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図書館通いのえふさんの話

 図書館で、返却された本を棚に戻すボランティアをしているえふさんから聞いた話。

「たまに利用者から声をかけられ、一緒に本を探したりします。なかなか大変です」
「検索機あるのに見つからないの?」
「『土屋賢二さんの書いたミステリー小説を読み返したい』ってやつがなかなか骨が折れました」
「土屋さんがミステリー?」

 ここで簡単に説明すると、土屋賢二さんは大学で哲学を教えている教授で、これまでだした本のうち九割がエッセイで一割が哲学の本だ。
 つまり小説は一冊もない。筈だ。

「作家名を間違えてない?」
「いえ、合っています。その人は、その本を一回だけ読んだことがあります。土屋さんがミステリーを書くなんて珍しいと思ったそうです」
「肝心のタイトルは?」
「さあ」
「あー、タイトルを忘れちゃった系の本探しか」

 このパターンは厄介だ。
 答えがはっきりしているだけに、そこへ辿り着くヒントが不十分なせいでやきもきする。
 ほらあれだよと言われても、こっちは知らないのだから通じない。

 少し脱線するが『100万回死んだねこ』のような、微妙にタイトルを間違えているパターンもある。
 
 なんとなく覚えているというのは見つけ出すまでに時間がかかるが、最悪見つからないことだって起こりうる。

「アンソロジーに収録されていた?」
 それらしい予想を言ってみると、えふさんは首をかぶり振った。
「素晴らしい着眼点ですが、正解ではありません。土屋さんもミステリー小説を読んでいたらしく、せっかくだから書いてみようという流れになったのです」

 土屋さんも?
 その利用者もミステリーを読むから親近感が湧いたという意味合い?
 そもそも、なにがどうなって小説を書く流れになったんだ?
 読者がいきさつを知っているのなら、前書きや後書きに書いてあったのだろうか。
 いや、たとえ書いてあっても本を見つける手がかりにはならない。

「ミステリーを書く小説家と対談して、小説を書くコツとかを教わっていたそうです」
「それ、本の内容?」
「はい」
「それは……小説ではないな」

 最終的には検索機でその本を探したらしい。著者名と、利用者とのやりとりで得たキーワードで本は見つかったという。

 えふさんは、たとえ自分の知らない本でも、見つけ出せる。
 うまく聞き出せば、なんとかなるというが、どんな質問で正解に辿り着くのか想像もつかない。

「まあ、たいていは深掘りしなくてもいけますよ。ためしに、“ヒントなし”でも解ける図書館クイズを出してみましょうか?」

 検索機があればすぐに解ける謎なんですけどね、と前置きをしてから、えふさんはクイズをだした。

 『平松洋子さんの文体がすごく好きで、たまに借りるんだよね。穏やかで、なんとなく目で追ってしまう文章……とりあえず読んでみたら言いたいことがわかるから』

 友達に勧められたので、さっそく図書館で平松さんの本を借りようとしました。
 しかし、いくら小説コーナーを眺めても、本は見つかりません。
 日を改めても、やっぱりありません。
 しかし、本当は棚にあったのです。

「なぜ、見つけられなかったのか? 『検索機を使わなかったから』以外の回答で答えてください」
「おい、人の体験談をネタにするな」

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