「――というわけで、現場はほぼ密室と言ってもいい状況です。いったい誰がどうやってNさんを……」
話を聞いていた探偵・ロックはラッキーストライクのフィルター付きミニシガリロを唇に挟んだ。
「一つ」ロックは左手の人差し指を立てて揺らしながら、ターボライターを握りしめた。「お尋ねしても?」
ライターの青白い炎でシガリロに火を灯し、ロックは濃密な煙を明後日に向けて吹きながら言った。
「Nさんの部屋には椅子がありませんでしたか?」
「は?」
「椅子です。絞殺だと仰っていたでしょう」
刑事はしばらく考え、思いついたように言った。
「……ああ、自殺だと? いや、それはないと思います。Nさんは椅子に座った状態で発見されていますし、部屋に縄を掛けられるような場所はありません。もちろん、さっき言ったように窓も扉も閉め切った状態です」
「ええ。それは聞きました」
余裕綽々とシガリロを吹かすロック。
対象的に刑事は困惑しきりだった。
ロックは言う。
「たとえば、イギリスのV社が1976年に販売したリクライニング機能付きロッキングチェア『ビフォアサッチャー』にはヘッドレストに専用の枕を置いてベルトで固定する機能がついていました」
「……は?」
「販売から三ヶ月が経ち、事故が起きたんですよ。枕の使用中にリクライニングを最大角まで倒したのちロッキングすなわち揺らすと、ベルトの圧力で枕が滑り抜け同時に頭がベルトの下を潜って首にかかってしまうんです。驚いた使用者がリクライングを戻そうとするとベルトも締まり、必然的に首も締まってしまうんです」
「えーと……」
「79年に改良版が出ましてね。ベルトが枕以外のものを挟んだときは、椅子の高さを下げるか五分待つとベルトが勝手に外れて椅子のなかに収納される仕組みになりました」
話に夢中になるあまり、ロックの手のなかでシガリロの火が消えていた。
ロックは吸口にふっと息を送り込み、またターボライターで火をつけた。
「Nさんが同じ椅子を使っていれば――」
「使ってるわけないでしょう」
「…………」
「普通の椅子でした」
「フフッ」
ロックは呆れ気味に失笑する。
「語るに落ちましたね、刑事さん」
「……なんですって?」
「『普通の椅子なんていう椅子はない』」
刑事は息苦しそうにネクタイを緩めたりしなかった。
「……パイプ椅子とか」
「まさに。パイプ椅子とはパイプでできた椅子であり、普通の椅子ではないんです。ご存知ですか、刑事さん。後楽園ホールで使用されているパイプ椅子はK社製で破壊した場合、弁償として罰金込みの五千円からするんです」
ロックは勝ち誇るような笑みを浮かべながら、残り短くなったラッキーストライクを灰皿に置いた。
「……ええと、ロックさん、それは分かりました。しかし、それと事件の解決がどう……」
「Nさんの身長と体重を教えてください。特に大腿の長さと座高。首の骨の長さと頭の直径。安らかに楽になれる椅子を探してみせますよ」
「……Nさんは亡くなっておられるんですが」
「では」
ロックは指をパチンと鳴らした。
「刑事さんが集中できる椅子をご紹介しますよ。下の階にサンプルが置いてありますから、お試しください」
オチまでもう少しかかりそうだからやーめた。