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【ナイショノート③ ~テーマのための思考実験・100万円の価値がある一円玉~】

たまには趣向を変えて、私のテーマ設定についてなどを。
私は物語の中になにかテーマを盛り込みたいタイプです。

たぶん答えの出ないテーマ、でも考えてみるべき問い、そういうのが好きですね。

今回はそんなテーマを考えるための思考実験です。
まぁよくこんな感じのことを考えてますよ、という話です。


問『その一円玉には100万円の価値があるのか?』


100万円の車を買いに行ったとします。
しかしポケットの中には999,999円しか持っていませんでした。
つまり1円足りません。
たったの1円です。
ということで車が買えません。
(1円くらい「まけてくれる」というのはナシですよ)

そこで近くにいた男の子が1円をくれます。
それを足すことで、めでたく100万円の車が買えました!

この時『その子のくれた1円には100万円の価値がある』という話です。

その1円がなければ車は買えません。
その1円があれば100万円の価値の車が手元に入ります。

ということで、この1円玉に100万円の価値がある、と言えるわけですね。

しかし、1円はやっぱり1円の価値ですよね?
999,999円に含まれる1円玉とも全く同じ価値ですよね?
特別な1円でも何でもない。
でもその状況であれば100万円の価値になる。




なんだか不思議だと思いませんか?
とまぁ、こんなことをよく考えてます。

ちなみにこの論理、政治の世界なんかでも見かけますよね?
とくに深い意味はありませんが、そんなことも連想します。


みなさんはどう思いましたか?
どんな答えを出しますか?
お時間あったら答えを書いてみてくださいね!
他の人がどんな風に考えているのか興味あるんです。

10件のコメント

  • こんにちは。
    私も似たようなことは「0」と「1」でよく考えます。
    0と1の差はたった1しかありませんが、0は「不動」であるのに対して、たった1でも1には「動き」があります。

    これを人生に例えればもっと分かりやすいです。

    まったく自分からは動かず──あるいはさまざま事情で身動きが取れず──0のままでいることと、ほんの小さな一歩でも、夢や目標に向かって歩くことでは、天と地ほどの差があるように思うのです。何故なら0はいくらかけ算をしても0のままですが、1は100をかければ100に。1000をかければ1000にも成りうるからです。

    少し抽象的になりましたが、こうした人生の葛藤を描くことが、私の作品に通低しているように思います。




  • 宵待さん、こんばんは。
    お付き合いいただき、ありがとうございます!

    0と1、これは私もよく考えるテーマですね。
    この間には数字以上の深淵がある気がしますよね。

    人生ではやるかやらないか、決断の有無には大きな開きがありますからね。
    まぁその選択の連続そのものが、人生の要素かなとは思います。

    ただ大事なのはその決断を自分ですることが大事、というのが私的なテーマになっていきますね。その決断を人に任せたり、運命に任せたりすると、逃げ道が出来る。でも自分で決断した場合は、少なくともあきらめが付きますからね。
    ただまぁ、いつもそう力強くいけないのもまた現実だったりしますからね……

    あと私が興味あるのは生物と無生物の間の0と1ですね。
    なんかそういう本があったと思うのですが、未読です。
  • 関川さん、こんにちは!
    またまた面白いお題ですねー、思いつかれるところが凄いですー!^-^

    100万円のお話を拝読して思い出したのが、昔、友人がお財布に3円足りなくて、欲しかったワンピースが買えなかったという話でした。
    1円を笑うものは1円に泣く、という諺どおり、彼女は泣きそうでした。

    そのワンピースはファッション雑誌に載っていたもので、たまたまお店に在庫があり迷いなく買おうとしたところ所持金が僅かに足りなかったようでした。
    人気商品でお取り置きはしてもらえず、当時クレジットカードも持っておらず、泣く泣く諦めて帰ってきたとのこと。

    そのとき、確かに関川さんがおっしゃるように、その足りなかった「3円」にはワンピース代「5万円」の価値があると感じたものです。
    そして同時にもうひとつ感じたことがありました。

    ファッション雑誌でそのワンピースのデザインを見たのですが、当時27歳だった彼女にはギリギリ似合うものだと感じたのです。
    つまり翌年の夏、もしくは数年後ではとても着られないだろう……という、着用する者の年齢を限定するようなものでした。

    足りなかった「3円」とは「5万円」の価値と共に、時間的価値もあるのだなという印象です。
    苦労してお金を貯めて買ったものも、すでにその年齢では似合わなくなっていた……そんな感じです。

    長くなりましたが、モノによるとは思いますが、付加価値は思った以上に存在するのかもしれませんね!

    うまく説明できてるか分かりませんが、参考にしていただけましたら幸いですー。^-^
  • コノハナさん、こんばんは!
    お付き合いただきありがとうございます!

    三円、というのがまた絶妙に足りないですね。たぶん言えばまけてくれるかもしれませんが、それはまた恥ずかしいでしょうしね。
    ちなみに一緒に行く人がいたら100円ぐらい借りて、あとでケーキセットのお返し、なんてこともあるかもしれませんね。そう考えると一円玉でも一円以上の価値をもつことは多々ありそうですよね。

    それと時間的価値、コレも大事ですね。あるんですよね、その時に手に入れる必要があるものが。でないとずっと心残りになったりする。で、心残りのモノに限って、あの時買っておけば、という気持ちがずっと残ったりするんですよね。

    心とのバランスというか折り合いというのもまたありますね。

    なにかしらいろいろと考えるきっかけになるようなテーマ、また捜していきたいですね。
    コノハナさんもなにかありましたら、教えてくださいね!
  • 関川さん、ご丁寧に近況ノートへご連絡くださりありがとうございますー!
    常々いろんなことを考えておられる関川さんを尊敬しております!^-^
    なにかテーマを思いついたらコメントさせていただきますね!

