ぜんっぜん書けない苦しみのなか、インプットが尽きたからではとかいう戯言ないし言い訳が脳内に聞こえてきたのでホイホイと引っかかることにしたんです。そこで私が選んだのは、何の因果か江戸川乱歩でした。いちおう申し上げておきますと購入したのは例の騒動以前でありんす。そうです。
もう時間がないとなったら熱を籠めていうのです。
古典、読もうぜ!
――初出は1930年なので言うほど古典でもないんですけどね。
というわけで江戸川乱歩『孤島の鬼』を読みました。
面白かったーのでネタバレ注意ー。
えっと……これジャンルis何。探偵小説とか冒険小説に近い? ホラー? いいえ、私が読んだのは創元推理文庫版なのでミステリーです。
冒頭、これは主人公の手記である旨、事件は解決している旨が語られた後、物語は主人公の青年が職場の同僚女性と付き合うところから始まります。結婚を考えるまでいくんですが、学生時代に仲良くしていた同性愛者が金に物を言わせて略奪婚しようとしてきて、やきもきしてたら彼女死んだー!? さあミステリだ!(.303 15本 42点)
で、ひとまずネタバレ防止でざっくりあらすじを書くと、このあと主人公は探偵に相談したり同性愛の友人と和解したり第二の事件が起きたりしつつ黒幕を追いかけて孤島に行くことになるのでした。ここまで三分の一くらい。そっから先がメインディッシュ。
文体はまあ、乱歩ですし、ちょい古いかなという感じ。読み難さはありません。現代ではあんまり使わない仮名遣いも多いので、そこは突っかかるかもくらい。ただ主人公の手記という体裁なので、ミステリとか冒険的なハラハラドキドキよりは、ホラー的な趣のが強いです。竹中英太郎の挿絵や題字なんかも序盤の探偵小説から怪奇探偵、怪奇・探偵に変わるのでジャンルごとホラー寄りになっていきます。
さてここからはネタバレ多めであらすじとか。
主人公の蓑浦くんは恋人を殺され、探偵に相談するわけです。ところが、その探偵も殺されてしまいます。第一の事件は長屋の密室トリックで、第二の事件は海水浴場という衆人環視の密室トリック。
なんで、最初は私も謎解きに挑戦しようとしたわけです。密室については家のなかにいたパターンから隣から屋根裏と想定です。乱歩だし(メタ)。ところが壺がでてきたことで事態が変わります。最初はフィラーというか壺のなかに蛇パターンとか考えたんですけど挿絵を見て分かりました。入っとるだけやん。私、壺をもっと小さいものだと思ってましたよ! この壺でけえ! というわけで第二の事件も簡単です。子どもに砂をかけてもらってたんだから子どもが殺したんでしょ?
さあ、問題はここからです。
どうも事件の動機は蓑浦くん彼女の出自にありそうと分かり、それはどうやら蓑浦くんに激烈な愛情を抱く諸戸くんの実家と関係があるようで、二人は孤島に旅立つのです。ようやく訪れる孤島の鬼タイム。鬼とは諸戸の親父さんで……現代だと表現が難しい部類のあれこです。人体改造ボディホラータイム。というか、言い換えが、ムズ……冒涜的なあまりに冒涜的な、言い表しようのない、私の語彙力の低さをお許し下さい的な内容がダラダラと続いていきます。
ただなんか、わりとあっさり親父さんを閉じ込めるのに成功し、次は地底探検パートに移ります。無論、迷宮にはまりて森鴎外るんですが。ちゃんと白髪鬼の伏線も回収、なんか知らんうちに事件解決、脱出、大団円……って諸戸くん死んでるじゃないか! いえ、冒頭でもう死んでるって書いてるんでそこはいいんですけどね。
お気に入りポインツ!
んー……特にどこがというと、けっこう強引なのがパワー! って感じで好きかもですね。次点で主人公の誘い絶対にウケない蓑浦くんとベタ惚れ激重湿度ビチョビチョ同性愛男子諸戸くんとのバディ関係ですか。
なにがお気に入りって、蓑浦くんが無自覚にも自覚的にもクズというか、酷くない!? ってなります。蓑浦くん、諸戸くんに惚れられてるのに気付いてからの初手がぎゅっと手を握ったりちょろっと距離近めにしたりしてでも迫られるとキッモ! とかいう、お前さあ! みたいな奴です。可哀想すぎるというか、そんなのに惚れてしまった諸戸くんはもう因果というか因業というか、蓑浦お前さあ!
しかも蓑浦こいつ基本的に役立たずで事態を悪化させることが多いんですよ。で、諸戸くんが主に愛のパワーで奮闘、蓑浦くんを助けるんですよ。絶対に実らないんですけどね。
なんなら蓑浦くん、死んだ彼女の実の妹が可愛くて結婚して良かった良かったとかいう……まあこれは戦前だから仕方ないか……。
これ物語をどう読むのか問題ではあるんですが、蓑浦くんの手記という体裁から考えると希代の悪女日記と読むのも面白そうです。蓑浦の悪女ムーブは必見。
気になるポインツはー。
昔の小説にいっても詮無いことですが、オチの付け方ですかね。ラスボスの倒し方とか、迷宮からの脱出法とか、あと人物同士の関係とか、わりと適当というか世間って狭いわねえというか、なんならこれ蓑浦の手記だし蓑浦がそういうことにしようとして書いてるんじゃないか疑惑が……。
特に諸戸くんの死とか、実はお前が殺したんちゃうかとか思っちゃったり。いやでも性格的に手元に置いておいて一生おれのことを愛してくれ俺はお前を愛さないし女といちゃつくとこ見せびらかして嫉妬に狂わせるけどなあ! それでも俺を愛さずにいられないんだろう!? したかったのかも。本当に蓑浦お前さあ。
まとめ。
若干グロテスクというか、現代の感覚だと時代的な配慮のなさ具合が多少の不快感を呼びそうな気配がなくもないですが、探偵小説として読むと時代を超えて面白いと思います。王道というか、乱歩の切り開いた道を後続が舗装して現代人はそこから始めてる感じなので当たり前といえば当たり前。
他に同性愛が主軸に入ってるのでBL路線で名前があがるのも頷けます――が、乱歩の作家性を考えると取り扱い方としては、まあ小説を読むときに作家性を考慮するとか不毛すぎるので好きなように受け取ればよろしいですね。
その意味で、悪役令嬢がどうたらとかではないガチの悪女物を書きたい方にとって、本作の蓑浦くんの挙動は必見です。諸戸くんに感情移入まではしなくても、第三者として読んでいると蓑浦お前ぇ! となること請け合いです。
そう考えてみると以前に読んだ『烏に単は似合わない』が松本清張賞なのも理解しやすくなりました。そうです、あの主人公というか語り手というか、あの女。
さてはオメー蓑浦だな?
さあ、みんなも江戸川乱歩『孤島の鬼』を読んで、身の回りの蓑浦くんを探してみよう!
明日のラッキーかんたん蓑浦くん
『ああ、怖い、怖いです。手を握っていて下さい。離さないで下さい。あ、気持ち悪いからそれ以上は……そんな顔をしないで。僕たちは友だちでしょう。ああ、凍えてしまいそうです。抱きしめて下さい。あ、そうではなく。それはキモいのです。僕が抱きつきますから何もしないでください。やめろ。友だちでいられなくなるよ。僕は君を恨んでしまうよ。あ、一人にしないでください。寂しくて死んでしまいます。手を。手を。』