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❦辻宮くんと【心霊写真】

 ちやほやされたい。
 たったそれだけの理由で、あたしは怖い話を集めている。

 たいていの子は怖い話が大好きだ。
 だから図書館でホラー小説を読みあさり、インターネットで都市伝説を検索して頭にたたきこんだ。

 その努力がみのり、小学生の頃のあたしは、学校で一番怪談にくわしいヤツとして知れ渡った。
 幽霊が苦手な子や存在を信じていない子から「また怖い話かよ」と呆れられるけど、たいていの子はあたしが「こんな話があってね」と口をひらくと「え? なになに?」とワクワクして耳をすませる。

 学年の離れた子から怖い話をせがまれたときはとても嬉しかった。
 つまりあたしが有名になったって証拠でしょ? あーあ。そのうち怪談クイーンなんてあだ名がついてファンクラブとかできないかな?

 ……なんて、のん気に空想している場合ではなかった。



 ピンチは春に訪れた。
 中学校にあがったあたしはライバルに〝なりそうな〟人と同じクラスになった。

 話によると、そいつはあたしと同じく怖い話に詳しいそうだ。
 小学校が違ったからこれまでは接点なんてなかったけど、よりによって同じクラスになるなんてね。

「んー。でも大丈夫よ。だってあの人は怖い話を集めているだけだから」

 新しいクラスで最初に友達になった柊ゆかなちゃんは「ぜんぜんライバルじゃないから気にしないで」と快活に笑った。

 みんなに話したがるあたしとは違って、その人は怖い話を集めるだけだという。

 クラスメイトになったきっかけに怪談対決でも申しこまれたらどうしようかとヒヤヒヤしていたけどムダな心配だったらしい。
 よかった。あたしの立ち位置は崩れない。

 「でもね……」とゆかなちゃんは暗い表情になった。

「あの人はガチでヤバイからオモシロ半分で近づかないほうがいいわ。サトちゃんとは住む世界が違うから」
「そうなんだ。肝に銘じるね……」

 さわらぬ神にたたりなし。あたしはヤバイクラスメイトから目をそらしたまま、やり過ごそうと決めた。
 学校では主にゆかなちゃんとしゃべり、たまに怖い話を披露したりして楽しい日々を送っていた。

 そ・れ・な・の・に!



「もしかしてサトウさんだよね。こんなところで会えるなんてすごい偶然」

 図書館で本を読んでいたら、まさか向こうから話しかけてくるなんて。

「つ、辻宮くんだっけ? あたしの名前、覚えててくれていたんだ……」
「サトウさんって怪談〝はかせ〟で有名だから、いつかお近づきになりたかったんだ」
「はかせ? クイーンじゃないんだ」
「あ、オレが勝手にはかせって呼んだだけ。物知りな人のことをはかせって言うでしょ? サトウさんは学校一怖い話に詳しいから」

 首をかしげると長い前髪の間から不安げな目がのぞいた。「やっぱり女王のほうがよかった?」と言いたげだ。

「はかせでもいいけど、辻宮くんだって怖い話に詳しいって聞いたよ?」
「たいしたことないよ。オレは本物にしか興味がないから」

 本物? 
 作り物のお話じゃなくて実際に起こった怖い話ってこと?

「実話怪談以外は興味がない。あと本当におばけが出てくるウワサも好き」
「ウワサねえ。コックリさんやひとりかくれんぼとか? 危ないよ?」
「さすがはかせだ。よく知っているね」
「それくらいなら誰だって知っているんじゃない?」

 コックリさんをすれば、とりつかれて獣のように駆け回る。
 ひとりかくれんぼでつかった人形を見つけられないと幽霊が家から出て行かない。
 実際にやらなくても怖い話を集めていればどうなるのか知っている。危険だよ。
 だけど辻宮くんは平気そうだった。

「正しく終わらせたら問題ないよ。コックリさんが帰っていないのに十円玉から指を離したり、ひとりかくれんぼで使用した人形を供養しなかったり、終わり方をおざなりにするからだめなんだよ」

