カードの中でぐっすり寝ていると、突然クロガネに呼び出された。意識がぼんやりしたまま目を開けると、そこには深刻そうな顔で立ち尽くすクロガネの姿があった。
「……ブラック」
重々しい声で名前を呼ばれ、俺はあくびをかみ殺しながら体を起こす。まだ少し眠気が残るまま、前足で目をこすっていると、クロガネはまるで重大な決断を迫られているかのような真剣な眼差しでこちらを見つめていた。その視線の中に、普段とは違う張り詰めた空気を感じ取る。どうやら俺のご主人サマは、ただならぬ悩みを抱えているらしい。
「おー。どぉしたよ、クロガネ」
俺はわざと場の緊張感をほぐすように、いつもの気の抜けた調子で返事をした。すると、クロガネは苦々しい顔のまま、自身の悩みを吐き出した。
「友情で押し通せるキスって、どこまでだと思う?」
「その思考で全てアウトだと思う」
即答すると、クロガネは「くそがっ!!」と叫びながら、壁を強く叩いた。その苛立ちぶりを横目に、俺は内心でため息をつく。やれやれ、また嬢ちゃん絡みの悩みか。懲りないご主人サマだな、と呆れつつも軽く尋ねる。
「なんだ?また嬢ちゃんと何かあったのかよ?」
俺の言葉に、クロガネは待ってましたとばかりに口を開いた。
「サチコが!可愛いすぎんだよ!!」
「……そうか」
あ、これは長くなるなと悟った俺は、近くにあったクッションを引っ張り出し、体を丸めて横になった。
「んで、今度は何がどうしたんだよ」
「最近サチコが俺に抱きついてくるんだよ!!」
「よかったじゃねぇか」
「全然よかねぇよ!!」
クロガネは頭を抱えたまま叫んだ。俺にはさっぱり理解できないが、クロガネには切実な問題らしい。
「こっちは常にギリギリだってぇのに!これ以上可愛いことされたら抑えらんなくなるだろぉが!!抱きつかれてんのに何もできないって拷問かよ!!ちくしょう!なんであんなに可愛いんだ!!好き!!!!」
顔を真っ赤にして唸るクロガネを横目に、俺はクッションに身を預け、適当に聞き流す。
「もっと危機感を持ってくれ!俺に!!」
「それ、自分で言ってて悲しくなんねぇ?」
呆れた口調で返すと、クロガネは「うるせぇ!!」と吐き捨て、さらに顔を赤らめて背を向けた。肩越しに小さく苛立ちの声を漏らすその姿に、俺は苦笑しながら、クッションに寄りかかって寝る準備を整える。
「……つむじならセーフか?」
「やめとけ」
俺が真顔で突き放すと、クロガネは一人で悶々と唸り始めた。結局、俺のご主人サマは抱えきれない惚気を吐き出す羽目になり、俺はその甘ったるい話を聞き流しながら、心地よい眠りに戻っていった。