ってから読んだのは、「僕のヒーローアカデミア15巻」と「ふらいんぐうぃっち6巻」と「終極エンゲージ2巻」でした。僕のヒーローアカデミアは相変わらず、ここぞというときに気持ちを引っ張られてしまい、ぶんぶん振り回されるので、読むのに体力がいるのかもしれないな、と感じました。基本が落としてから上げるの手法なので、耐性がない人は胸ぐらを掴まれるのに似た嫌悪感を抱くのかもしれません。いくひしはだいすきです。ふらいんぐうぃっちは今回ので断言しますけれども、えろくないのにえろいです。なんなんでしょうねこの類まれなる純朴なる色香は。もちろんたいへんおもしろく、誰かに慰めてほしいときに読むと元気のでるすばらしいオクスリです。大量摂取しても副作用がないから優れものです。おためしあれ。終極エンゲージですが、もはや今もっともエキサイティングな漫画と言っても加護は不要です。過言かもしれないけれど過言ではないと言いたいいくひしの心情を、えーいそれでも止めてくれるな、という気持ちを籠めて、加護は不要と言い換えてみました。言い換える必要はあったのか、というお言葉には、ないね! とお応えします。読み終わったあと、どの物語もおもわず胸に抱きしめてしまったほどのおもしろさです。はひゃー、ってなる。生きててよかったー、ってなる。おもしろいが、おもしろい。小説も負けていられませんね。
727:【古典と首をひねる】
歴史や古典を知らずともつぎの時代の新しい基盤となる「オリジナル」を生みだすことは可能だ。ただし傾向として、歴史や古典を知っていたほうが効率よく「オリジナル」を生みだしやすい。過去になかった組み合わせを無駄なく試していけるためであり、過去を見つめることで問題点を発見しやすいからである。問題点があるから改善ができる。反して、何も知らない状態から試行錯誤していく方法論は、イチから失敗し、数多の問題を自力で解いていかねばならない。効率がはなはだわるい。とはいえ、歴史や古典を学び、真似、それをして完成形と認め、わずかな変質を以って進化だと自画自賛するくらいならば、「学ばないほうがまだマシだ」と言いたくなる気持ちは理解できる。すくなくとも、イチから失敗し、そして数多の問題を自力で解いていく非効率な方法論のほうが、新しい基盤を築いていくのに適している。進化とは(バグの)環境への適応である。自ら土壌(環境)を開拓した者にのみ、本当の意味での「オリジナル」は宿るように思うのである。(おそらく効率は低く見積もっても十倍はちがってくるだろう。三年で成果のでることが、後者のやり方の場合、三十年はかかる。どちらか一方に偏らないのが賢いやり口ではないだろうか)
728:【中止】
圧縮作業ちゅーしー! まずはつむぐよ。間延びしたっていいよ、つくらないよりずっといいよ、まずはつくって、それからなんとかしよ? 気晴らしでつくったやつにスグ夢中になるのなんとかしなきゃだよキミ。まずは目のまえのをやっつけるんだ、重りを外すことを許可する!
729:【いやぁ、ねぇ?】
許可するってああた、書くのあたしよ?