 ケロリとした顔で言ってるよ。
 今のところ問題はないようだけど危険なことはしないほうがいいと思うよ。

「でもウワサなんてほとんどがウソだよ。
「〝ほとんど〟?」
「さすがはかせ。良いところに目をつけたね。たまに本物に出会えた時とてもワクワクするよ」

 宝探しでもするかのように辻宮くんは楽しそうに語っている。
 なるほどね。ようやくあたしにも「ガチでヤバい」の意味がわかったよ。



「ねえサトウさん。いきなりなんだけど、なにか怖い話はない?」
「え? いきなりすぎない?」

 ギクリ。
 辻宮くんの求めている怖い話は誰かが実際に体験した怖い出来事。
 しかしあたしの〝とっておき〟は有名ホラー作家が頭の中で生み出した空想の物語。

 そもそも怖い話を集めるとき、これは作り話でこれは実話で……といちいち区別しない。

 まずい。本物でないと辻宮くんは満足してくれない。

「こ、こまったなー。あたしはユーレイなんて見えないし今まで心霊体験をしてこなかったなー」

 苦笑いをするのがせいいっぱいだった。
 くやしい……。怪談クイーンたるこのあたしが手も足も出ないなんて。

 今日は諦めてもらおう。そして家に帰ったらパソコンで実話怪談を探すんだ。

「あれ? サトウさんはとんでもなくヤバイやつを持っているハズなんだけど……」

 ところが辻宮くんは首をかしげている。
 あたしの反応が意外だったようだ。

 なんで驚いているの? もしかして期待していたの? いやいやハードルあげないでよ!

 だいたいあたしは幽霊なんて見えない。
 夏の心霊番組でホームビデオや写真にうつった霊しか、お目にかかったことなんてないよ。

 ん? 心霊写真?
 そのときあたしはピンときた。

「怖い話は思いつかないけど心霊写真ならある……かもしれない」

 そうだ、心霊写真だって本物のホラーだ。
 すると辻宮くんはくいついてきた。

「オレが気になっているのはソレだよ。見てみたいな」
「わかった。明日までに心霊写真を持ってくる」

 任せといてよ辻宮くん。
 明日までには撮ってくるからね。
 


 どうして今まで忘れていたのだろう。

 我が家には100パーセント心霊写真を撮るカメラがある。たしか押し入れの段ボール箱のなかに……あった。

 ひなたぼっこをしているアマガエルのような優しい黄緑色。丸みを帯びた四角。
 シャッターを押すとガーと写真をはき出すタイプのカメラだ。

 おばあちゃんに買ってもらったばかりの頃は妹と取り合っていたのに、腕が一本多い男の人や片足の取れた友達がうつる写真を見てからだれも触れなくなった。
 まさかこのカメラが活躍するときが訪れるとは思いもしなかった。

 さあ、なにを撮ろう?
 日は沈んでいるけどまだ明るい町へくりだす。

 決定的な瞬間を写真におさめたいけど、あたしは霊を見たり感じ取るアンテナは備わっていない。

 横断歩道を渡ろうとしたら青信号が点滅した。信号が赤に変わったので足を止める。

 ふと視線を下に向けるとガードレールの足元に置いてある花束に気づいた。
 もしかして、ここで交通事故が起こったのかな?

 登下校の時間帯は人通りが増え、昼も夜も車が途絶えない。人も車も行き交う場所だから事故が起こっていても納得がいく。

 それでなのかな。あたしはカメラを構えた。
 前方には赤信号を待っている人はいない。
 クルマが横切った瞬間にシャッターを押す。

 カシャ。ビー。
 撮ったばかりの写真を確認する。
 これは……一発でアタリを引き当てちゃった!



 次の日、教室は盛り上がっていた。
 原因はあたし。心霊写真を撮ったからであーる。

「あの交差点だよな! やっべ、学校に行くときに通ったぜ」
「べつにヤバくはないだろ。本当に幽霊なのか? 合成じゃなくて?」
「うん。あたしはテレビ番組の録画ができないレベルで機械の扱いが苦手だから細工はできないよ」