    最近、近況ノートを書いたり読んだりするのがどうも自分の性格と相性悪く……活用できていないわたしです。>_<
    返信しても相手に通知されないというのも原因でしょうか……。言い訳ですね。。

    関川さんもこのところお忙しいのかなぁと思いますが、どうぞリアルと心身の健康を最優先で頑張ってくださいね!
    ちょっと最近寒かったりしますので、ご体調に気をつけてお過ごし下さいませー。^-^
  • 関川さん
    こんにちは(о´∀`о)ノ

    今回のテーマとちょっとちがうのですが、498円のものを買おうとしたのに小銭が497円しかなくて、いちまんえんをレジに出すとき、「ぬぉー」と思います。

    「1」違うだけで、大きく変わるもの。

    1点足りなかった入学試験。
    19歳と20歳。
    PV0とPV1。

    「1」あるかないかで変わってしまう世界があるというのに、このたびは拙作にたくさんのお★さまをくださり、ありがとうございますm(__)m
    励みになります♪
  • 眞実さん、こんばんは!

    分かります。お札くずしたくないですよね。
    万札が崩れると溶けるように無くなっていくんですよね……
    それが分かっているだけになんか悔しい(笑)

    「1」違うだけで決定的に違うモノ、沢山あるんですよね。
    ま、年齢の区分けなんかは女性ならではかな、なんて思ったりして。

    眞実さんの「いつか、イモーテルの丘で。」いつも楽しませていただいております!評価の★は気になるところですが、気にしないのが一番ですね。
    大丈夫、しっかりと面白いですから、安心して連載頑張ってください!

    ということでお付き合いいただきありがとうございました。

  • 関川様

    こんばんは。

    先程は「放課後対話篇2」に星をいただいて誠にありがとうございました。
    応援もたくさんいただいて大変励みになりました。

    面白いと思ったものを形にして分かってもらえる人がいるのはこんなに嬉しいものだと気づかされた思いです。

    100万円の価値がある1円ですか……。
    それは裏を返すと「欲しいものを買う」という目的が果たせなければ999,999円もゼロと同じということになりそうですね。
    でも999,999円がなければ、車が買えないのも同じはずです。

    ここぞという時に現れた存在と、既に認知している存在では前者の方が影響力が大きく見えるということなのでしょうね。

    ネガティブな例えで考えると周囲の人間に傷つけられながらもギリギリでのところでこらえて必死に生きている人間が、何気ない一言がとどめになって自殺したくなるほど絶望したとします。その責任は「その一言を発した人間だけ」にあるのかといえば、そうではなくそこまで追い込んだ周囲の環境全てにあると思います。

    逆に肯定的な状況ならば、懸命に努力して、あと一歩のところで目的を果たせるという所で協力してくれる人が現われて栄光を掴んだとき、その栄光は協力者だけの功績ではなく、その人のそれまでの努力も等しく評価されるべきではないでしょうか。

    ただ、こういう風に錯覚するという心理的な状況は面白いですね。

    閑話休題。
    この度はありがとうございました。
    今後ともお付き合いのほどよろしくお願いします。
  • 雪世さん、コメントありがとうございます。
    放課後対話篇2、すごく面白かったです!
    雪世さんのこのシリーズ、すごく完成度が高くて、すごく充実した読書をさせてもらってます。

    今回のテーマの件、さすがの斜め上の切り口ですね。
    999,999も変えなければゼロ、たしかにそう言うことですよね。

    ちなみに最後の一円が影響力が大きいというのが、まさに今回のテーマの肝でした。そして実際に一円以上の価値を持つことになる、というのも考えていたことです。

    コノハナさんのとこでも書きましたが、ここで一円を借りることで、あとで一円以上のお返しをすることになる、というのもあり得る話だと思います。貸すからあとでコーヒーおごってね、的な。

    これがカネではなくて、例えば多数決での意見の集約となった場合に、天秤を傾かせる最後のひとかけらには、一円以上の価値がついて回ることもあり得ると思うわけです。
    オレが票をいれるから、ナイショで便宜を図ってくれ、的な話ですね。

    同じ一票、一円のハズでも、そういう使い方をすると、一円以上に価値を膨らませることができる。そう言うことに長けた人たちもいるだろうなぁと。

    でもそれって公平な事ではないよな、なんて思ったりするわけです。
    こういうの考えているとなんかモヤモヤするわけですね(笑)
  • こんばんは。

    先程は私の「放課後対話篇 番外編」に素敵なレビューコメントをいただき誠にありがとうございました。

    関川さんの作品は、いくつもの伏線と読者を飽きさせない盛り上がりを保ちつつ、最後には話がテーマとともにまとまる長編になっているのでいつも感心させられています。

    私はワンアイディアをキャラクターを動かすことでどうにかふくらませているので、作品の傾向に共通するものを感じながらもスケールの違いに唸るばかりです。

    応援もいただきましてありがとうございます。
    これからもお付き合いのほどよろしくお願いします。
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