730:【さよなら終末友人帳】
2017年9月9日です。きょうは書店さんでチェックしたかった本を立ち読みして、にっこりしてから、でも(今は)お持ち帰りしなくていいやと置いてきました。すぐには売れないかもですが、好きなタイプの本でした。名探偵なのに推理をしないなんておかしいですね。文庫化したら買おうと思います。漫画版「探偵の探偵」の2巻がでていたので入手しました。コンビニに寄ったところ「魔法使いの嫁」の8巻が商品棚に並んでいて、あっれー書店さんになかったよなー、あっれー、ってなってでも中身を読めないように封をされていて、えー、新刊だったらほしいのだけれども、と思いながら、あしたでいっか、と帰ってきたわけ、したら食パン買ってくるの忘れちった☆ きのう買った未読の本を読んだよー。「さよなら、おとこのこ1巻」と「終末少女旅行6巻」と「夏目友人帳22巻」です。さよなら、おとこのこはいくひしのだいすきな(作品をたくさんつくってくれる)志村貴子さんの新作で、いくひしは志村貴子さんの「青い花」で百合好きをゆるぎないものにしたお利口さんなので、それはもう、志村貴子さんの作品ならなんでもよろこんでぺろりんちょしたい。で、読んでみたら中身は百合じゃなくってBLでしたね。BLの棚にあったからしってたし、BLも好きだから、もちろんおいちくいただきました。でも、なんだろ。ちっこくなる設定、いる?(まんまんとショタほいほいに捕まったいくひしではあるけれども、これはあれだね、きっと編集者の意向だね、といくひしはにらむものだ)。終末少女旅行はもう、巻を重ねるごとに好きが積み重なっていく、このままだと好きのミルフィーユができちゃうね。ミルフィーユ、好きなんだ。スポンジで底上げしてないやつ。主人公はふたりいてね、一人はちーちゃんって言って、賢くて機械いじりが得意で本が好きで、きょうを楽しく生きてればいいやって相方の手綱をじょうずに握っているわけですよ。その問題の相方が、ほんと能天気で、イチに食べ物、ニに食べ物、サンシがサカナでヨンが集めるガラクタだい、みたいな物忘れの激しい、名をユーと言うのですが、ほんとは誰よりつよくてやさしくて、相方のちーちゃんを支えてるなーってのが、べつにぜんぜんそんな描写ないのだけれども、やんわりと伝わってくる、そのたびにいくひしの何かからだの奥のほうがムフフってなる。ならない? なって! で、夏目友人帳ですね。アニメから入ったにわか雨のいくひしさんでも、いまではりっぱな鍾乳洞。じゃない。まちがった。入道雲って言いたかった、いまの失敗は痛かった。んなー。基本ここにある「いくひ誌」の記事は、一筆書きの、推敲なしなので(読み返したときに誤字脱字があれば直すけど)、ドミノを倒すみたいに言葉を並べてくから、三歩進んで二歩下がるみたいなつむぎ方はしてなくて、たまにこうしたミスがある。いつもはそのあとに、それっぽいこと続けて誤魔化すけれども、きょうはちょっと誤魔化しきれなかったというか、何も思い浮かばなかったからハクジョウした。正直でいられるってきもちいい。でもきもちいいばかりではいられないのが現実だ。たいせつなひとを思うからこそ言いだせないこともあるわけで、そんなせつないやさしさばかりが詰まっている夏目友人帳も気づけばなんと22巻、なんだかんだでいくひしさんの本棚の一等地に陣取っているよむかしから、かれこれ何年の付き合いだ? 病んだ心がつらくなるたび気づくといつも新しいオクスリだしときますねー、なんて新刊が書店さんに並んでる。だいじょうぶ?なんて声をかけてくれてるの? 気遣い上手のいいやつだ。よどみが浄化されるたびにいつも思う。いくひしも、その友人帳に名前を書いてもいいですか?(だめでーす) 残る(きのう買ったうちの)未読本は「月曜日の友達1巻」と三浦しをんさんの小説「まほろ駅前狂騒曲」です。おもしろいに決まっているので、読んでも感想は書きません。あと、そうそう。これは単なる愚痴になるのだけれども、「2DK、Gペン、目覚まし時計。」の5巻をずっと探しているのに、なかなか書店さんに置いてない。いきつけの大型書店さん二店を回った。でもない。百合アンソロジーの「エクレア2」も見つけられないままなのだ。やっぱり電子書籍なのか? そのときがきたのか? 以上、現実逃避機関、改め、期間のいくひしからでした。プュシュー。
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参照:いくひ誌。【421~430】
https://kakuyomu.jp/users/stand_ant_complex/news/1177354054882920665