こんにちは。最近不思議な体験をしたから おたよりをおくるよ。
きみ 怖い話 好きでしょ。
これは九月の出来事だ。
九月になると 日ぐれがはやくなるね。
まだ七時なのに もう空がまっくら。
夏の夕ぐれになれていたから あれ もう夜なんだと つい空を見上げて 歩いていた。
つまり 足元に注意を向けていなかったから 巻き貝を思いきり けとばしてしまったんだ。
そう 本物の貝がら。
でもこここから海は かなりはなれている。
このあたりに住むだれかが 海に行った思い出として 巻貝を持って帰ったのかもしれない。
りっぱな貝がらなだけに 落としたのが悔やまれる。
街灯の下ではのっぺりと浮き上がって見えたけど しゃくねつの太陽に照らせば金剛石のようにきらめくだろう。
ところで 巻き貝の奥には波の音が聞こえるんだって。
だから そっと耳を寄せたら・・・本当に聞こえたんだ。
─────── ぅぅちゃぁああん!!戻ってきてえぇ!いかないでええ!!
波の音。そして甲高い声。誰かを呼んでいる。
それは女の人。泣き叫ぶ声が一気に近づいてきた。
あまりにショックで その夜は女の声が頭からはなれなかった。
つぎの日になってもまだ聞こえる。
落ち着きを取り戻して ようやくおかしい状況をのみこめた。
ショックが強くて耳に残っているのではなく 左耳に声が住みついているという表現がしっくりくる。
海で誰かを呼んでいる。
波の音がジャマをして 肝心の名前がにごって聞き取りづらい。
海水を飲み込んでむせながらも「戻ってきて」とこんがんする声が頭がい骨にひびく。
だけど 頭の痛みだけでなく 必死に誰かを追いかけたいあせりも伝わってくる。
いとしい人が どんどんはなれていく。
そっちへいかないで。
このままだと死んでしまう。
お願い戻ってきて。
脳内のスクリーンに 海面から顔を出して 数メートル向こうにいる後頭部を追いかけるシーンが浮かび上がります。
それは「戻ってきて」と叫ぶ女の人の目線から見た光景。
陸の上にいるのに 無意識に息を止めてしまう。
精神がまいって 妄想にも苦しめられるようになってきた。
たよりになる知り合いがいる店へかけこみ どうにかしてほしいとすがりつくと その人はなぜか納得した様子であることを教えてくれた。
その人は 盆前に海でおぼれ死んだ女の人のために とむらい用のロウソクをたてたんだって。
「だが 手ごたえがない。つまりいないってことだ。すでに成仏したか別の場所にさまよっているかのどちらかだろう」
これはたまにあるという。
めずらしくはないようだ。
だけど みょうだなと思ったから キオクの片すみにのこっていたらしい。
「彼女は水着ではなくワンピースを着ていた。もしかすると事故かもしれないし事件かもしれない。だが女の人の家族は悲しむ素ぶりを見せない。だから死因が気になっていたんだ」
その知り合いは 店にある黒電話で誰かに電話をかけ始めた。
誰だろうと思っていると 受話器話を渡された。
え なんで。
でも理由を聞く前に電話がつながってしまった。
「はい」とぶあいそうな男の声が聞こえた。
ああ どうしよう。
パニックだった。
それなのに 口が勝手に動いていた。
「──ぅぅちゃあん!やっと追いついた!一人にしないでよおぉ」
脳内に住み着いたあの声が、言葉となって出てきた。
でもセリフがちがう。
なんでそんなことを言ったのか 自分でもわからない。
すでに電話は切れてしまい 何とも言えない静けさと気まずさが室内をおおう。
…………。
静かだ。
もう叫び声は聞こえなくなっていた。
「どうして女の人は海でおぼれたの?」
電話をとったぶあいそうな人と なんらかのつながりがあるのだろう。
でも知り合いも詳しいことはわからないみたい。
「あと一人おぼれかけた人がいたがソイツは自力で助かった。つまりその女の人は陸に向かう誰かに叫んでいたというわけだ」
「そっち?」
てっきり 自殺しようと海に歩いていく誰かを追いかけて 女の人が命を落としたものだと思い込んでいた。
あの幻聴が聞こえているあいだ 「あの人はどこへ行ったのだろう」と ずっと気になっていた。
まさか 自分だけ救われていたとは。
あとから聞いた話だけど 供養用のロウソクを売っている店に 「あの女の声をどうにかしてくれ」と男がかけこんできたらしい。
どうやら移ったみたいだ。
結局あの二人はどんな関係なのか不明なままだから きみが自由に考えなよ。
きみは 怪談ラジヲをやっているみたいだから ネタとしておくるね。
それじゃあまあいつか。
お元気で。
九月九日
ひろあき
ラヂヲパーソナリティ