「ブラック!!」
「うおっ!?どうしたクロガネ!?」
部屋の扉を壊す勢いで開け放ったクロガネ。その音が耳に刺さり、昼寝を楽しんでいたブラックドッグは肩を跳ねさせる。振り返ると、クロガネは顔を真っ赤に染め、瞳をギラギラと輝かせていた。
「デートだ!サチコと!!クリスマスデートだ!!」
「へぇ、そりゃよかっ……いや待て。嬢ちゃんと、デート、だってぇ?」
クロガネの発言に適当に相槌を打ちながら、再び惰眠を貪ろうと目を閉じかけたブラックドッグ。しかし、「サチコとデート」という爆弾発言が脳に直撃し、驚きのあまり飛び起きる。
普段のサチコがクロガネに見せる微妙に距離を取った態度を思い返し、ブラックドッグは首をかしげた。その目には「どういう展開だよ」と言いたげな疑念が滲んでいる。
「クリスマスにサチコと二人で出かける……これはデート以外の何物でもねぇよな!?違うか?どうだ!?ブラック、お前もそう思うだろ!!その日にオーケー出すのは完全に脈ありだろ!!実質付き合ってると言っても過言じゃねぇよなぁ!!」
「これが!両片思い!!」と興奮したクロガネは、大きな身振り手振りを交えながら熱弁を振るう。声のトーンはどんどん高くなり、瞳には期待と妄想がギラついている。それを目の当たりにしたブラックドッグは呆れ果て、思わず前足で自分の頭を押さえた。
「待て待て落ち着け。取り敢えず、順序を追って説明してくれ」
さすがに黙っていられなくなったブラックドッグが諭すと、クロガネは勝ち誇った表情で胸を張り、満面の笑みを浮かべた。
「サチコにクリスマスカップのタッグパートナーとして出てくれって言ったら、『いいですよ』って言ってくれたんだよ!な?これってデートだろ!!そうだよな!?」
「いや微妙」
ブラックドッグは眉をしかめ、複雑な思いを押し隠しながら小さく息を吐く。昼寝どころか、頭の痛くなる話がこれ以上続くのかと覚悟を決めた。
「大会前日も2人でカードショップに行ってデッキ調整することになってんだぜ!イブもクリスマスもサチコといられるなんて最高じゃねぇか!」
「お前はそれでいいのか……」
心底あきれた様子で漏らされたブラックドッグの声は、クロガネには届いていない。
「これでサチコの予定はばっちり押さえた。大会っつぅ大義名分がありゃ俺がサチコを独占しても問題ねぇし、他の野郎どもも手出しなんざできやしねぇ。完璧だろ」
「……ほんと、妙なところで抜け目ないよな」
ブラックドッグはため息をつき、呆れたように首を振る。浮かれきったクロガネの表情を眺めながら、ブラックドッグは小さく肩をすくめた。
「ま、せいぜい頑張れよ……」
その一言だけを投げかけ、再び丸くなって目を閉じる。だが、その短い静寂の中でも、クロガネの興奮が消える気配は微塵もなかった。
そうして迎えた大会当日。クリスマスに行われるタッグマッチ大会とあって、会場は華やかな雰囲気に包まれていた。参加者の中には友人や家族、恋人同士のペアも多く見られる。
若い男女のタッグは、周囲から恋人同士に見られるのが普通だ。サチコとクロガネも例外ではない。
特に、クロガネがハートマークを飛ばす勢いでサチコに抱きつこうとしているせいで、余計にそう見えるのだ。
ブラックドッグは、クロガネがエントリーカードを受け取りに行ったタイミングを狙って、サチコに声をかけた。
「……嬢ちゃんよ、本当によかったのか?」
「何がですか?」
唐突な質問に、サチコは無表情のまま首を傾げる。ブラックドッグはクロガネの浮かれた様子に目を向け、サチコにもその意図が伝わるように言葉を続けた。
「このクリスマスカップだよ」
サチコは「あぁ」と短く応じると、淡々とした口調で答えた。
「だって賞金300万ですよ」
その一言にブラックドッグの目が点になる。
「先輩と組めば優勝は確実です。一応、邪魔になりそうなタイヨウくん達は別の大会に誘導しましたし、楽に賞金が手に入ります。分けても取り分は150万。断る理由がありません」
迷いのない言葉に、ブラックドッグはため息をつく。賞金の使い道を考えているのか、サチコの視線は遠くを見つめていた。
(クロガネの道のりは遠そうだな……)
そう心の中で呟いたブラックドッグは、浮かれた主に密かにエールを送った。
大会はサチコとクロガネのタッグが見事優勝を果たした。サチコの思惑通りだったと言ってもいい。
「おれも出たかったー!!」
ただし、大会のルールでは、二人で合計レベル5までのモンスターしか召喚できなかった。そのため、クロガネがレベル4のブラックドッグを選出したことで、サチコは残りの枠にレベル1の影兎を採用していたのだ。
三つある属性のうち、獣属性も被っており、スキル相性も良かったからの選出だったが、影法師には不満だったらしい。
「おーおー、落ち着け、影の坊主」
自身の背中に乗り、ポカポカと叩いている影法師を宥めつつ、ブラックドッグは賞金の受け渡しを終えた二人へ目を向けた。
「サチコ、今日はありがとな!お前と過ごせて本当に嬉しかった。賞金は全部サチコが持ってくれよ。お前の時間を奪っちまったお詫びだ」
「……は?」
クロガネの言葉を遮り、サチコは不満そうに眉を寄せた。
「何言ってるんですか。賞金は山分けです。それ以上でもそれ以下でもありません。それが最初の約束でしょう?」
「で、でもよ……」
しどろもどろになるクロガネに、サチコは大きなため息をつくと、声を少し落として静かに言った。
「だったら……次は、大会とか言い訳にせず、普通に誘えばいいじゃないですか」
「えっ?」
驚いた表情で顔を上げたクロガネ。視界に入ったのは、そっぽを向くサチコの横顔だ。無表情なはずなのに、どこかそわそわしているようにも見える。
「サチコ、それどういう意味——」
「知りません。自分で考えてください」
クロガネの問いを軽くいなすように、サチコは背を向けて歩き出した。その頬がほんのり赤く染まっていることに気づいたのは、ブラックドッグだけだった。
(お、これは……)
影法師に「帰るよ」と声をかけるサチコを、ブラックドッグは面白そうに眺める。
「じゃあサチコ!バレンタインで本命チョコくれ!そんで結婚しよう!!」
「ああもう!どうしてそう極端なんですか!!」
じゃれ合う二人を横目に、ブラックドッグは小さく息を吐いた。案外、これでうまくいくのかもしれない――そんな予感を抱きながら。