サチコに……嫌われた……。
俺はサチコに蔑むような目で「暫く近づくな」と言われ、ショックのあまり、意識が飛びそうだった。頭の中が白く染まり、言葉が喉に詰まったまま出てこない。何が悪かったのかも分からず、ただ、サチコの突き刺すような冷たい視線が、脳裏に焼きついて離れなかった。
そうして気がつけば、自分の部屋に戻っていた。どうやって帰ってきたのかも覚えていない。放心状態のまま、壁にもたれて座り込む。
「サチコ……」
心臓がドクドクと高鳴り、耳に響く。サチコが離れて行く姿を想像し、それだけは絶対に嫌だと、胸の奥に押し込んでいた焦燥感が、突き上げるように溢れ出してきた。
サチコに嫌われたまんまなんて、冗談じゃねぇ!絶対ぇ何とかしてみせる!!
そう決意するが、今まで友達なんかいなかった俺には、どうすりゃいいか全然分からなかった。
ただ、隠れてサチコを見守る日々。あれ?これストーカーじゃね?って気づいた時にはもう遅い。サチコに見つかり、完全に終わったと絶望した。でも、サチコは許してくれた。正直、普通ならありえねぇことだった。サチコの優しさに救われた。
だから、二度と嫌われねぇように、ネットやら本やらを片っ端から漁って、サチコに好かれる方法をひたすら書き出していった。どうせ試すしかねぇんだからな。手当たり次第に実行できるよう、計画を立てて、丸一日ぶっ通しで準備を整えた。そして、その計画を実行するために寝てるブラックを無理やり叩き起こした。
「ブラック、大会に出んぞ」
「おー、りょうか……って、どんだけ出るんだよ!?予定ギッチギチじゃねぇか!!」
ブラックはカレンダーにぎっしり書かれたスケジュールに驚き、目を見開いた。
「なんでまた藪から棒に……何かあったんかよ」
訝しげに俺を見るブラックに、俺はタブレットにダウンロードした電子書籍を開き、重要なページを突きつけた。
「これを見ろ」
「見ろって……これ、恋愛マニュアル本じゃ——」
「女性に好かれる為には、プレゼントが効果的って書いてあんだよ」
「お前、ちゃんとその意味分かってる?」
もしかしてお前、この間嬢ちゃんに言われたこと、まだ引きずってんのか?とブラックが首をかしげて聞いてくるが、無視して大会に出る準備を始めた。
「まずは1時間後に行われる大会だ。秒で優勝すんぞ」
「待て待て」
ブラックが前足を振り、俺を制した。
「つまり、嬢ちゃんにプレゼントしたいって話か?別に金ならいくらでもあんだろ」
「そりゃ親父の金だろ。サチコへのプレゼントは、俺が稼いだ金じゃなきゃ意味ねぇんだよ」
サチコに初めて贈るプレゼントだってのに、何言ってんだこいつは。親父の金で買うなんざ、論外に決まってんだろ。
「文句は受け付けねぇ、行くぞ」
「ちょっ、まっ!……だああ!仕方ねぇご主人様だな!!」
それから俺は、大会に出場してひたすら金を稼ぎ、空いた時間は全てサチコと過ごした。本にも「相手をよく知ることが大事」って書いてあったしな。あと、料理できる男も好まれやすいと書いてあったから、サチコの好物が作れるよう、一通り練習した。俺に抜かりはねぇ。
途中で、シロガネが絡んできたり、青髪のせいでサチコが怪我をしたり、|精霊狩り《ワイルドハント》なんつぅ奴らと戦り合うことになったり、気の抜けない日々が続いたが、なんとか目標額を稼ぐことができた。
自身の稼いだ金が積み重なった通帳を見て、達成感を覚える。これで、サチコへの初めてのプレゼントを買う準備が整った。何にしようか悩みに悩んで、最初は指輪にしようと思ったが、すぐさまブラックに「それはやめとけ」と否定された。
「なんでだよ」
「重すぎんだよ、まだ早ぇよ」
せめてイヤーカフにしろというブラックの言葉に、一瞬納得できなかったが、イヤーカフについて少し調べてみたら、それも悪くない気がしてきた。サチコが俺が選んだイヤーカフを身につける姿を想像し、思わず顔がにやける。
「……イヤーカフ、有りだな」
そうして俺は、サチコへの初めてのプレゼントとしてイヤーカフを選んだ。最近は、|精霊狩り《ワイルドハント》なんつぅ輩がウロついてて危ねぇし、いざって時のためにGPS機能も追加することにした。ついでに、遠く離れても通信できるように通話機能もつけとこう。ダビデル島で何があるか分からねぇしな。あるにこしたことはねぇだろ。
サチコにプレゼントする瞬間を想像すると、胸が高鳴る。俺はその気持ちを胸に、軽い足取りで田中と一緒にジュエリーショップへ向かった。