 横断歩道の向かい側、白い着物を着たおばあさんがうつむいている。背中をまるめ、両手で顔をおおう姿は泣いているようにも見える。

 一目で「あ、このおばあさんは幽霊だ」と判断できる部分は足元。膝からだんだん透けていき、つま先なんて完全に見えない。

「すごいなサトウ! たくさん怖い話を知っているから霊がいる場所もわかるんだな!」

 まあ、たまたま映っちゃっただけなんだけどね。もっと褒めていいよ。

「サトちゃーん! 大丈夫⁉︎ 夢の中でおばあさんに追い回されていない?」

 鬼の形相のゆかなちゃんが迫ってきた。
 みんなから尊敬のまなざしを向けられているなか、ゆかなちゃんだけは点数の悪いテストを見つけた母親のような勢いで肩をつかんできた。

「世の中には持っているだけで危険な写真があるのよ! もしおばあさんにとり憑かれたらお祓いしてもらいなさい!」
「し、心配してくれてありがとう……」

 ゆかなちゃんはひどく怯えていた。まるで、これからあたしが不幸になりそうだから心配でしかたがないといった反応だ。

 そんな、まさかね……。



「ひーらぎさん? また荒れてるけど、どうしたの?」

 ゆかなちゃんの金切り声を聞きつけて辻宮くんがカバンを背負ったまま近づいた。
 さっそくあたしは用意した写真を差し出した。

「おはよう辻宮くん。約束の心霊写真を持ってきたよ」

 ふふん。さあ驚いてくれ!

「わ。すごい。はっきりうつってる」

 辻宮くんはしみじみと写真を凝視している。
 みんなのようにハイテンションではないけれど興味津々で眺めている。

「これ、いつ撮ったの?」
「昨日。辻宮くんと別れたあと」
「昨日? うそ……。もしかして、あのあとわざわざ撮ったの?」

 その時ようやく辻宮くんは驚きの表情を浮かべた。
 そんな、信じられないと、言葉を失っている。

 あ、ありゃ? よろこんでくれると思ったのにドン引きしている?

 たしかに心霊写真はたまたま写るものだから「今から用意するね。はい。できました」と持って来られても「え、本当に?」って疑うよね。

「本当に運よく写っちゃったんだよ。信じてもらえなくて当然だけど……」
「信じるよ。本物だから」
「見分けられるの⁉︎」
「見るというより感じるっていうのかな。悪意が伝わってくる」

 まじまじと写真のおばあさんを観察する。
 辻宮くんって霊感が強いのか。しかも悪意までわかるんだね。

「どうしてサトウさんは、ここを撮ったの?」
「近くに花束があったんだよ。それで、もしかして……と思ったら写りました」
「へえ……」
「あ! そうだ! オレさ、兄ちゃんから聞いたことある!」

 おしゃべりで活発そうな男子生徒が「はい!」と手をあげた。

「その交差点でおばあさんが車にはねられて顔がグチャグチャになったらしいぞ」

 うげー。じゃあ両手で顔を隠していなかったらグロテクスな写真になっていたの?

「それは〝興味深い〟。お兄さんがその瞬間を見たの?」

 クラスメイトが顔色を変えるなか辻宮くんは落ち着いていた。
 もっと詳しく知りたがっている。

「いいや。兄ちゃんは部活の先輩から教えてもらったんだって!」
「さすがに事故が起こった日時までは……わからないよね。事故について知っている子が他にもいたら教えてほしいな」

 辻宮くんが周囲を見渡したが、続いて事故についてしゃべりだす子はいない。
 その反応に辻宮くんは「あれ?」と意外そうに驚いている。

「ここって大通りだし、人や車がたくさん行き交うよね。それなのに一人しか事故について知らなかったんだ」

 辻宮くんは長い前髪をいじりながら考えこんだ。
 
「ねえ、辻宮くん。その事故が本当なら、面白がるのは失礼だからね!」

 ゆかなちゃんが、まゆをつり上げて辻宮くんににらみをきかせた。
 たしかに、顔に大きなケガを負ったおばあさんが幽霊になっても苦しんでいると思うと、ゾッとするのは間違っている。

 みんなが居心地の悪さを感じて視線をさまよわせているけど、辻宮くんは平然としている。

「事故はあった〝かもしれない〟。でも『顔が潰れた』の部分はあやしいところだ。もしかしたら面白くしようと作ったかも」

 へえ。完全には信じこまないで、うたがわしき部分は自分なりに考察するのか。
 なんでそんなことができるの? 霊感? 経験でつちかったカン?

「でも顔を隠しているのはどうして?」
「それに花束は?」

 クラスメイトが口々に尋ねるが辻宮くんはたった一言でまとめた。

「これから調べる」

 たとえ花束が置いてあってもおばあさんと関係しているとはかぎらない。
 うのみにしないで考える。
 これが辻宮くんなんだね。
 


「サトウさん。この写真ちょうだい。おばあさんの正体を調べたいから」
「かまわないよ。辻宮くんのために持ってきたから、いらなくなったら捨てていいからね」
「うん。それでもなにかあったらエンリョしないで相談してね」

 なにかって? たとえばなに⁉︎

 しかし聞き出す前に先生が「席につけー」と教室に入ってきた。辻宮くんはさっさと自分の席に向かった。
 朝の会が始まる。いつもどおりの日常が始まる。
 まあいっか。なにかあってから不安になろう。

 怖い話に興味があるだけで、あたしと辻宮くんはぜんぜん違う。
 あたしは幽霊なんて見えないし、怖い話に向き合うときの熱意が足りない。

 怖い話は楽しむものだと思っていたあたしにとって辻宮くんは……なんていうのだろう。そう、斬新だ。タイプの違う怪談収集家だ。

「おーいサトウ。もう授業始まってんぞー」
「ええっ。これから朝の会では?」

 どうやらあたしはボーっとしていたらしい。

 朝の会はとっくに終わっていて、これから一時間目の授業中が始まろうとしていた。

「サトちゃん大丈夫? さっきの心霊写真のせいでボーっとしているの?」
「違うよゆかなちゃん。上の空なだけだよ」

 いそいで教科書とノートを取り出す。
 その教科書に写真が挟まっている。
 …………って、この写真はさっき辻宮くんに渡した心霊写真だ。なんで引き出しに?

 しかも、おばあさんが横断歩道のなかばまで移動しているような……。

 まさか辻宮くんの「なにかあったらエンリョしないで相談してね」ってこのことだったりして? 

 あたしはついガッツポーズをした。
 心霊写真だけでもレアなのに幽霊が動いている。これなら辻宮くんも大満足じゃないかな?

 予想以上の展開にワクワクして授業に集中できないまま一時間目が終わった。



「サトウさん。ちょっといい?」

 写真がないことに気づいた辻宮くんがあたしの机に近づいてきた。

「ついてきて。もちろん写真を持って」

 あたしも写真を見せたかったから、堂々と辻宮くんの隣を歩いた。
 あたしたちは人のいない踊り場で立ち止まった。
 辻宮くんはあたしの方を向くと、深々と頭を下げた。

「ごめんなさい」

 ……はい?
 なんで辻宮くんが謝るの?

「まさかオレが話しかけたせいで、わざわざ写真を撮ってくるとは思わなくて……。とんでもないことをしてしまった。本当にごめんなさい」
「そんなに気にしなくていいよ! あたし、これっぽっちも恨んでいないから」

 なんだか、もうしわけないな。
 あたしはただ、怪談はかせとしてのプライドをかけて辻宮くんを驚かせたかっただけなんだ。
 でも、その行動が悪い方向に行ってしまうだなんて予想だにしなかった。

「サトウさんのところにおばあさんの写真が戻ってきていない? 机の下にいれておいたのに、なくなっているんだよ」
「聞いて驚いていいよ。なんと教科書に挟まってたんだよ。しかもおばあさんが動いててさ……」
「うそ。もしかして近づいてきてる? 今日の放課後にお焚き上げをしてもらおうと思っていたけど、急いだ方がいい、かも……」

 受け取った写真を見るなり、辻宮くんは固まった。

「顔が……見えてる」
「ホント⁉︎ 見たい!」

 あたしも写真に視線を落とす。横断歩道をわたっていたおばあさんは目の前まで迫っていた。

 顔を隠していた手がはずれて、いないいないばあのポーズで固まっている。

 ──見るというより感じるっていうのかな。悪意が伝わってくる。
 ──おばあさんが車にはねられて顔がグチャグチャになったらしいぞ。

 おばあさんは目を釣り上げて、歯をむき出しにして笑っている

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